【ジャンヌ逃避行】暗い路地裏で
ジャンヌの話を聞いた後、ソウルは堪らず頭を抱えた。
「す...すまない.......」
「いえ...ただ、ジャンヌ様すごいなぁと思って」
俯くジャンヌにソウルは苦笑いしながら頭をかく。
【聖女】という称号が彼女に課す宿命と、どれほどの苦労を持ってジャンヌが今の立場を守っているのか、という事実を知ってしまった。
そして、そんな彼女にとって現在の状況がどれだけ逆境なのかということも。
「この話は聖剣騎士団の中でもジェイガンとハミエルしか知らないような話なんだ。何でもするからどうか口外だけは.......」
「そんなことしなくても絶対に言いませんよ、安心してください」
そう言ってソウルはジャンヌに微笑みかける。
「そ...そうか.......。ありがとう」
消えいるような声でそう告げたかと思うと、ジャンヌは力無く手を下ろした。
ジャンヌはソウルとのやり取りを通して安心と同時に少し困惑していた。
この青年は不思議だ。彼の語る言葉に嘘偽りが無いことがこれだけのやり取り手を実感できる。
すごく、安心できた。
それと同時に先程のことが徐々に実感として彼女の心にのしかかってくる。
ガ...ガタガタ.......。
ジャンヌの身体に冷たい悪寒が駆け巡る。
「じゃ、ジャンヌ様?」
「な...何でもない.......気に...するな.......」
ジャンヌは震える自身の身体を抱く。だが、身体は言うことを聞かず、震えが止まらない。
あの時、ソウルが駆けつけてくれなかったらどうなってしまっていたのか。自分にされる行為を想像すると震えが止まらない。
「.......く」
ダメだ。ソウルが見ているだろう?下の者に...私を尊敬してくれている彼に、こんな所を見せてどうする!?
私は聖女だ。こんな事で弱気になっていてはいけないんだ!止まれ!いいから止まってくれ!!
こんな姿、聖女としてあってはならないだろう!?
口を一文字に結びながら襲いかかってくる恐怖に1人必死に抵抗する。
「ジャンヌ様.......」
そんな彼女の姿にソウルは改めて.......いや、初めてかもしれない。そこにいる『ジャンヌ』という女の子を見た。
確かに初めて見た時から圧倒的なカリスマと存在感を放つその姿に彼女がどこか雲の上の存在なのだと感じてしまっていた。
だけど、そういう先入観を全て取っ払って見た彼女は、ただの18歳の少女だった。
きっと、死ぬほどの努力をして、無理をして聖女としての立場を守ってきたんだ。
ソウルも彼女に救われた。
あのサルヴァンの戦いでジャンヌは召喚魔法を使うソウルを受け入れてくれた。それがどれだけ嬉しかったか。
だから今度は俺がありのままのジャンヌを受け入れる番だ。頼って欲しい。あなたは1人じゃない。
「無理...しないでください。俺はどんなあなただって、尊敬してるし立派だと思ってます」
そう言ってソウルは彼女の肩に手を置いた。
「あ...」
それを皮切りに、ジャンヌの瞳からポロポロと涙がこぼれた。
「ま...待ってくれ.......違うんだ.......これは.......その.......」
彼女はそう言って必死に涙を拭うが、溢れた涙は止まる事を知らずに後から後から流れてくる。
その姿は、誰かが支えないと今にも崩れ落ちてしまいそうなほど儚かった。
「大丈夫。俺がついてます。必ずあなたを守り抜いてみせる」
「っ!」
ソウルのその姿にかつてのあの男の姿が重なる。
何もなかった彼女を掬い上げてくれた、あの男と。
「ジャンヌ...さまぁっ!?」
そして次の瞬間。ジャンヌがソウルの胸に飛び込んできた。
「す...まない.......少しだけでいい。少しだけ...このままでいさせてくれ.......」
そう言って彼女はソウルの服をぎゅっと握ってくる。
「.......」
ジャンヌの肩は震えていた。怖かったのだろう。不安だったのだろう。こんな暗い路地裏で、魔法も使えずにあんな大人数の男達に組み伏せられようとしていたのだから。
彼女の不安を受け止めるようにソウルはジャンヌをそっと抱きしめた。
細く、柔らかかった。本当に目の前にいるのがただの1人の女の子なのだということを改めて実感した。
「.......必ず、俺があなたを守ります。だから安心してください」
「.......ありがとう、ソウル」
そしてジャンヌは脱力し、ソウルの腕の中ですすり泣き始めた。
普段の毅然たる姿はそこにはない。だが、それでいい。そうじゃないとダメだとソウルは思った。
どんなに凛々しく民を導く聖女だったとしても、ジャンヌだって1人の女の子なのだから。
必ず。守り抜いてみせる。
ソウルはジャンヌを強く抱きしめながら決意を新たにした。
暗い路地裏の中で2人はしばしの間身を寄せ合った。