ズルイ
ゲートを抜けると、カーテンが閉め切られた暗い部屋が広がっていた。
部屋は3部屋ぐらいだろうか?豪華な廊下とは打って変わって、部屋の中は落ち着いた質素な家具が並んでいる。
部屋はきちんと整理されており、ジャンヌの真面目な性格が表れていた。
部屋はそれほど広くはなく、一人暮らしにしては少し広いが2人暮らすのでちょうどぐらいだろう。
まぁ、これまでそんな広い部屋で暮らしたことのないソウルにとってはそれでも広く感じるのだが。
一通り見渡してみるも、リビングには誰もいない。寝室だろうか?
寝室と思われる部屋の扉の前に立ち、ソウルはコンコンとノックをする。
しかし、それに答える声はない。
「ソフィア。入るぞ」
女の子の寝室に入ることに抵抗を覚えつつも、ソウルは意を決して扉を開く。すると、そこにはベッドがある。
そしてそのベッドの中に布団を被る小さな人影。
うずくまったジャンヌ……いや、ソフィアの姿があった。
「……ソウル」
今にも消え入りそうなほど小さな声でソフィアはソウルの名を呼んだ。
その金の瞳は輝きを失い虚で、逃避行の時よりも弱々しいようにソウルの目に映る。
「……大丈夫か?」
少しやつれただろうか?もしかすると昨日から何も食べていないのかもしれない。
そんな弱々しいソフィアの姿を見て、何と声をかけたらいいか分からなかったソウルはベッドの横に置かれた椅子に腰掛ける。
椅子の隣には魔石灯のランプとそれを乗せる台があり、その上には小難しそうな本が置いてある。きっと彼女が眠る前に読んでいるのだろう。
「……何で来たんだ」
すると、小さく自分の身体を抱き抱えていたソフィアがこぼすようにそんな事を言った。
「何で……って言われても」
ソウルは頭をかきながら言葉を探す。
そんなの、ジャンヌを何とかしてやりたいからだ。だけどそれをそのまま伝えるのはどうもいまいちピンとこない。
こんな時、どんな言葉をかけてやればいいのだろう。
そんな事を考えているとまたジャンヌが口を開く。
「はは……君も私を笑いに来たのか?できぞこないのエセ聖女の無様な姿を」
「そんなわけ無いだろ……」
自分を卑下するジャンヌを見てソウルは困ったように告げる。
「嘘なんてつかなくていい。私は…やはり聖女になんてなれなかった。分かるだろう?私のことをよく知る君ならなおさら」
ぐしゃりと自分の髪を掻き乱しながらジャンヌは感情を爆発させる。
「ずっと……私はジェイガンに支えて来てもらったんだ……!あいつがいたから……あいつが私の選択を見守ってくれたから!間違えそうになった時は助言をしてくれたから!何とか聖女としてやってこれたんだ!!」
堪えていた涙がボロボロと溢れる。
そんな彼女の痛々しい姿を見てソウルはかける言葉を見失ってしまった。
ただただ胸が、抉られるように痛む。
「これから……一体私は何を信じて進めばいい!?部下には見損なわれ、立ち上がることもできず、ただここでこうして震えることしかできない……こんな私に、一体何ができる?……教えてくれ、ソウル。私は……私は、どうすればいい?」
縋るように、ジャンヌはソウルの顔を見つめた。
「……」
そんなジャンヌの感情を受け止めながらソウルは考え込む。
聖女。
この国が求めるそれは、国を支える象徴。そして、完全無欠な人間。
国を導くそれこそ女神のような存在。
そんなもの、1人で背負うのは重すぎるのだ。
きっと、その重荷をソフィアとジェイガンの2人が揃う事で辛うじて成し遂げて来たに違いない。
そして、その柱だったジェイガンを失った。
だから、これからソフィアは1人でその重責を背負っていかなければならないんだ。
立派にやり遂げていて忘れそうになるが、彼女はまだ18の少女。
