シナツの過去10【無様だ】
シナツは、ぼーっと夜の森を眺めていた。
ユグドラシルの光に照らされた森は神々しくうっすらと光を放っており、聞こえるのは風の音と微かに揺れる木々の音だけ。
そんな状況の中で、シナツはエリーの会話をただ思い出していた。
『今の私達があるのは、セイリア様のおかげ』
『きっとまだ見ぬ未来の私達のために命を賭して戦ってくれたのです』
そんな考え方なんて、したこともなかった。
ただ今の自分に課せられる束縛にしか思考が至っていなかった。
エリーの話を聞いた後、シナツは何も言い返せず、ただ黙ってエリーの元を去った。
今までの自分が何故かとてもちっぽけで、そしてエリーがとても大きく見えたのだ。
「……まぁ、エルフだから何十年も生きてやがるから」
「いいや。エリーはまだ20歳だよ」
そんな言い訳のようなシナツの独り言に答える声があった。
振り返ると、そこには木でできたコップを手に持ったルーカスの姿がある。
「エルフの一族はね。20歳を過ぎた頃から成長が止まり、その若い姿で100年近くを生きる。だからまだあの子はエルフでも20歳になったばかりなんだよ」
シナツにコップを渡しながらルーカスはシナツの隣に腰を下ろす。
「……そうかよ」
「はは。どうやらエリーにコテンパンにやられたみたいだね」
「るせぇ」
薄い緑色をしたコップの中身をぐいと飲み込みながらシナツはため息をつく。
どうやら何かのハーブを煎じた茶か何かのようだ。
ミントのような爽やかな後味がシナツの心をどこかすっきりさせてくれる。
そんなシナツの様子を見ながらルーカスは口を開く。
「あの子はね。使命のために全てを捧げると誓っているんだよ。幼いように見えて、本当に意志の強い子だ」
「馬鹿なんだよ」
「そう、馬鹿に素直で前向きなんだ」
ルーカスはそんな妹を誇るように笑う。
「だから僕もここに残ったんだ。直向きに運命に向き合うあの子を見て……ね。君はどうだいシナツ。あの子を見て自分のことがどんな風に見えた?」
「……んだよ。おめぇも説教かよ。聞きたかねぇや」
シナツはどこかいじけたように身体を丸めて視線を夜の森に戻す。
「君はひねくれてるね、シナツ。だが僕は嫌いじゃない。僕だって君と似たようなものさ。あんな立派な妹を持って誇らしいと同時にどこか情けなさすら感じる無様な兄だからね」
そんなシナツの事を受け止めてくれるようにルーカスは笑った。
自虐的に語るルーカスにシナツはこぼすように告げる。
「……俺は、どうしたらいい?ルーカス」
「……長老も言っていただろ?君の自由に生きればいい。例え君がどんな道を選ぼうと、僕は君のことを応援するさ」
「いいのかよ。エルフとしては俺がここで残った方がいいだろうに」
「まぁ、利害で言えば……ね。でも僕は君のことを気に入ったんだよ。ハイエルフと人間。種族は違えど僕らは通じるものがある。僕はそんな君の選択が何であろうと友として応援するさ」
「いつからダチになったんだよ……ったく」
シナツはゴロリと寝転がって手足を投げ出す。
「……ありがとうな、ルーカス」
「なに。気にするな、シナツ」
そう言って見上げた夜空の星はとても綺麗だった。