【マリアンヌの過去】牢の中で
マリアンヌが目を覚ますと、そこは地下牢のような場所。そこの簡易的なベッドの上に転がされていたようだ。
「……ってて」
まだジンジンと痛む身体を持ち上げながら辺りを見渡すと紫色の鉱石で作られた壁に鉄格子。そして外には見張りの男が1人立っているようだ。
「ちっ」
身体からマナが抜けていくのを感じる。恐らくマナを吸い取る魔石、魔封石で作られた牢屋なのだろう。
小さな窓が牢の上の方にあるものの、到底人が抜けられる広さはない。脱出は厳しいように思われた。
「そこのあなた?少しよろしいでしょうか?」
マリアンヌは見張りの男に呼びかける。即座に逃げられる方法はないのであれば、せめて情報を集めるしかない。
この男から何かを聞き出すことができればなにか突破口が見つかるかもしれない。
「あなたと口を聞いてはならないと命令を受けている。大人しくしていろ」
「……そうですか」
しかし、敵も馬鹿ではないようだ。とりつく島もない。
そもそも、さらわれたのは私だけなのだろうか?他の家族はどうなったのだろうか?そんな疑問が頭をよぎる。
だが、現状マリアンヌにできることなんてない。
さて、どうしたものかと頭を捻っていると牢の外から1つの足音が近づいてきた。
「おい。昨日の女はどこにいる?」
「デュ、デュノワールのアニキ!?」
声からして恐らくあの戦鎚の男だろう。顔を思い出すだけで苛立ちが募る。
「あの女と話がしてぇんだが…ちょっと外してくれるか?」
「だっ、ダメです!あなたとこの女を会わせないようにフォルスさんから命令が……」
「ほーん……。お前こないだ、見張りサボって外で女遊びしてたよな〜……」
「う…うぐ……」
デュノワールと呼ばれた男はふざけた様子で見張りの男の弱みを突つく。
「だーいじょうぶだって。内緒にしとくからよ!お互い様ってことで、な?」
「わ、分かりましたよ。でも内密に!内密にお願いしますよ!?」
「わーってるわーってる!そんじゃ、頼むわ」
そうして見張りの男が牢を出ていくと、金髪の男が牢の鍵を開けて中に入り込んできた。
「よっ。お前マリアンヌだな?」
「……あなたは何者ですか?」
マリアンヌは距離を保ちながら男に問い返す。
「俺ぁ、デュノワール。ここで義賊団の副リーダーをやってる」
「義賊団!?」
マリアンヌはたまらず問い返す。義賊とは確か民衆のために権力者とも戦うような集団のことだったはず。
そんな奴が何故ただの貴族であるシルフラン家を襲撃したのだろうか。
「嘘をつかないでください。ならば何故あなた方は私をさらったのです?」
「そう!それなんだよ!」
すると、男はそう言ってマリアンヌに詰め寄る。
「お前……犯罪者じゃねぇのか?」
「……はい?」
マリアンヌは目を丸くしながらデュノワールの顔を見つめ返す。
「何を言っているのです?私は正真正銘シルフラン・マリアンヌ。シルフラン家四女でございますわ」
「……ほんとかよ、それ」
すると、デュノワールは先程のふざけた様相から急に真剣な表情に変わった。
ピリピリと覇気が伝わり、牢の中の空気が凍りつく。
その迫力にマリアンヌはたまらず息を呑んだ。
「俺は、あの家のあの場所にシルフラン家がかくまった犯罪者がいるって聞かされてたんだ。実際、シルフラン家の連中は青い髪に青い目の一族なんだろ?だったらお前はそれに当てはまらない、違うか?」
デュノワールはマリアンヌの胸ぐらを掴み、牢の壁にダンッと押し付ける。
その目は恐ろしいまでに鋭い形相で、ここで彼の気を損ねたらこの場で殺されてしまうのではないかとか錯覚させるほどだった。
だが、マリアンヌだってそれで折れるような玉ではない。
「どいつもこいつも……あたしを見た目ばっかりで判断しやがって……!」
ギリギリと歯軋りをしながらデュノワールの胸ぐらを掴み返し、大の声で怒鳴り返す。
「あたしはそういう体質なんだ!ごくごく稀にあるんだとよ!シルフラン家に赤髪赤目、炎の力を持って産まれてくる異端児の存在が!!昔そいつが世界を揺るがすような悪さしでかしたって話だ!!だから忌み嫌われてんだよ!!どこのどいつがホラ吹いたかは知らねぇが、あたしはれっきとしたシルフラン家の家のもんだ!あんな家、こっちが願い下げしてぇぐらいだけどな!!」
「はぁ!?じゃあお前が犯罪者だって話はどうなるんだよ!?」
「知るか!命令した奴に聞けよ!あたしはホントのことしか言ってねぇ!文句ならそいつに言え!!」
そんな2人の怒鳴り声が牢に響く。
互いにフーフーと息を切らしながら睨み合い、そして……。
「……はぁ。わぁったよ。フォルスに聞くことにする。どうもお前が嘘をついているようには見えねぇしな」
そう言ってデュノワールはマリアンヌから手を離す。
自由になったマリアンヌは溜まりに溜まった感情があふれ、ポロポロと涙をこぼした。
「わ、悪かったよ。流石にやりすぎた」
「べ、別にこんなのなんでもありませんわよ!」
マリアンヌは慌てて涙を拭きながら言い返す。くっそ、こんな奴に泣かされるなんて、一生の不覚だちくしょう!
そんなマリアンヌを見ながらデュノワールはふと問いかけた。
「ていうかよ。お前どっちがほんとのお前なんだ?」
「な、何のことです?」
「いや、言葉遣いというか……雰囲気というか。最初はお嬢様みてぇだなぁと思ってたんだけど、こんな気の強え女になったり……」
マリアンヌはギクリとする。しまった、ついボロが出てしまっていた。
パンパンと頬を叩いて切り替えようとする。
元の、上品なお嬢様に戻らなければ……。
「私はシルフラン家の人間です。清らかな振る舞いに言葉遣いをしなければならない。だから、本当の私はこちらですわ」
「……そうかい」
どこかつまらなさそうにしながらデュノワールはそっと牢を後にする。
「じゃあな、シルフラン・マリアンヌ。暇だったらまた来るぜ」
「二度とくん……二度と来なくてよろしいですわよ」
「ほんと…変な女だな」
そう言ってデュノワールはマリアンヌの牢を後にした。




