シナツVS死神3
「な…んだ……?」
シナツはその光景に言葉を失う。
彼女の身体から溢れるのはどこまでも暗い闇。
この世の深淵とでも言えてしまいそうなそれはただ見ているだけのシナツの背筋をも凍りつかせた。
「いいな……あなたは楽で。どんな苦しみだろうとも、時の流れが全てを忘れさせてくれるのだから」
ぬらりと立ち上がるシェリーはどこか異様な様相を醸し出す。
「きっとあれだろう?彼……シン・ソウルと師弟ごっこをしながら苦しみを忘れた生活を送ってきたんだろ!?あの曰く付きの剣を託すぐらいだからな!!」
「そんな訳ねぇだろ!?俺があの地獄を忘れた日なんざ1度も……」
「あなたとは違うんだ、お父様……だって……」
その時、シェリーの背後にぬらりと5つの暗い影が現れる。
「みんなが……召喚獣になったみんなが、忘れさせてくれないんだ、許してくれない。怒りを……悲しみを……。そして四六時中私に語りかけるんだ……」
どす黒いマナを纏ったシェリーは再び刀を構え、そして。
「復讐を!!全てを奪った人間を全て殺せと!!」
真っ黒に染まったシェリーがシナツに向かって飛びかかる。
「シェリー!?やめろ!!」
ギギギィン!ガキィイン!!
修羅の如き猛攻を仕掛けるシェリーに気圧されながらシナツは彼女の剣撃を受け止める。
その刃は先程とは比べものにならないほど重く、この8年、癒えることのなかった彼女の憎しみが全て乗っているような錯覚を起こさせた。
「やめられるものならやめたいさ!!でも、やめさせてくれないんだよ!!分かるか!?分からないでしょう!?もう、私にだって止められないんだ!!!」
「……っ」
ボロボロと涙をこぼしながらシェリーはシナツに刀を振る。
そのあまりに痛ましい娘の姿にシナツはかける言葉が見つからなかった。
あの時、俺がしっかりしていれば。
あの時、俺がシェリーの強さを信じていれば。
あの時、俺が信念を持っていたならば。
シェリーの刀を受け止めるたびに後悔の波がシナツの心を抉る。
だが、もう賽は投げられた。
人は過去には戻れない。
もう、取り返しはつかないんだ。
だから、もう彼女を止める方法は……。
「……すまねぇ、シェリー」
ゴッ
シナツは突風と共にシェリーから距離を取る。
そして腰を落とした状態で刀を構え、その身に風を纏わせた。
チリチリチリチリ……。
込められた風の力がシナツの身体を包みこむ。
風の力をシナツの身体に集約させ、チャージする。
その一撃は、風の魔法による加速に合わせ剣を振る音速の一太刀。
込めるマナは【疾風】と、速度を追求した【音速】のマナ。
シナツ最強の一撃。
一度だけ見せた時、どっかの馬鹿弟子が憧れて真似をし始めた技。
「やれぇ!フェンリル!!!」
シナツのただならぬその様相に彼がやろうとしていることを悟る。
ダメだ。それを撃たせてはいけない。
撃たれれば、なす術もなく私は死ぬ。
だって、私は誰よりも近くでこの男のその技を見てきたのだから。
「グラァァァア!!!」
フェンリルはシナツに喰らいつかんと飛びかかる。
しかし、シナツの方が一歩早かった。
「【風迅】」
圧縮された風のマナが一気に放出。
音よりも速くシナツは加速し、銀狼の目の前から姿を消す。
瞬きをすると、そこには真っ二つに切り裂かれた銀狼の身体があった。
ズパァァァアン!!
そして、斬られた音が遅れてシェリーの耳に届く。
「が……は」
同時に身体を襲うまるで真っ二つに斬り捨てられたようは痛み。
シェリーの意識がグラリと消えそうになった。
「……終わりだ、シェリー」
目の前に立つシナツ。
その刃が無情にも振り下ろされようとする。
「……」
そんなシナツの姿を見て、シェリーはどこか穏やかな気持ちになった。
あぁ……これで終わる……。いや、終われる。
どこか解放される様な気持ちになり、彼女は憑き物がとれたような穏やかな顔となった。
「……っ!!」
そんなシェリーを見て、シナツは思わず刃を止めてしまう。
そう、今から彼女を解放するためとは言え、自分の娘を殺すのだ。
苦い感情が彼の胸を支配していく。
長い間、この瞬間のために覚悟をしてきたはずなのに。それでもなお、いざその時となると最後の決心が揺らぐ。
歯をギリリと噛み締めながら、自分に言い聞かせる。
やれ、シナツ。その為にここまで来たんだろ!?シェリーを憎しみの連鎖から断ち切る為に、ここまでやってきたんだろ!?
一度は全てを投げ出した。
でも、あの馬鹿のひたむきな姿を見てまた向き合おうと決めたんだろ!?
だったら、今ここでお前が下す決断はなんだ!?
救ってやるんだ、シェリーを!この俺の手で!!
「安心しろ。お前を1人にはしねぇ。俺もすぐそっちに……」
シナツが感情を押し殺して、何とか言葉を絞り出した、その時だった。
「っ。がはっ!?」
突如、シナツが激しく咳き込む。
同時に彼の口から吐き出される血の塊。
「ふざ……っけんな……!こんな……時に……!」
「……っ!!!」
もはやそれは反射だった。
そこに彼女の意志はほぼなかっただろう。だが、これまで積み上げてきた戦闘経験がそうさせた。
咳き込み、隙だらけとなったシナツ。
グラリと倒れ込みそうなその足を踏ん張り、そして黄金の太刀を振り上げる。
「……っ!?」
シナツの顔が驚きと焦り、そして苦しみで染まるのが分かる。
まるで、スローモーションの世界。
ゆっくりと……ただゆっくりと。
シェリーの刀がシナツの右脇腹に吸い込まれるのが見える。
スー……っと。その刃は左肩に向かって流れていき、そして彼の身体を通り過ぎた。
音も何も分からない。まるでどこか夢の向こうの出来事の様に、現実味すら感じさせない。
ザンッ
「しぇ……り……」
掠れる様なか細い声と共に、闇に染まる路地裏を真っ赤な飛沫が舞った。