【ジャンヌ逃避行】ソフィアらしく
「あぁー!!クソがァァァ!!俺の店を……あの2人絶対に許さねぇぇぇ!!」
ハゲ散らかした屋台の店主は夜の街で怒りの咆哮を上げる。周りの人々はそんな彼を不憫に思ったり奇異の目で見たりしている。
「俺は忘れねぇからなぁ!!ソウルと……ソフィアとか言ったな!!どこまでも追いかけて弁償させてやるぁぁぁあ!!!」
「……ソフィア?」
街ゆく人々の中に1人。その店主の声にピタリと足を止める男がいた。
ーーーーーーー
ソウルとジャンヌは暗い路地裏を走る。
「ぐ……」
だがやはり先程のダメージが響き、ソウルの足が止まってしまった。
「大丈夫か?」
ジャンヌはそんなソウルを心配そうに見つめる。
「だ、大丈夫……ぐっ!?」
強がるソウルにまたピシリとアバラに悲鳴が走る。ダメだ、これ以上走れない。
「……少し休もう。一旦奴らも撒いたようだからな」
そしてジャンヌは路地裏の物陰を指差す。なるほど、確かにそこなら目立たないし少し時間を稼げるかもしれない。
「あ、ありがとうソフィア」
そう言ってソウルはドサリと身を投げ出すように腰を落とした。
「それは私のセリフだ。馬鹿者」
ジャンヌもそんなソウルの隣に腰掛けるとそっと空を見上げる。真っ暗になった路地裏には満点の星空が広がり、2人はまるで幻想的な世界にいるような錯覚を起こす。
「すまないな。今日は本当に君に助けられてばかりだ」
少しの沈黙の後、そう言ってジャンヌは肩を落とす。
「私は、聖女失格だ」
「……そんなこと言うなよ」
そんなジャンヌにソウルはそっと微笑みかける。
あの時、マックスが俺に「休め」と言ってくれた理由が分かったような気がする。きっとあの時のマックスもこんな気持ちだったのかもしれない。
身を削りながら1人で全てを完璧にこなす。
そんなことは理想だ。人間なのだから、手が届く範囲には限界がある。1人で抱え込むだけじゃ、ダメなんだ。
「ソフィア。俺はお前が大事だ」
ソウルは言葉を紡ぐ。うまく伝えたいことが伝えられるか分からないけれど、きっと今彼女に伝えなければならないことだと思うから。
「だから、無理しないで欲しい。1人で抱え込まないでくれ」
「ははは、無理言うな。聖女なのだからそんな甘えたことは言ってられないさ」
ジャンヌは困ったように笑う。その笑顔には綺麗な反面どこか諦めにも似た感情が混じっているように見えた。
「……いいんだよ、甘えて」
そんなジャンヌの吸い込まれそうな程美しい金の瞳を覗き込みながら告げる。
「もっと、ソフィアは周りの人を頼ってもいいんだよ。聖剣騎士団のジェイガン様にハミエルさん。それにケイラさんだってデュノワールさんだって、マリアンヌさんもいる。あなたが信用している人達ならきっとあなたを助けてくれる。それに……弱くて頼りないけど、俺だっている」
「ソウル……」
ジャンヌは面を食らったような顔をしながらソウルのことを見つめ返す。
「だが……ダメさ。ジェイガンやハミエルはともかく他のみんなは私が『聖女』だから着いてきてくれているんだ。君も幻滅しただろう?こんな情けない私が聖女としてこの国のトップに立っている事実に。皆の前では虚勢を張っているが、本当の私はこんなに弱く情けないんだ」
聖女としての立場。憧れと羨望。
完全無欠な聖人。それが聖女だ。だから民は私を信じてくれるし、部下達も私を慕ってくれる。
だから私は彼らの想いに応える為に完全無欠でなければならないんだ。
それしか、私の存在価値なんて……。
「でも、俺は今ここで話してるソフィアの方が好きだよ」
「すっ!?」
ソウルの言葉にジャンヌの顔がボッと真っ赤に染まる。
「完璧な人間なんていない。だから人は共に生きるんだ。時には励まして時には怒って。色々な方法でお互いに背中を押しあって、支え合って生きてるんだ。それはきっとソフィアも同じだよ」
