魔獣?
「つ、強い.......」
イグ様より賜った魔獣を次々と撃破されていく惨状に10信徒達は震え上がっていた。
これまで魔獣の力さえあれば、我々を虐げてきた奴らを叩き潰すことができてきたというのに.......。
「だ、誰がやられた!?」
「ワーウルフ、ガーゴイル、アルミラージ。それとハーピィがやられた!ミノタウロスももうやられそうだぞ!」
「バカな!?もう半分がやられてるじゃないか!?」
何なんだあいつらは!?このままでは全滅してしまう!
「だ...ダメだ...終わりだ.......イグ様.......イグ様ぁ.......!!」
「ま、待て!抜け駆けはなしだ!!」
このまま訳のわからない奴らに嬲り殺されるぐらいなら、イグ様に救いを求めた方がマシだ。
10信徒達はなし崩しに取り乱し、廃都に向かって撤退を始めた。
ーーーーーーー
「オラァ!これで最後だぁ!!」
ライは足場を奪われたミノタウロスに戦斧を振り下ろす。ミノタウロスは怯えた子牛のように震えながらなされるがままにされている。
「ヴ...ヴォ.......!」
「【紅蓮】!!」
紅の閃光がほとばしり、ライの戦斧はミノタウロスを首を跳ね飛ばした。首を失ったミノタウロスの胴体はボロボロと崩れ始め、灰へと還っていく。
「はっはぁ!!どうだぁ!!くそったれぇ!!」
ライは戦斧を振り回しながら勝ち誇る。
「取り敢えず...これで全部のようですわね。敵は撤退していくようですわ」
アルは周囲に耳を傾けながら告げた。戦闘を終えたメンバーもそれぞれ安堵の息を漏らす。
「はぁ...でも、まぁまぁじゃない?5体の魔獣相手にこれだけできれば」
オデットは水を飲みながら得意げに告げる。
「う、うん。これならソウルとギドの救出も遠くなさそうだ」
ロッソも嬉しそうに答えた。
「いや...何か違和感がある」
そんな中、レイが1人険しい顔をしている。
「違和感?」
「うん...流石に骨が無さすぎる」
レイは先程の戦闘を思い出しながら呟く。
「えぇ、私も感じておりましたわ。スフィンクスやアイホートと比べればあんなの屁でもありません。あれ本当に魔獣なのですか?」
どうやらアルもレイの意見に賛成のようだ。
「じゃあ、どういう事なんです?」
確かにモニカもあの魔獣達には違和感を感じている。コーラリアに現れたシマシマカマキリやアイホート。あれらはもっと本能のままに暴れているような感じだった。
だが、モニカの目にはあいつらにはそれがない。まるで動きを制限させられた獣のように見えた。
「考えられるパターンとしては3通りかな。1つは『あいつらが魔獣じゃない』」
「魔獣じゃない?そんな訳ないでしょ。見なさいよあいつの死体を」
オデットはそこに転がる魔獣達の死体に目をやる。その体はパラパラと灰のような物へと姿を変えて崩れ去っている途中だった。
「正確には『魔獣を模した何か』だったんじゃないかって思う。何かの動物でもなさそうだしね」
レイにだってこいつらが何かの生き物のようには見えない。だからそれを真似た紛い物なのではないかという説だ。
「残り2つは何なんだよ」
今度は少し落ち着きを取り戻し始めたライが横から問いかけてくる。
「2つ目は『あいつらが何かに操られていた』。それに加えてその操り手も戦闘に慣れていなかった。だから本来の力を発揮できずにやられてしまった...かな」
「なるほど...それなら私も納得いきます」
2つ目の説なら先程のモニカの違和感にも説明がつく。
「じゃ、じゃあ残り1つは何なんだい?」
「最後の説は、『僕らの知らない別の要素で魔獣の力が弱まった』かな」
「なんだそりゃ。いきなり説得力も何もない話じゃねぇか」
ライは呆れたようにレイを睨む。
