悲劇の始まり
現場から少し離れた路地裏で、ソウルとジャンヌそしてマリアンヌとマコは座り込んでいた。
みな、魂が抜け落ちたような顔を晒しながら現場検証が終わる時を待つ。
「……」
その間、誰も言葉を発することはできずにただただ黙り込んでいた。
無理もない。
だって、たった昨日まで一緒に語らっていた仲間が一晩のうちにもう二度と言葉すら交わせなくなってしまったのだから。
「……ソウル」
だが、しばらくするとか細く掠れた声でジャンヌが沈黙を破る。
「……すまなかった。私は、冷静じゃなかった」
「……いえ、当然です。むしろ申し訳ありません、出過ぎた真似をしました」
対するソウルもなんとか言葉を絞り出す。
だが、他に気の利いた言葉なんて出てきはしない。それ以上にかける言葉が見つからなかった。
「いや…君の判断は正しかった。あの場で狼狽するなど……聖女のすることではなかった」
「ジャンヌ様……」
1人頭をぐしゃりと掻きむしるその姿にソウルの胸は抉られるようだった。
「……無理は、しないで。俺には何も、遠慮しなくていいんですから」
「……あぁ。ありがとう、ソウル」
そして、また沈黙が始まる。
ソウルにだって、心の整理なんかついていない。ただ漫然と広がる不安に心を病むことしかできない。
それに比べて、ジャンヌはもっとジェイガンと密に関わって深い関係だったはず。
だったら、ジャンヌの苦しみは計り知れないだろう。
何とかして彼女の苦しみを取り除いてやれないか……。
「本当だ!見たんだ!!信じてくれよぉ!!」
そんなことを考えていると、現場検証をする騎士達の元から何か揉めるような声が聞こえてきた。
「一体何なんだこの小汚い男は!?」
「みみ見たんだ!本当なんだ!!」
見ると、そこにいたのは小汚い服に身を包んだ浮浪者が騎士にかじりつくように何かを訴えている。
「あの大男が…フードを被った女と殺し合っているのを!」
「えぇい、何なんだ貴様!作業の邪魔だ!どこかへ行け!」
邪険に扱われてもなお、男は必死に食い下がる。
「み…見たんだ!本当なんだ……!」
そして震える言葉で男は言い放った。
「フードの女が…バカでかい獣を操ってあの男を殺したんだ!!」
ーーーーーーー
「ふ…わぁあ」
男は夜の路地裏を歩いていた。
帰る寝床なんてない。だからどこか眠りやすそうな静かな場所を求めて歩き彷徨う。
「〜〜〜〜〜!」
「……っ」
すると、闇の向こうから何やら言い争う声が聞こえてくる。
「あんだぁ?」
男はフラフラと歩きながら声の方へと歩みを進める。
どうせ何かの痴話喧嘩だろう。巻き込まれるのは面倒だが、ここで引き返すのもめんどくさい。
見ないふりをして通り過ぎてやろうと、そう思った。
そして……。
「んな……」
男は見た。
白銀の毛を揺らす大狼と、それを操る耳の長い金髪の女。
紛れもない。あれは妖精の森に住むといわれる精霊の一族、エルフだ。
その大狼の駆ける先には1人の大男。おい、早く逃げろ!死んじまうぞ!?
そんな考えがよぎったその瞬間。
大男は……何かを言う。
だが、狼の咆哮にかき消されて男にはよく聞き取れない。何だ?何と言った?
そして。
ブジュゥッ!
狼の牙が、男の鎧を噛み砕き血飛沫が暗い路地裏に舞い上がった。
「あ…あぁ……」
浮浪者の男はただただ狼狽し、尻餅をつく。
「……」
「……」
何か話している声が聞こえる。
い、今だ……!今ならまだ逃げられる……!
殺される……!ここで見たことがバレれば……確実に……!!
だから……奴に悟られる前に……!急げ!!
逃げようと後ずさるが、死神の眼光はギンと浮浪者を射抜く。
「ひっ……」
しまっ……殺され……。
「……」
だが、死神はそのまま首を振る。
ボシュゥ……。
同時に白狼は蒸気を出しながら姿を消し、死神もまたその煙に紛れて消えた。
「あ……あぁぁ……ああああああああ!!!!!」
男はただただ夜の街を駆け巡りながら朝を待った。
殺されないように……なるべく人目につく大通りを一晩中、走り抜いた。
魂を狩る死神に出くわさないように。




