新たな脅威
部屋に入ると、イーリスト城下町の全体図を難しい顔で眺めるジャンヌとジェイガン、そしてハミエルとケイラの4人が出迎えてくれた。
「おぉ、来てくれたか。ありがとう、恩に着る」
ソウル達がやってきたことに気がついたジャンヌがほっとした表情でこちらを向く。
「いえ、そんな大層なことないですよ」
ソウルはそう言って聖剣騎士団のメンバーに倣ってイーリスト城下町の全体図に目をやる。
そこにはいくつかの赤い点と入り組んだ迷路のような線が多数書かれている。そして、その横には何やら人の名前が書かれたリストのようなものが並べられていた。
「これは…一体何なんです?」
ソウルは大きく広げられたそれらの物を眺めつつ、率直な疑問をぶつける。
「あぁ。これは今まさに私達が手を焼いている案件でな」
問いかけに対してジャンヌは腕を組みながらうーんと唸っている。
「『死神』……という名を聞いたことはないか?」
「『死神』……」
何だろう。初めて聞いた気はしないが……どこで聞いたっけ?
「……確か、前にマルコが言ってた気がする」
頭をガシガシとかきながら記憶を探るソウルにシーナが耳打ちする。
「あ……!確か騎士ばっかり狙う連続殺人鬼だったか?」
「ほぅ、詳しいな」
ジェイガンが少し意外そうな顔で告げた。
「と、言いますと?」
「『死神』の情報は世間に大っぴらに公表されていないのだ。騎士の沽券に関わるからな」
「……本来は体裁なんか気にせずにもっと大っぴらに捜査をするべきなんだけどね。全く本当に騎士ってやつはプライドばっかりが高いから反吐が出るよ、ほんと」
そしてジェイガンとハミエルは同時にため息をついた。
「ま、まぁ世間の人々に恐怖心を与えないという目的もあるとは思いますけれど……」
そんな2人に苦笑いしながらケイラが補足してくれる。
「だが、今回はそれが仇となったというわけだ。先日路地裏である騎士が無惨にも殺害された」
そう言ってジャンヌは1つの赤い点を指差した。
「それを皮切りに、イーリスト城下町のあちこちで死神の犯行と思われる騎士の被害が続いている。そして、先日殺害されたドラフ公爵の犯行現場に一般の女性が居合わせてな。ついに死神の存在が世に明るみに出てしまったというわけだ」
「それは……面倒なことになりましたね」
それを聞いたレイが頭を抱えている。
「ずっと騎士が隠していたことがバレたからですの?」
「まぁ、おおよそはね。事態はもう少し複雑だけど」
「死神によると思われる被害は少なくとも5年ほど前からイーリスト国各地で続いている。本格的に行動が活発になり出したのはここ最近だが……そんな騎士ですら太刀打ちできない殺人鬼の存在を隠してきた事実が今回の一件で明るみとなった」
「……なるほど」
民衆を守るはずの騎士がやられてしまったという失態を隠すために『死神』という存在を隠蔽、影で処理しようとした。結果、余計に死神をのさばらせることになってしまった。
それに加えて死神による被害は広がる一方で、遂には世間に存在が露見してしまった。騎士の立場が一気になくなってしまったということだ。
「無駄にプライドの高いバカ共の尻拭いをさせられるという、ふざけた話な訳ですね」
レイがはははと笑いながら告げる。いつもの如く目は笑っていない訳なんだが……。
「それで、私たち4人は事件に何か関連性がないか。どういう基準で死神が標的を狙っているのかを調べているという訳です」
ケイラはうーんとアゴに手を当てながら城下町の地図を眺める。
「なるほど……」
ケイラに倣って地図を見ると、イーリスト城下町で被害にあったのは6人。歳は30代〜50代と幅がある。場所は路地裏からその騎士の家まで多岐にわたっていた。
パッと見た感じでは被害者に関連性なんて見つからない。
だが、相手の家にまで襲撃しているとなるとただの行きずりの犯行とは考えにくいだろう。
それに、目撃した女性を生かしていることからもあくまで標的は騎士だけだと言うことになりそうだ。
「ちなみに、デュノワールさんとマリアンヌさんはどちらに行かれたのですか?」
そんな深刻な状態で部屋を飛び出した2人の行方が気になったアルはジャンヌに問いかける。
「2人は見回りに行った。どちらが前衛を取るかでまたケンカをしていたがな」
相変わらず、仲がいいんだか悪いんだか。
そんな事を考えながらジーッと地図を眺める。
「どうだ、ソウル。何か引っかかることはありそうか?」
考え込むソウルにそっとジャンヌが声をかけた。
「うーん…歳もバラバラだし……これといって関連性も分かんねぇなぁ」
「やはりそうか……実は私達もまださっぱりでな。君達の意見も参考にしたかったのと、捜査の協力をお願いしたかったんだ」
「なるほど、3人よればもんじゃ焼きって奴だな」
「ふふっ。それを言うなら文殊の知恵だ」
「そうそれ」
ジャンヌとソウルはそんなたわいもない会話をする。
「「「「「…………?」」」」」
「「……ん?」」
そんな2人に周りの視線が刺さった。
「いえ…その……何と言えばいいか」
ケイラが少し困ったように首を傾げる。
「……ソウル、やっぱりジャンヌ様と仲良くなった?」
そう言ってシーナはジト目を向けてきた。
「「はっ!?」」
しまった。ここ最近で一気にジャンヌと仲良くなったので、つい2人でいる時のテンションで会話をしてしまっていた。
周りの目もあるのでそれは伏せるようにしようと話していたのに、うっかりしていた。
「……ここのところ、少し2人にお願いすることがあってね。前より馴染みがでてきたんだろう」
2人してしどろもどろしていると、ジャンヌ逃避行のことを知るハミエルが咄嗟に助け舟を出してくれる。
「そ、そうなんだ!たまたまだよたまたま!」
何をもってたまたまなのかは自分でもよく分からないが、ノリと勢いに任せて乗り切ろうとする。
「ま、まぁハミエルさんがそう言うのであればそうなのでしょうけれど……少しびっくりですね」
若干の違和感を感じつつも、ケイラは何とかそれを飲み込もうとしてくれる。
よ、よかった。これで何とか誤魔化せそうだ。
「むむむ……本当にそれだけですの?」
このアル以外。
ジーッとソウルにジト目を向けながらジリジリとソウルに迫ってくる。
「あ、当たり前だろ?他に何があるってんだよ?」
ダメだ。こういう時、どんな風に誤魔化せばいいのか分からない。というか、これじゃあ本当にジャンヌとそういう関係であることを隠してるみたいじゃないか!?
「……あの時かな?」
すると、シーナがそっとアルの肩を引いた。
「……アル。私ソウルがジャンヌ様と一緒に任務してるところ見たからきっと間違いない。だから安心して?」
「う、うーん……シーナが言うのなら間違いはないのでしょうけれど……」
おい。俺の信用どうなってんだ?
「あまり、女の人に手を出すのは感心しませんわよ?」
あいも変わらずジト目を向けながらアルはソウルに釘を刺してくる。
「お、おぅ」
女性と親密な関係になったことがないソウルには不要な心配だと思いつつも場を収めるために渋々頷いた。
「……ソウル」
すると、そんなソウルの耳元でシーナがイタズラっぽく呟く。
「これで1つ、ソウルに貸しね」
「……あぁ。助かったよ、ありがとな」
意外なシーナの助け舟に驚きつつもソウルは素直にシーナに礼を告げるのだった。