【ジャンヌ逃避行】襲撃
ジャンヌはスタスタと早足に路地裏を進む。夕暮れの路地は薄暗く、遠い街の喧騒がそれにさらに拍車をかけてくる。
早く城まで帰ってしまいたいが……。
「……つけられている?」
先程から何やら不穏な気配がジャンヌにピッタリとついてくるのを感じる。どうやら何者かにつけられているようだ。
「そこにいるのは分かっている。出てくるといい」
ジャンヌはピタリと立ち止まり、感じる複数の気配に向けて声を放つ。
「へっへっへ。流石は聖女様だ」
「ぼ、僕達の隠形術を見破るなんて、流石なんだな」
すると、ぞろぞろと20人程の男達が物影や屋根の上から姿を表した。
「お前達は一体何者だ?」
ジャンヌはピリリとした空気を放ちながら彼女を取り囲む複数の男達に問いかけた。
男達はその威厳に満ちた姿に気圧されてしまう。
しかしそれに動じた様子を見せない2人の男が彼女の問いかけに答えるように前に出てくる。
「ひっひっひ。俺はケディ。ここにいるのは全員あんたへの復讐者さ」
「ぼ、僕はニールだよぉ。ちょっとは心当たりがあるんじゃないかなぁ?」
どうやらこの2人がリーダー格のようだ。
ケディはガリガリの手足に飛び出したような目玉をした男。ニールは肥満体質で髪1本もなくツルツルした頭の男だ。どちらも小悪党、醜い容姿をしている。
「何の復讐だ?」
こいつら2人がリーダーかと思いつつ情報を引き出す為にジャンヌは会話を続ける。
「ひっひっひ。あんたがこれまで潰してきた奴らだよ。これまでいくつの闇の組織を潰してきたか.......分かるだろ?俺達はお前に全てを奪われたんだ」
「黙れ。そもそもお前たちがそういった生業で民の安寧を脅かしてきたことが原因だ。自業自得だろう」
ようはジャンヌによって摘発された小悪党達の逆恨み。軽い罪で刑期を終えたか、そもそも取り逃がしていたのかは分からないが、そういうジャンヌに対して恨みを持つ者達の集まりなのだろう。
「ひっひっひ。たとえ聖女と言えもこの人数で襲われりゃひとたまりもないだろう?そのすまし顔もいつまで持つか楽しみだなぁ」
「い、いいなぁ。可愛いなぁ。流石聖女様だぁ。ねぇねぇ、痛めつけたら僕にちょうだぁい?たぁっぷり可愛がってあげるんだぁ」
すると、肥満の男はじゅるりと涎を垂らしながらジャンヌの顔を見つめてくる。
「う……」
ジャンヌはその醜悪さに堪らず鳥肌が立てながらも、凛とした態度を崩さずに構える。
「だったら、その浅はかな考えなど全て返り討ちにしてやる!約束されし勇者の剣。今その封印を解き放ち我が敵をうち滅ぼさん!【聖剣】のマナ!【エクスカリバー】!!」
この路地裏ならば人の目を気にすることもなく聖剣を扱うことができる。相手が何人だろうがジャンヌには関係ない。一瞬で倒してくれよう!
そう思っていた。
ジャンヌの手に聖剣は顕現せず、ただただ詠唱が虚しく虚空に響き渡るだけだった。
「な.......?」
ジャンヌは予想外の展開に思考が固まる。
男達も拍子抜けを喰らったように目を丸くすると、ゲラゲラと声を上げて笑い出した。
「何だぁ!?あの聖女様、まさか『マナ切れ』かぁ!?」
「〜〜〜〜っ!!!」
そうか、しまった!
ここにくる前に行ったシーナとの試合形式の練習。しかもここ連日シーナはジャンヌの元へと通い詰めていたこともあり、ほぼ毎日聖剣同士の撃ち合いを行なっていた。
聖剣同士のぶつかり合いは例え魔法を使わなくても消耗が激しい。ジャンヌの想像以上にマナを消費していたのだろう。
だが、それだけでは説明がつかない。だってこれまでも聖剣を酷使したことはあるが、聖剣を顕現させることができないという事態に陥ったことなど一度もない。
思考を巡らせているとハミエルの言葉がジャンヌの脳裏をよぎる。
『訓練もあって疲れているでしょう?お休みを取ってください』
「ま…さか……」
疲労のせいで、マナの回復力が著しく低下していた?普段なら回復できているようなマナ消費も、疲労のせいで充分に回復ができていなかった?
そう考えると全ての辻褄が合う。
そんな聖剣を使えない聖女の姿にケディはニヤリと笑う。
理由は分からないが、目の前のこの国最強の騎士は戦う術を持っていない。今なら、本当に殺れるかもしれない。
その事実に男達は興奮のあまり震え上がる。
「こんなチャンス2度とねぇ!やっちまえお前らぁ!!」
ガリガリの男は獲物を見つけたハイエナのような顔を向けながら叫ぶ。
「おおおおおおおお!!!」
そして次の瞬間、男達は聖剣を扱えないジャンヌに一斉に飛びかかってくる。
「く、くそ!?」
戦う術を持たないジャンヌは迫る男達の合間をぬって駆け出した。