【妖精樹の大火】
「イーリスト国の西方……シンセレス国との国境に大きな森林地帯があることは知っているかい?」
「……え、と?」
「あぁ。確かイーリストの西部にある立ち入りが禁じられた森だとかって話だったっけな」
首を傾げるシーナとアルに説明するようにデュノワールが告げる。
「うん。じゃあどうしてその森が立ち入り禁止されているか……いや、されていたのかを知っているかい?」
「何でだ?やばい魔獣でも潜んでるからとか?」
デュノワールの問いかけにマリアンヌは質問を投げ返す。
「そっちの方がまだ単純でいい。その森にはある種族が住んでいたんだ」
「ある一族?」
「エルフを中心とした、妖精の一族が住んでいたんです」
すると、しばらく黙り込んでいたケイラが口を開く。
「領土的にはイーリスト国に属しているんですけど、エルフはあまり人と関わることをよく思わない種族で互いに不可侵の契りを交わしていたんです」
「だから立ち入りが禁止されてたんですのね」
人と関わることを拒む一族。
下手に干渉して争い事になれば、互いに面倒なことになる。だから領土としてはイーリスト国だが互いに干渉しないようにしように距離を保とうということなのだろう。
「うん。しかも数は少ないけどエルフは高い魔法適正と強いマナを持つ種族。イーリストとしても少数精鋭の彼らと敵対するのは得策じゃなかったし、その森があることで仮にシンセレス国と関係が崩れても下手に攻めて来れない。お互いにウィンウィンの関係だったんだ」
「……だった?」
ハミエルの言い回しにシーナは違和感を覚える。
まるで、かつてはそうだった。というような言い方。
「……」
ケイラはとても悲しそうに俯きながらまた黙り込んでしまう。
「そんな妖精の森にイーリスト国の騎士団が攻め込んだんだよ。一方的に不戦の契りを反故にしてね」
「え!?」
「……そんな」
シーナとアルは衝撃の事実に言葉を失う。
「お、おいおい待てよ。そんな話あたしも聞いたことないぞ!?」
マリアンヌは言葉を荒げる。すると、そんなマリアンヌにデュノワールが言葉をかけた。
「いや。闇の世界じゃ有名な話だぜ。確かレイオス元副団長が率いるイビル騎士団とその傘下の騎士団が半ば虐殺に近い形でエルフの住処、妖精樹ユグドラシルを焼いた……そんな事件だったな」
シーナとアル、そしてマリアンヌはゾッとした。
国を守るはずの騎士が、虐殺?
それも、一方的に攻め込む形で。
どうしてそんな凄惨なことが起こってしまったのだろう。
「その理由については諸説あるらしい。そしてその作戦にかつてジェイガンが所属していたタイタニア騎士団も参加していたんだ」
「え……」
つまり、あの真面目で優しいジェイガンがそんな一方的な虐殺に関わった……ということになる。
「……そ、そんなの」
シーナは言葉を絞り出すが、それ以上言葉にならない。
だって、そんな事件に巻き込まれたジェイガンの心を思ったら……。
「ジェイガンがタイタニア騎士団を抜けて神剣騎士団に入ったのはそれが理由だ。彼が何年も積み上げてきた物を捨てるほど凄惨な現場だった」
ハミエルは感情を押し殺すように、そっと天井を見上げる。
「だったって……何だよ。まるでお前もその場にいたみてぇな言い方だな?」
ハミエルの言葉にデュノワールは違和感を覚える。
「はい。だってハミエルさんは……」
「ケイラ」
すると、ハミエルが人差し指を立ててシーっと唇に押し当てる。それを見たケイラは慌てて両手で口を押さえた。
そんな2人のやりとりに少し疑問を感じつつも、デュノワールは話を進める。
「ってことはあれか?その事件の生き残ったエルフがいて、その任務に携わった奴らを殺して回ってるってことか」
「恐らくは……ね。きっと被害者のリストを見てジェイガンもそれに気がついたんだろう。だからあの日……」
そこまで口にしてハミエルはまた言葉を落とした。
ハミエルにここまで言わせるほど、その【妖精樹の大火】は残酷な事件だったのだろう。だったらその当事者だったジェイガンは心にもっと深い傷を負っているはず。
「で、でもさ!待ってくれよ!だったら何で何も言わずに行ったんだよジェイガンは!!」
マリアンヌが再び声を上げる。
「だって……せめて一言言ってくれてれば……こんな事にはならなかったかも知れねぇじゃんか!調査だってもっと早く進めることができた!!なのに、なのに何で!?」
「……きっと、自分の手で決着をつけたかったんじゃないかな」
そんなマリアンヌの問いに、シーナが口を開いた。
「……ジェイガン様が、ずっと後悔してきた事だから……。だから他の誰かの手を借りるわけでもなく、自分自身の手で、何かしたかったんだと思う」
ジェイガンの気持ちが、今のシーナになら少し分かるような気がした。
シーナの罪。
アイリスの目の前で父を殺した。
私がしてしまったことで、1人の殺人者を生み出してしまった。
そのケジメは、やっぱり他の誰でもなく私自身がつけるべきだと思う。
その気持ちはきっと、ジェイガンも同じのはず。
「シーナの、言う通りかもしれないね」
そんなシーナの言葉を聞いて、ハミエルが告げる。
「きっと、死神に何かをする為にジェイガンは行動したんだ。それがうまくいったのか、それとも失敗したのかはもう当人にしか分からないだろう。だから、僕らがやるべきことはその先にしかないんだ」
そう言ってハミエルはジャンヌの顔を見た。
「……」
ジャンヌは何かを考えるように黙り込んでいたが、やがて顔を上げてその重い口を開く。
「例え過去の大罪によって生まれた被害者だったとしても、これ以上の被害を出させるわけにはいかない。今、我々が成さねばならないことは、死神を討ち取ることだ」
いつもの、凛とした声でジャンヌは告げる。
その姿にみなの心が自然と引き締まっていくのが分かった。
「成さねばならないことを成さなければならない。あのジェイガンもよく言っていたことだ。必ずやり遂げるぞ」
「「「「了解!!」」」」
ジャンヌの号令に、みな力強い言葉を返した。