間章
時は少し遡る。
「……ありがとう。ソウル」
城から投げ出されたシーナは落下の浮遊感に包まれながら呟いた。
みるみるソウルと空が遠ざかり、シーナに死が迫る。
でも、シーナは少しも怖くなかった。むしろ感情が昂るのを感じていた。
本心だったのだろうか?きっと、どうしようもなく絞り出した言葉に違いないだろう。
それでも、嬉しかった。誰でもないソウルがそう言ってくれたことが。
だから、応えたい。例え本心じゃなかったとしてもソウルの『信じてる』という言葉を、嘘なんかにさせたくない。
「……そっか」
シーナはそこで初めて気が付いた。自分の剣を振る意味、自分が何のために戦うのかを。
「私は……ソウルを守るんだ」
私は、ソウルが好きだ。
1人の男としてだけじゃない。彼が進むその生き様、そして彼が作り上げる優しい世界が好き。
私は、そんなソウルの力になりたい。
彼の道を阻むものがあるとするのならそれを撃ち破り、彼を傷つけるものがあるのなら彼を守る抜く。
「……だから、こんな所で死んでられない!!」
必ずソウルの元へ舞い戻る。彼の想いを叶える為、彼の求める未来を実現させるために、私は剣を振る!
私が戦う意味は、そこにある!!
その想いがシーナに新たな力を目覚めさせる。
目覚めたデバイスは【神剣】のマナ。溢れる想いと共にシーナはそれを解き放った。
「【火聖剣】に【神剣】のマナ!天翔ける聖なる衣!【天野羽衣】!!」
【朧村正】から緋色に輝く炎が溢れ、瞬く間にシーナの全身を包み込む。
「……着物…かな?」
それは羽根のように軽やかな薄い布のように変化し、天翔ける天女の羽衣へと姿を変えた。
「げ」
うん。新しい魔法が顕現したのはいい。だが、1つ問題がある。
【天野羽衣】がシーナの身を包み込んだ。恐らくこの魔法はシーナに【飛行能力】を付与してくれる魔法なのだということは何となく理解できる。問題は……。
「これ、どうやって制御するの?」
シーナの落下のスピードが、弱まるどころかむしろどんどんどんどん加速している。
「ま……待って待って待って待ってぇ!?」
崖の底がみるみる目前に迫る。
しかもシーナの落下地点にはギラリと鋭く光る鍾乳石が待ち構えていた。
このままでは串刺しである。
「と、止まってぇぇえええ!?!?」
あたふたしながらシーナはバタバタと手足を振り、たまらず目を閉じた。
「…………?」
来るべき衝撃がシーナに襲い掛からない。
そっと目を開くと目と鼻の先に鋭く光る鍾乳石の鋭利な先端。その光景に冷や汗がぶわぁっと溢れる。
だが、シーナの身体はそこでふわりふわりと止まっていた。
「……そ、そっか」
安堵の息をつきながらもシーナは何となく理解した。
聖剣の力の源は意志の力。
だったらこの力の制御方法もきっと意志によるものに違いない。
「ゆ……ゆっくり降りて」
シーナは心でそっと念じる。その意志に応えるようにシーナの身体はふわりふわりと鍾乳石を避けて地の底へと降りていく。
よ、よしこれで……。
ギュンッ
「あ」
少し気を緩めた瞬間。シーナは再び加速し、ドンと音を立てて地面へと墜落した。
「い……痛い」
シーナは鼻血を出しながら顔を上げる。ダメだ。思った以上にこの魔法は制御が難しい。だが、この地の底から這い上がるためには【天野羽衣】の力が必要だ。
「……待ってて、すぐに助けに戻るから!」
シーナは遠い空を見上げながら、きっとそこに待つソウルに向けて叫ぶ。
こうしてシーナは地の底で【天野羽衣】の制御する練習を始めた。
ーーーーーーー
レイは城の向こう側から熱い炎の鼓動を感じていた。
きっと、この力は彼女に違いない。
シーナがソウルを置いて1人死んでしまう訳などない。何が何でも生き残り、彼を助けに舞い戻るだろう。
ただそれだけを信じてレイは城の壁をぶち壊し彼女の舞い戻る道を作った。
「やぁ。随分、立派な姿だね」
「……ソウルのおかげ」
壁の向こうにはどこか吹っ切れたような表情を浮かべるシーナがいた。
まだ完全とはいかないが、【天野羽衣】を制御できるようになっていた。
「頼めるかい?きっと奴を倒すのに君の力が必要なんだ」
そう言ってレイはシーナに手を差し伸べる。
「任せて。必ずソウルを、みんなを助けてみせる」
シーナはレイの手を掴むと、ゴッと加速して壁に空いた穴を突き進む。その先に広がるのは巨大な蛇の魔獣とそれに相対する私の守るべき主人。
その彼が強大な敵に立ち向かう姿にたまらず涙が出そうになる。
無事だったんだ。その身もその志も。
明るい未来のために前を向いたその姿は、シーナが憧れたカッコいいソウルの姿だ。
「……待ってね。必ずソウルを守り抜いてみせるから」
そしてシーナは銀の風となりイグの背後へと飛ぶ。
ソウルの最後の一撃を奴に食らわせるために。この戦いに決着をつけるために。
シーナはその身にマナを巡らせた。




