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シナツの過去15【羨望】

「離しなさいっ、このっ!?」


「はいはい。もう観念して諦めなさい、お嬢さん」


 暗い森の中。エリーは突如現れた眼鏡の男に担ぎ上げられて突き進んでいた。


 細身の身体からは想像もできないほどに強い力にエリーは戸惑いを隠せない。


 オーウェンが里に戻った直後。エリーは覇王の剣の間へと走った。


 そこには同じく危険を察知したルーカスとイーサン、そしてこの男。レイオスの姿があったのだ。


 ものの一瞬。彼の身体から放たれた黒い腕のような魔法。


 その魔法にこの里最強の2人があっという間に打ち倒され、エリーもこうしてあっけなく囚われてしまい、【覇王の剣】も奪われてしまったのだ。


 せいぜいエリーに出来ることはこうして暴れて男の邪魔をすることだけ。しかしそれも微々たるもので何の意味もない。


「誰も君を助けには来ない。エルフのバカどもは今ごろ里を守ることに意識が一杯だ。私がそう仕向けた。君とあの2人は優秀だったが、私には敵わなかったからねぇ。実に哀れだ」


 クックック、と気味の悪い笑みを浮かべながらレイオスは語る。


「く……」


 そう。あの里最強の2人が一瞬でやられたのだ。


 例え誰かが助けに来たとしても、この男には敵わないだろう。


 だったら、せめて私がこのまま連れ去られることで里のみんなは守ることができる。そして何とかこの男から逃げ出して……。


「一応言っておくが、逃げられるとは思わないことだ。私はこの【覇王の剣】と君の持つ【獣の召喚術士】の力が欲しい。絶対に逃がすつもりはないし、この森を抜けたらすぐに私の部下と子を成してもらう」


「っ!?」


 レイオスの言葉にエリーの背筋が凍りつく。


「あらゆる事態を予測し、準備してからことに臨む。私のモットーでね。もうすでに君の相手も用意しているし、決して逃げることのできない牢獄も準備してある。【獣の召喚術士】の力が発現するまで君を解放するつもりは無い」


 ま…さか……?そこまで準備して私を攫ったということ?


 嫌だ……。確かに【獣の召喚術士】の力を引き継ぐことが私の使命。だけど……こんな形でだなんて……!


 焦燥と絶望。そして恐怖が一気にエリーの心を支配する。


 そうだと言うのに。


「……ふふっ」


「んん?どうした、何故笑っている?」


「……いえ。何でもありません」


 絶望の淵。


 絶望の未来に向かっているというのに、何であの仏頂面が頭をよぎるのでしょう?


 汚されると、宣告されて。どうしてあの方が頭をよぎったのでしょう?


 あぁ、やっぱり私は彼に惹かれているんだろう。


 私とは真逆の生き方を貫く彼が、気になって気になって仕方ない。


 使命という枷の中で生きていく私と、使命という枷から外れて自由に生きてきたシナツ。


 正直、憧れた。


 使命のために生きていくことを決めた私だけれど、それは本当に私の意志なのだろうか?


 それを言われ続けてきたからこそ、そう生きることが私の生きる全てなのだと、自分で自分を思い込ませているんじゃないか?


 本当は、枷を外れて世界に飛び出すことの方が立派ではないのか?


 シナツを見て、エリーはそんなことを考えるようになっていた。


 だから、彼のことをもっと知りたいと思って彼とたくさん話をした。


 まぁ、向こうは面倒くさそうに眉を顰めていたが……。


「寂しいですね」


 もう、あの眉間に皺の寄った無愛想だけどどこか可愛らしい彼の顔を見る事は叶わないのだと思うと、胸が張り裂けそうだ。


 でも、仕方がない。これが私の運命なのだろう。


 せめて、産まれる子にはどうか正しい道を歩ませてあげられるようにしてあげたい。もうそれしか私に残された道は……。



「てめぇらしくねぇな」



「……っ!?」


 暗い森のどこかから、ここ最近聴き慣れた声が聞こえて来る。


「……ほぉ」


 その声の主にレイオスは警戒を強める。


 まさか。これだけ時間が経っているというのに追いついたというのか?


