【マリアンヌの過去】カチューシャ
「おい、待てよデュノワール!」
義勇団アジトから城に護送された後、マリアンヌはデュノワールに声をかける。
「あん?どーした?」
「……その…えっと」
だが、声をかけたのは良いものの、その先の言葉が見つからない。
たくさん、伝えたい想いがありすぎて、何を伝えればいいのか分からなかった。
「わ、私……」
「……『あたし』、だろ?」
すると、デュノワールはそっとマリアンヌの頭に手を乗せる。
「約束、忘れたとは言わせねぇぞ?『家に縛られずに自由に生きる』。無事お前は帰ってこれたんだ、だから……」
「で…でも……待ってくれよ」
マリアンヌは不安そうにデュノワールの顔を見つめ返す。
「こ、この16年間……あたしはずっとあの家に縛られて生きてきたんだ……!今更…自由にって言われても、どうすればいいか分かんねぇよ」
マリアンヌは不安でその身を震わせる。帰ってきたとしても、あたしの人生は変わらない。変えられない。
またこれまで通り堅苦しい鳥籠の中の生活が続くだけ。なんなら、また今回のようなクレア母様の企みが起きるかもしれない。
ただただ、不安でいっぱいだった。
もはやそれはシルフラン家という名の呪い。
まだ、マリアンヌはその呪縛から解き放たれていなかった。
「……ったく、しょうがねぇやつだなぁ」
そんなマリアンヌの姿を見てデュノワールは呆れたようにため息をつくと、マリアンヌの頭のカチューシャをヒョイと取り上げた。
「な、何を!?」
軽くなった頭を押さえてマリアンヌはたまらず距離を取る。
「確か…これがシルフラン家の女として生きる証だったっけ?」
そう言ってデュノワールは自身の頭にカチューシャを取り付けた。
「か、返せって!」
カチューシャを取り返そうとするマリアンヌをヒラリとかわしながらデュノワールは続ける。
「へっへっへ。お前のシルフラン家の証は俺が奪っちまったぜ」
「え……」
マリアンヌは目を丸くしながらデュノワールを見る。
「だから、今のお前はただのマリアンヌだ。シルフラン家なんてもんに恐れることはねぇ。そうだろ?」
シルフラン家の女として生きる証であるカチューシャ。
デュノワールはそれを…シルフラン家の女としてのマリアンヌを奪いとった。
シルフラン家に縛られないように。そして、マリアンヌが、自由に生きられるように。
だが、シルフラン家の女の証が無くなったからといって何かが変わる訳じゃない。そんな簡単な話なんかじゃない。
そうだというのに……。
「安心しなって。俺はシルフラン家よりも素のお前の方がいいと思うぜ?お前の思うままにやってみろよ」
そう言ってデュノワールは笑う。
その笑顔がマリアンヌの心に勇気を与えてくれた。
「……じゃ、じゃあさ」
マリアンヌは頬を染めながらデュノワールを見上げ、恥じらいながら告げる。
「もし…あたしがあたしらしく生きられたなら、その時は……私のことを女として見てくれるか?」
「うぇっ!?」
マリアンヌの突然の告白にデュノワールの顔が赤く染まる。
「ちゃ、ちゃんと責任とってくれるか?その……えっと……」
「……」
互いに沈黙。
ただただマリアンヌの頭には自分の心臓の音がバクバクと爆音で鳴り響く。
永遠にも感じられる一瞬にマリアンヌの心が押し潰されそうになる。
恥ずかしくて顔を見ることもできない。や、やっぱり早まっちまったか!?
そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡ったその時だった。
モミッ
「……は?」
マリアンヌの胸に何か違和感を感じる。
そっと目蓋を開くと、そこにはデュノワールの手。
その手はしっかりと彼女の胸を掴んでいた。
「んー…Bだな……。もう少しあるとより魅力的というか何というか……」
目の前のデュノワールはそんなことをぶつぶつと告げている。
「な…んなななななな……!」
見る見るマリアンヌの頭に血が昇る。
「まぁ、伸び代はあったことだ!」
爽やかな笑顔でデュノワールはグーサインを突き出してきた。
「……んなよ」
「あん?」
デュノワールはプルプルと震えるマリアンヌの顔を覗き込む。
「ふざけんなよ!?このゴキブリ野郎がぁぁぁぁぁあ!!!!!」
「うっぎゃああああああ!?!?!?」
これが、デュノワールとマリアンヌの記念すべき第1回目の喧嘩(一方的な)だった。