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【マリアンヌのお見合い】たった1人の妹

 20年前のあの日。


 三女であるラティシアは、そっと妹の眠るベッドのそばにやってくる。


 よだれを垂らしながら手足を投げ出して眠るその赤ん坊には一切の清らかさもない。


「……お母様の言うことは、本当なのですね」


 他の姉妹は赤ん坊の頃から……いや、生まれた時からおしとやかだったと聞いている。もちろん、この私も。


 きっと、本質的に彼女は私達他の姉妹とは違うのだろう。


「いっそ産まれなかったことにしてあげた方が、マリアンヌの幸せなのかしら」


 そう言ってラティシアはそっとマリアンヌの髪を撫でてみた。


 すると、眠っていたマリアンヌがパチリと目を開く。


 そして。



「きゃははははっ」



「っ。」


 マリアンヌは無邪気に笑った。


 天真爛漫とはこの子のためにある言葉だと思うほど、明るく、そして楽しそうに。


「……っ」


 その笑顔が眩しくて、可愛くて。ラティシアは胸がちくりと傷んだ。たまらずそのままその場を離れようと手を離そうとした。


 しかし。


 ギュッ



「アー……ウ〜?」


 幼いマリアンヌは離れるラティシアを拒むように彼女の手を掴んだ。


 よだれでベトベトとなった手で。


「う…うぅっ」


 ラティシアはマリアンヌのネチョネチョした手の感触に思わず眉をひそめながら手を引き抜こうとする。


 それでも、非力なマリアンヌは懸命にラティシアの手を掴んだまま離そうとしない。


 まるで、私を1人にしないで!と、叫んでいるかのようだった。


「……」


 シルフラン家は女尊男卑の毛が強い家系だ。


 だから、母クレアの発言力には父トレントよりも強い力がある。


 その母がマリアンヌを『要らない子』と言ったのであれば、他の家の者もそれに従わなければならない。


 マリアンヌは産まれて間も無く殺されるかもしれなかった。


 けれど、それを見越したトレントが他の貴族にマリアンヌが無事に産まれたことを報告した。そうすることで無事に産まれたマリアンヌが謎の消息を遂げればシルフラン家の名誉に傷がつく。


 最悪の事態は免れることができたのだ。


 だからこうしてマリアンヌは生きていることを許されているが、シルフラン家の姉妹達はマリアンヌの部屋に入室する事を禁じられていた。


 それはマリアンヌは幼いながら差別的な扱いを受けているということだ。


 そんな大人の事情なんて知らないはずなのに。きっと、この子は幼いながらも孤独なのだろう。そばにいるラティシアを離さまいと必死だった。



「……本当に、私は何をしているのでしょうね」



 そんなマリアンヌが不憫で、そして私の唯一の妹である彼女が、とても愛しかった。


 ガチャッ


「〜〜〜っ!?」


 その時、背後から扉が開く音が聞こえる。


 しまった!?


 このマリアンヌの部屋には入ってはならないと、クレア母様からきつく言われていた。


 ラティシアはその言いつけを破ってここにいる。慌ててどこかに隠れようとするも、もう手遅れだ。


「ラティシア」


 すると、背後から投げかけられたのは父であるトレントの優しい声だった。


「お…とう……さま」


 ラティシアはヘナヘナと身体の力が抜ける。よかった……お母様だったら私はどうなっていたことか。


「マリアンヌは、可愛いだろう?」


 トレントは優しい顔で微笑みながらラティシアの隣に並んでマリアンヌを覗き込む。


「……はい、とても。まるで天使のようですわ」


 ラティシアは包み隠すことなく素直な感情を吐露する。トレントはそんなラティシアの頭をそっと撫でた。


「私は、この子に幸せになってもらいたいと思っている。だが、きっとこの子は将来クレアや他の姉妹……きっと使用人達にも避けられ、蔑まれる未来が待っているだろう」


「……」


 ラティシアの瞳からポロリと涙が溢れる。


 どうして?


 こんなに可愛いくて、愛らしいと言うのに。何故、産まれてきただけでそんな悲しい運命(さだめ)を背負わなくてはならないの?


「だから、ラティシア」


 そんな彼女の涙を拭いながらトレントは語る。


「私達で、この子を守ってやろう」


「私達で……マリアンヌを?」


 ラティシアは目を丸くしながら父を見上げた。


「きっと、クレアはこの子を捨て石のように扱うだろう。だから、私達でマリアンヌが幸せに生きていけるように、陰で支えるんだ。当然この家にいる以上クレアの意に背くことを表立ってできないけれど、きっとできることはある」


 そう言ってトレントはマリアンヌを抱き上げ、ラティシアにそっと差し出す。


 ラティシアは震える手でマリアンヌを受け取り、しっかりと彼女を抱きしめた。


「きゃっははっ」


 落としてしまったらどうしよう、と考えると顔が引きつる。そんなラティシアの心情なんてつゆ知らず、マリアンヌはラティシアの腕の中で嬉しそうに笑っていた。


「無理にとは言わない。お前だってきっと辛い想いをすることになる。だから……」


「断る理由なんてありませんわ!」


 父が言い終わるよりも前にラティシアは答えた。


「私も、マリアンヌを守るために生きていきます!だって……だって!」


 ラティシアはマリアンヌの顔を覗き込む。暖かく、柔らかいこの手を。明るくて可愛らしいこの笑顔を、守りたい。



「だって、私のたった1人の妹なんですもの!」



 決意を固めたその瞳はとてもまっすぐで、キラキラと光り輝いていた。

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