 草木の向こうから気配を感じる。それもレイオスを超える圧倒的なスピード。


 この男強い……。だが。


「いけません!この男は……」



「上等だねぇ!【デス・ハンド】!!!」



 レイオスは突如方向転換。そして迫る人影に向かって黒い手を撃ち出した。



「気にいらねぇがその女は返してもらうぞ!【残月】!!」



 ザンッ!



 対するシナツは刀を抜き、迫る手を切り捨てる。


「ほぅ……君は【疾風迅雷】のシナツか!」


「そういうてめぇはイーリスト国の副騎士団長レイオスか!?」


 確か、どこかの戦場で見かけたことがある。


 あらゆる戦場で勝利を収める軍師。しかし、その戦闘の実力も一級で、扱うマナは【死風(しかぜ)】。


 敵の生命力を奪い取る風の力。


 下手な攻撃を受ければ一撃で命を持っていかれる。


「厄介なやつだ……」


「お互い様だろう。【死風】に【噴出】のマナ!【デス・オーラ】」


 レイオスの身体から黒い霧のようなものが放たれる。


 命を奪い取る死の霧。


「ちぃっ。【疾風】に【渦】のマナ!【つむじ風】!」


 シナツが刀を振ると、竜巻が放たれる。それは死の霧を撃ち払いレイオスに襲いかかる。


「【死風】に【球】のマナ!【デス・ボール】!」


 対するレイオスは右手から黒い球体が放ち、シナツの竜巻を打ち消した。


 2人の戦闘に振り回されるエリーは目を張る。


 速い。


 瞬きの間にあらゆる攻防が繰り広げられている。


 兄とイーサンを一瞬で倒した【デス・ハンド】の魔法もシナツは簡単に対応して見せた。


「す…ごい……」


 ただ、そんな感想しか出てこない。


 エリーがそんな事を言う間にも、2人は互いにしのぎを削りあう。


 超速で切り込んでくるシナツに対し、レイオスはカクンと逃げる軌道を変えて回避。


 その回避際に黒い球体【デス・ボール】を放つが、シナツはそれを真っ二つに切り捨てて突っ込んでくる。


「【デス・ハンド】!」


「【十六夜】!」


 迫るシナツにレイオスは再び無数の黒い手を撃ち出すがシナツはまた刀を振る。


 黒き手は全て斬り捨てられ、シナツの侵攻を止める事は叶わない。


「くそ……」


 恐らく戦闘力は互角。いや、もしかするとシナツの方が1枚上手なのかも知れない。


 そんな中でエリーを抱えながら戦っているのだ。当然レイオス側の劣勢は否めない。


 まさか、こんな奴がいるとは。我々の障害となる前に、どうにか消してしまわねば……。


「隙だぜ!!」


「ぐっ!?」


 思考を巡らせたその一瞬が命取りだった。


 シナツは【浮遊】の力を押し出し、さらに加速して距離を詰める。


 完全にシナツの射程範囲。


 狙いを完全に定めながらシナツは一思いに刀を振る。



「【残月】」



 しかし、レイオスは予想外の行動に出た。


「甘いっ!」


「きゃっ!?」


「何!?」


 エリーをシナツに向かって放り投げたのだ。


 慌てて刃を止めたシナツは放り出されたエリーを受け止める。


「ぐっ……」


 不安定な体勢で受け止めた事で、シナツはバランスを崩すが、何とか体勢を持ち直しながら着地する。


 ズザザザザザザッ!!


「ぐ……っ」


 エリーを受け止めた左手がズキリと痛む。


 どうやら地面に思い切り擦り付けたらしい。皮がベロリとめくれ、ドクドクと血が溢れ出て来る。


「守りながら戦うのは辛いよなぁ!ヒーロー様!!」


 レイオスはエリーが生きてさえいればいい。だから多少傷つこうが手足がもげようが構いやしない。


 だが、シナツは違う。エリーを守らなくてはならない。


 だからこその策。


 今のシナツは完全に隙だらけだ。



「死ねぇ!【デス・ハンド】!!」



 レイオスはその場に跪くシナツに向けて死の手を放つ。その手に掴まれたら最後、シナツの命は吸い取られ、死ぬ。



「ぐ…あぁぁぁぁあ!?」



 ズボォッ!



 咄嗟に動くことができなかったシナツを【デス・ハンド】が貫いた。

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