シナツの過去9【短命の呪い】
かつて世界を混沌に陥れた伝説の魔法使い【覇王】。
その覇王が操る三神器の1つがここに眠っている。
それを封印し、ここに収めておくこと。それがこのユグドラシルに住むエルフ達の使命なのだ。
「待て。でも覇王ってのはもう滅んだんだろ?だったら……」
「いえ、完全に滅んだ訳ではないのです。七賢者様が封印した……と伝えられています。ですので……」
「いつか、封印が解かれるかもしれねぇと……そう言うことか?」
「はい。なので復活させることは阻止しなければなりません。そしてもし復活した時にこの剣を覇王に渡すそうなればまた世界が混沌に陥れられ、戦乱の時代に逆戻りとなってしまいます」
「なるほどな……」
エルフ達……エリーやルーカスがこのユグドラシルに留まる理由は理解した。
そうなると、次の疑問だ。
「じゃあ、何で他の奴らは出て行った?特にあんたらと同じハイエルフの奴らだ」
それだけ大切な役目があったハイエルフ達は何故役目を投げ出して出て行ったのか。
「それは……私達の一族にかけられた呪いのせいです」
「呪い……?」
そう言えば、ルーカスもそんなことを言っていたような気がする。
「かつてセイリア様は覇王との戦いの末、命を落としたと言われています。そしてその時に覇王からある呪いを受けました」
「何だ?それは」
「……【短命の呪い】です」
そう言ってエリーは自身の服をぐいとあげる。
「ちょ……バッ!?おま、何やって!?」
シナツは慌てて裸体を晒すエリーから目を背ける。
そんなシナツの反応を見てエリーは目を丸くした。
「まぁ……可愛らしい反応ですわね」
「るせぇ!とっとと服を着や…が……」
そう言ってシナツがチラリとエリーの方へと目を向けると。
「何だ……そりゃ?」
エリーのヘソから胸にかけて、黒い紋様のようなものが刻まれている。
それはどす黒いマナを放ち、鈍く紫の光を放っていた。
「これが、セイリア様の一族にかけられた呪い。私達一族が人間の種族と交わると発動し、私自身と、そしてその相手の命を大きく削り取るのです」
服を元に戻しながらエリーはそんなことを告げる。
「命を……削る……?まさか。一体どれだけ削られ」
「交わった時点から長くても10年しか生きられないと言われています」
「……は?」
シナツは言葉を失う。
エルフの一族は長命の一族。大体200年〜300年は生きることができる。
それが……人間と交わると10年だと……?
「そんな穢れた血を受け入れること、気位の高いハイエルフには難しいようで……。それでも召喚魔法目当てのハイエルフもいたのでここまで命を繋ぐことができましたが、やはりそれも限界。数年前に他のハイエルフ達は全員里を出て行ってしまったのです」
そんな呪われた血を一族に混じらせるぐらいなら里を出ていき自身の血を残す。
役目よりも自身の一族の繁栄のためにここを去った。つまりはそういうことだ。
「……マジかよ」
シナツはただ呆然とエリーの話を聞いていた。
生まれた時からそんな運命を背負って生きてきた一族がいるだなんて……。
エリーとシナツは似ているのかもしれない。
守人の家系に生まれたから、守人の使命を全うするために生きることを強要されるシナツ。
そのセイリアとやらの家系に生まれたと言うだけでエルフの使命と、そしてその身に宿した呪いに振り回されるエリー。
「だったらよ……お前も投げ出しちまえよ」
「……え?」
気がつくとシナツはエリーにそんなことを言っていた。
「そんな使命とか呪いとか一族とか……そんなもん捨ててお前も逃げちまえよ。そんな昔のできごとなんかに縛られて、何で今の俺たちが苦しまなきゃならねぇ?俺達は俺達の人生を歩む権利があるはずだ。そんな昔の馬鹿どもの尻拭いを、なんで俺達がやらなきゃならねぇんだ。ほっとけばいい。そうすりゃ全部楽になれる」
そう。だから俺はここまで好き勝手にやってきた。
俺の人生は俺が決める。
そんな昔のどこの誰とも分からないやつに、俺の人生を縛られてたまるものか!!
「ふふ……」
そんなシナツを見て、エリーはそっと笑う。
「私は、縛られてなんていませんよ」
「はぁ!?何言ってやがる!?どう見ても縛られてるだろ!?」
「いえ。確かに不条理な制約があるのは事実です。けれど、私はこれでよかったのだと思っています」
「な……?」
何を馬鹿なことを言っている?
そんなはずないだろう。きっと、昔から言い聞かされて洗脳されているのだと、そう思った。
……いや、そう思いたかったのかもしれない。
しかし、目の前のエリーはとても穏やかで……同時にとても真っ直ぐに笑った。
「きっと……押し付けられた訳ではないのだと思います。想いは紡がれてきたのだと……そう思うのです」
「おかしいだろ……そんなもん解釈の仕方だ!お前はいいように利用されてるんだよ!」
意見を曲げないエリーにシナツは何故か苛立ちが募る。
何故、こんなにも腹が立つのか、シナツ自身分からなかった。
「1000年前の方たちも……必死だったのだと思います。きっとまだ見ぬ未来の私達のために命を賭して戦ってくれたのです。それでも覇王を倒しきれなかったから後世に託すしか無かったのではないでしょうか?今私達がこうして語らうことができるのも、1000年前のセイリア様達が覇王を打ち倒してくださったからです。だったら私達はそれを引き継いでいかなければならないと思うのです」
「そ…そんなもん分かんねぇだろ!?そんなもん勝手な自己解釈で……」
「はい。勝手な自己解釈なのかもしれません。けれど、そう考えた方が素敵ではありませんか?それに、私だって昔はシナツ様と同じだったのです。『何で私だけこんな目に』って、ずっと思っていました。けれど、考え方を変えてみた時に思ったのです。『今の私達があるのは、セイリア様のおかげなのだ』と。過去の賢者様達が命を懸けて私達の未来を守ってくれた。だから今を生きる私達はそれを引き継いでいかなければならない。だから、私は私の使命のために生きると誓いました。それは周りからそうしろと言われた訳ではなく、私自身が決めました」
そう言って笑うエリーは美しく、そして綺麗だった。
「……でも、最後のお役目だけはできないかもしれません」
しかし、エリーは最後にそんなことを言う。
「だって……私だけならまだしも、相手の殿方にも短命の呪いは発動してしまいます。それだけはどうしても私にはできかねます」
そう言って少し困ったように笑うエリーの笑顔が淡い魔石灯の光に照らされる。その姿はどこか儚く、神秘的で……。
その光景はシナツの心の奥に深く刻み込まれた。