1つの国の期待と未来を1人で背負うのにはまだまだ早すぎる。
むしろ、これまでよくやって来れた方が凄い。きっとそこにはジェイガンの助けがあったはず。これから先はもう、それすらなくたった1人でそれと向き合わなければならないんだ。
そんな彼女に、俺は何をしてやれる?こんな国1つ背負った少女に、一体どんな言葉をかけてやれるというのだ。
「……俺は、ソフィアがこれまで本当によく頑張ってきたんだろうなってこと、分かるよ」
ソウルはまとまらない思考の中でポツリ、ポツリと素直な感情を吐露する。
「だって、この国の期待をずっと背負って来たなんて……俺には絶対にできない。だから、ソフィアに『きっとできる、大丈夫』なんて無責任なことも言えない」
「……」
ソウルの取り留めのない言葉をソフィアは黙って聞いている。
「だから……せめて俺が支えるよ」
「……支える?」
俯いていたジャンヌがソウルを伺うように顔を上げる。
「俺は、聖女ジャンヌ様の配下騎士だ。そして、同時にただの18歳のソフィアの…友達だからさ。どっちのソフィアのことも知ってる」
ソウルはジャンヌの顔を見つめながら告げる。
「だから……頼ってくれよ。もし立ち止まりそうな時は、俺が背中を押す。迷っちまう時は俺が一緒に考えるよ。それに……ソフィアを支えてくれるのは俺だけじゃない。聖剣騎士団のみんなだって、俺の仲間の43班のみんなだっているよ」
「……だが、私はもうマリアンヌに見放されてしまっている。もう誰も私のことなど……」
「大丈夫だよ。話せばまたいつもの関係に戻れるさ。きっとその時はどっちも冷静じゃなかっただけだ。やり直そう。もし、失敗したって……俺は絶対にソフィアの事を見放したりしない。必ず側でお前を支えるから……。まぁ…こんなただの新米騎士だから心許ないのは仕方ねぇけど……でも」
「いや……心強いよ」
ソウルの言葉を遮って、ジャンヌが口を開いた。
「ソウル……私は、お前がいてくれるのなら、大丈夫だ。お前が私を見捨てないのなら……」
「見捨てるなんて……そんな事あるわけないだろ?」
「……ソウル」
ジャンヌの瞳からポロリと涙が零れ、そして。
グイッ
「え?うぉっ!?」
ソウルの手がソフィアに強く引っ張られ、ベッドの中へと引き込まれた。
「ちょちょちょちょちょっと!?ソフィア!?」
顔を真っ赤にしながらソウルは抵抗する。しかし、対するソフィアはソウルの身体を強く抱き締めて離そうとしない。
ま、待て待て待て!色々と……色々と当たっている!!
柔らかい彼女の胸部や絡みついてくるソフィアのしなやかな足。グリグリとソウルの胸に押し当てられる頭からは女性特有の甘い香りがふんわりとソウルの鼻腔をくすぐってくる。
薄暗い部屋の雰囲気と相まって、ソウルの体裁的に、色んな意味でやばい!!
必死に逃れようと身体をよじらせるが、そんなソウルにソフィアがこぼすように告げた。
「……すまない、今だけでいい。今この時だけ……このままでいさせてくれ……」
「……っ」
そんな、泣きそうな声で言われてしまえば……断るなんて事、できはしない。
ボロボロで今にも崩れ落ちてしまいそうな彼女の想いを断ち切って、この状況を打破できる者がいるのなら教えて欲しいぐらいだと心の中で切に思う。
「……分かった」
今にも弾けそうな劣情と戦いながら、ソウルはなるべく彼女の体を意識しないようにウィルと昔読んだ物語を脳内で必死に再生する。
こんな弱り切ったソフィア相手に間違いを起こしてしまおうものなら、罪悪感で後々死ぬほど後悔しそうだ。
「……私は、ズルい女だな」
だから、気づかなかった。ソフィアが小さく漏らした言葉に。
そして、この選択が正しかったのかどうか、今のソウルにはまだ分からないのだった。