シナツの過去14【戦う意味】
「何だってあいつが連れていかれんだよ!?」
何故か分からない身を切るような憤りを感じながらシナツはルーカスに問い詰める。
「恐らく……【獣の召喚術士】の力を狙ったんだろう。奴はどこから知ったかは分からないがこの里の情報を持っていた。ピンポイントで【覇王の剣】とエリーを狙ったということは、それしかないと思う……」
力無く身を投げ出しながらルーカスは告げる。
「〜〜〜っ!」
【覇王の剣】と【獣の召喚術士】。
それはこの里の存在意義と言ってもいい。敵は里への攻撃ではなく、その2つだけを見事に掠め取った。
恐らく、オーウェンの後をつけてきたのだろう。
きっとオーウェンに敵を【ヤバい奴】とあえて認識させてこちらの危機感を募らせた。そうすることでこちらが里の防備を固めることを誘う。そしてまだ見ぬ強敵に里が混乱しているうちに目的を果たしたということ。
見事な手際。敵はそれ相応のやり手なのかもしれない。
そして、それはただ力を狙う輩かあるいは……。
「くそ……!」
ルーカスとイーサンは身体中傷だらけで血塗れだ。もう戦える身体じゃない。
だが、里の奴らは俺の話を聞きやしない。
それどころか同じ敵とみなされて攻撃されるかも知れない。
エリーを助けられるのは……。
「どうすれば……」
「お主が決めるのじゃ」
そんなシナツの独り言に、皺がれた声が響く。
「なっ……」
振り返ると、そこにエルフの長老が立っていた。
「決断するのじゃ。今ここで」
「俺が決めるじゃねぇだろ!?ここの長なら里の奴らに命令しろよ!『エリーを助けに行け』ってな!」
「この里で1番強いのはルーカスとイーサンじゃ。その2人がなす術もなくやられたと言う事は他の者では敵わぬ」
「ぐ……!?」
確かに、ルーカスとイーサンの2人が他の者に気づかれる間もなくやられている。
それは即ち敵とそれ程の実力差があるということ。そんな相手に有象無象が立ち向かったところで太刀打ちできないだろう。
だったらどうする?奴と戦えうる可能性を持つものは今この里に1人しかいない。
「なら、俺に命令しろよ!この里の危機だろ!?あの女を助けに行けって命令しろ!」
「我らエルフの為に戦うかどうかはお主が決めよと伝えたはずじゃ」
だが、そんなシナツの言葉を打ち消すように長老は言い放った。
「こんな時にまでつまらん事言ってんじゃねぇぞ!?」
シナツは我慢できずエルフの長老に掴みかかった。
「てめぇの親族だろ!?心配じゃねぇのか!?なりふり構わずに言えよ!!そうすりゃ俺は……」
「自分の戦う理由を他人に求めるな」
激昂するシナツに怯むことも無く、雄弁に長老は語る。
「お主は真の強さと言うものを知らん。確かにお主の戦闘力は高く、他を寄せ付けるものではないのかも知れぬ。だが、それは本当の意味での強さではない」
「い、意味分かんねぇこと言ってんな!?何が言いてぇ!?」
「真の強さとは心。何のために生き、何のために力を振うか……。自分の在り方が本物の強さとなる。今のお主は強い力を振り回し、他人の意志を盾にただただ暴れ回るただの力。自分の力の使い方ぐらい、自分で考えよ。自分の心と強さに向き合う責任を持て」
「ふ、ざけんな!?俺にだって……」
そう言い返そうとしてシナツはその先の言葉が見つからなかった。
何のために生きて……何のために戦う……?
そんなこと、考えたこともなかった。ただ、1000年前の歴史に縛られて生きるのが嫌だっただけ。
それ以外、シナツには何もなかった。
「お、俺にだって……」
これまで好き勝手にやってきて、それでよかった。そう思っていた。
だから、シナツはエリーが気に食わなかった。周りを気にせずに自分自身が誇れる生き方を貫いていた彼女が。
自分に課せられた枷に抗うことしかしてこなかったシナツには、決して無かったそれを持つエリーを見るのが腹立たしくて、そして……。
羨ましかったのだ。
シナツも空虚な心を埋める、『それ』が欲しかったのだ。
今まで見てこなかった、いや、向き合おうとしてこなかったその想いに今気がついた。
長老に掴みかかっていた腕は力無く下され、ただ俯きながらシナツは黙り込む。
「……」
「……心は決まったか?」
そんなシナツを見て、その心を問うように長老は語る。
「……くそ」
それでも、シナツは天邪鬼な言葉を返した。
「お前が言うような、立派なもんはねぇよ」
シナツは開け放たれたままの扉に向かって歩き出す。
そして、身体に風のマナを纏いながら、振り返ることもなく告げる。
「ただ……あの女に言いたりねぇ事があるだけだ。今は、それだけで充分だ」
そう言ってシナツは旋風と共に空を舞い、一瞬で姿を消した。