シナツの過去12【事件】
エルフの里にたどり着いてからおよそ1週間が経ち、今日もシナツは夜の森を眺めながら物思いに耽っていた。
あれからシナツがしたこととしては、毎日のようにエルフの里を歩いて回ったり、たまにエリーに捕まって(一方的に)言葉を交わしたり。
そんな取り留めのない日々を過ごしていた。
それでもエルフ達がシナツを見る目は変わらず、邪魔者を見るような目で彼を見る。
まぁ、傭兵としてはどこに行ってもそんなものだ。どこにも属さない自由兵。
昨日、味方だった者が次の戦場で敵になることだってしばしば。人付き合いが嫌いなシナツにとってはそちらの方が気楽なのでそれでいい。
面倒なしがらみや人に縛られずにいられる傭兵が一番いい。
いいはずなのだが……。
「……何で俺はここに留まってんだ」
シナツはそう言ってため息をついていた。
あの長老との謁見から、シナツはまだ答えを出せないでいた。
簡単な話じゃないか。もう素直に「お前らと関わるつもりはない」「俺は帰らせてもらうぜ」と言えば終わると言うのに。
そうだと言うのにシナツはそれを行動に移せないでいた。
「……あいつのせいだ」
髪をぐしゃりと掴みながらシナツはボソリとこぼす。
あいつ。そう、エリーのせいだ。
この里を離れようと決心しても、あの女のあの横顔がチラついてしまう。
何を俺は迷っている?あの女の何に俺は……俺は……。
「敵襲だぁ!!」
「っ!?」
夜のエルフの里にそんな怒号が飛び交った。
静寂に包まれていたエルフの里は騒然となり、血相を変えたエルフ達がユグドラシルの門へと集まってくる。
その後を追うようにシナツも門へと駆け出した。
「はぁっ、はぁっ!」
「お、おい。ローガンはどうした!?」
「兄さんは今足止めしてくれている!早く長老と戦士長を!兄さんを助けに行かないと……」
見ると、最初にシナツを襲ったオーウェンが息も絶え絶えになりながら声を荒げている。
「人間だ……!それも闇のマナを操って部下さえも楽しんで殺す化け物だ!!このままでは里が……里が!!」
「おい待て」
そんなオーウェンの姿にシナツは背筋が凍るのを感じる。
「お前……まさか、そいつから真っ直ぐにここに逃げてきたってのか……?」
「当たり前だろう人間!?早く兄さんを助けに戻らないと……」
「この馬鹿野郎がぁ!!」
シナツはオーウェンの胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。
「な…何を……」
「お前……馬鹿なのか!?敵に姿を見られたんだろ!?そんなお前が真っ直ぐここに帰ってきたらどうなると思う!?」
「……っ!!」
ユグドラシルは外敵からその身を守るために一定の距離に近づかないと見えない結界が張られていると聞いた。
だから、この森の中を闇雲に探し回るしかここに辿り着く術はないのだ。
その、行き方を知っている奴の後を追う以外には。
「お前がその侵入者とやらにここの場所を教えたも同然だ!!攻めてくるぞ、そのやばい奴とやらがな!!」
オーウェンは言葉を失う。
ユグドラシルに、あいつが攻めに来る……?まさか……?俺のせいで……?
そんなつもりじゃなかった。いや、そうなると決まったわけじゃない!
自分の失態を認められないオーウェンは別の何かに責任を押し付けたい衝動に駆られる。
そうだ、俺じゃない。俺じゃない……悪いのは……!
「だ、黙れぇ!本当はお前が手引きしたんじゃないのか!?」
「はぁ!?」
「だ、だって貴様が来てすぐだぞ!?ここで我々の情報を集めて奴を手引きしたと考えるのが1番自然じゃないか!そうやって俺を責めて自分に疑いが向かないようにしているんだろう!?」
あまりの言い草にシナツはカチンとくる。
「ふざけんな!てめぇの失態を人に押し付けてんじゃねぇよ!大体……」
「た、確かにそうだ!」
「はぁ!?」
ザワザワと周りのエルフ達が騒めき始める。
「確かに……ここ最近私達のことを監視するように里をうろうろしているのを見た!」
「何せ人間だ!我々妖精の種族を道具としか思っていないはず……きっと奴もそいつの仲間だ!」
「すぐにでもそいつを追い出せ!」
一度広がった不安の波は瞬く間に広がり、エルフの里を包み込む。
「チッ」
これは面倒なことになった。
一度こうなってしまえば、流れ者のシナツに反論することはできない。
いや、そもそもそんな義理を立てる必要だってない。何せ最初から互いによく思っていなかったのだから。
むしろこれで関係を断てると考えれば儲けものじゃないか。
「だったら勝手にしてろ。お前らがそう言うんなら俺は出ていく。後は勝手に滅んでな」
これは向こうからの拒絶。だったらここに留まる理由はない。
この里から出ていくことを決めたシナツはエルフの罵詈雑言を聞き流しながしつつ、荷物を取りにルーカスの家へと戻るのだった。