「仕方ないさ。魔獣にはまだまだ未知の部分が多いんだ。それは君らの方がよく分かってるんじゃないかい?」
「そ、そりゃあ...そうだが.......」
魔道学校では魔獣についても学ぶ機会があったが、それは本当に基礎的なことのみで大したことはなかった。
何故なら危険な魔獣をコントロールする術がないため、研究が進められていないからだ。
だから魔獣については未だ何も分かっていないのが現状で、どこからどのようにして魔獣が生まれてくるのか、どの様にして命を繋いでいるのかすら分かっていない。
「でもまぁ、これだけの数の魔獣を扱う集団がただの宗教団体だとは考えられない。ジャンヌ様達に助けを求められる条件は揃ったんじゃないかな」
これが【邪龍】と直接関係がなかったとしても【魔獣】を操る謎の集団ということであればジャンヌ様が突入するには充分すぎる情報だ。
当初の情報を集めるというだけであれば任務は完了なのだが.......。
「このまま、おめおめと帰る訳にも行かねぇだろ」
ライはゴキゴキと腕と鳴らしながら告げる。こんな危険な集団に攫われたのであればなおさら一刻も早くソウル達を救い出さなければ危険だ。
だが、ここで人員を割くわけにもいかない。相手の数や戦力が未知数なのであれば極力戦力は削ぎたくない。
「モニカ。君の人形たちの中でジャンヌ様に伝書を届けられる子はいるかい?」
なら、モニカの人形の力を借りればいいだろう。そうすれば人員を割くことなくジャンヌ様に状況を伝えられるはずだ。
「えぇ。それなら私の兵隊さん達が適任です」
レイの意図を理解したモニカは皮鞄の中から6体の兵隊の人形を出す。
「ごめんよ。よろしく頼めるかい?」
レイはそう言って赤の兵隊に状況を書き記した伝書を手渡した。伝書を受け取った兵隊達はどこか嬉しそうにコクコクと力強く頷くとそのまま古井戸の中へと姿を消した。
「じゃあ、僕らは僕らで動こう。今は敵の監視は無さそうだから動くなら今だ」
兵隊達を見送ったレイはそう言って立ち上がる。
「それにしても、ずさんな奴らね。敵を前にして監視も寄越さずに退散だなんて.......」
オデットは呆れたように告げる。先程の攻撃も何の策も無く適当に魔獣をぶつけてくるだけであまり苦戦にならなかった。
もしじっくり作戦を練られてじわじわと攻められればこちらも厳しかったかもしれない。
「相手は素人なのかもしれない。だけど、それだけじゃないことは確実だ。流石にあんな雑な戦いをする奴らにソウルだけならまだしもシーナとギドが遅れを取るとは思えない」
現状ソウルは召喚魔法を使えないと考えていいだろう。だからシーナはソウルについて行ったのだろうし、それに加えてギドもいる。
それなのに3人が戻ってこないところを見ると敵はあいつらだけじゃない。もっと強大な敵が待ち構えていると見て間違い無いだろう。
「えらく信用してるのね、あのジャガーノートのこと」
すると、オデットは軽く挑発のように告げた。ジャガーノートであることをオデットはあまり快く思っていないのだろう。
「シーナは確かにまだまだ未熟者ですけれど、どんどん成長しております。いずれこの中の誰よりも立派な騎士になれる存在ですわ。私はそう確信してます」
レイが何か言う前にアルが先に口を挟む。
そうだ、確かにまだまだ精神的に未熟な部分が多い。けれど、その成長の早さも並みではないことはアルも実感している。
オデットは少し面白くなさそうにアルの顔を見るが、何も言わなかった。
そんなアルの姿にレイは少し笑みが溢れる。アルとシーナもうまくやって行けているみたいで安心した。
「それじゃあ行こう。索敵班は周囲の状況に注意して何かあったらすぐ知らせておくれ。ここからが本番だよ」
こうしてレイ達は森の廃都の中へと歩を進めるのだった。