そう言ってソウルはジャンヌの手を握る。夜の冷え込みで冷えたのか、彼女の手は氷のように冷たかった。
「ソフィアはサルヴァンの時に俺の背中を押してくれた。それはソフィアが聖女だったからじゃないだろ?」
「そ、それは……」
そうだ。完全無欠な聖女であろうとするのなら、自身の感情を押し殺してでも、呪われた力を持つソウルを公表して殺すべきだった。
それでもジャンヌはソウルのことを隠し、騎士として生きる道をすすめた。
それはきっと『聖女』としてじゃない。『ジャンヌ』という人の意志だ。
「俺は、『聖女』だからあなたを尊敬してる訳じゃない。あなたが『ソフィア』だったから着いていこうと決めたんだ。例えこの先あなたが聖女失格だって言われて国中から後ろ指を差されたとしても、俺はソフィアを支え続けるよ。あなたの望みを叶えるために俺は剣を振る。そしてもし道を間違えたならちゃんと止める」
配下騎士フォロアーの話をした時だって、迷うソウルの最後の決め手となったのは彼女の本音を聞いたからだ。
これまでだって、ずっとそうだったはず。大事なところではいつもあなたという人間が決め手だったんだ。
「無理して強くなろうとしなくてもいいんだ。もっと、自分自身の強さも弱さも受け止めながらでいい。ソフィアはソフィアらしく生きていっていいんだよ」
『聖女らしく』じゃない。『ソフィアらしく』生きていけばいい。きっと、その方がたくさんの人々の心に響く最高の聖女の姿になれるはずだから。
「……『ソフィアらしく』か」
すると、ジャンヌは少し肩の力が抜けたように笑った。
「偶然にしても君は、たまに凄いことを言うな」
「え?」
ポツリとジャンヌはそうこぼすと、そっとソウルの手を握り返してくれる。
その手はソウルの手の温もりで暖かさを取り戻していた。
「そう……だな。でも、大きく私の生き方を変えることは、やっぱりできないよ」
「でも……!」
「だが、少し世界が変わって見えたような気がする」
そう言ってジャンヌは顔を上げる。その顔はこれまで見せてきた美しいだけの笑顔ではない。柔らかく、優しい笑顔のように見えた。
「甘えてもいいと、君が言ったんだ。だからこれから先、君には何も遠慮しないからな?」
「う、うぉ」
ジャンヌが遠慮をしないと聞くと少し嫌な予感が頭をよぎる。彼女の膨大な仕事がソウルに回ってでも来るのだろうか。
「まぁ、今さら君には遠慮も何も無いか。どうせ私の全てを君には見られてしまったんだから。心も……身体も」
そう言ってジト目でジャンヌはソウルの顔を見つめる。
「ちっ、違っ!?いや違わないけど!!あれはデュノワールさんのせいで!!」
きっとサルヴァンでの大浴場除き事件のことだ!
ジャンヌの美しい肢体を思い出しながらソウルは顔を真っ赤にする。
「あははははっ」
そんな風に狼狽えるソウルを見てジャンヌは無邪気に笑った。
こんな自然に笑う彼女を見たのは初めてかもしれない。新しいジャンヌの一面にソウルの顔も綻んでしまう。
よかった、守ることができて。
よかった、ここまで戦ってきて。
よかった、ソフィアについてきて。
そんな想いがソウルの頭をよぎった。
その時。
カツカツカツ。
「「っ!?」」
路地裏に1つの足音が響く。その音に2人はそっと身をひそめた。
まずい、敵か?
まだ身体はビリビリと痛む。それでも見つかってしまえば戦うしかない。
何とかこのまま通り過ぎてくれ、と切に願う。
だが、足音は真っ直ぐにこちら目掛けて迫ってくる。ダメか、くそ。やってやる!
そう言ってソウルが剣を構えようとしたその時。
「ソウル、大丈夫だ」
隣のジャンヌがそっとソウルの手を掴む。
「……全く、探しましたよジャンヌ様」
すると、こちらへと歩いてくる人影から覇気のないボソボソとした声が聞こえてきた。




