ギドの過去4【試練の間】
シドはヴラドから魔石灯を受け取ると漆黒の洞穴の中へと入って行く。
不安に駆られるギドはシドの服を掴みながら消え入りそうな声を上げる。
「し…シド……」
「大丈夫。僕らならやれる」
しかし、シドは聞く耳を持とうとしない。だからと言ってシドを1人で行かせるわけにはいかないし、シドを無理矢理止めることもできるわけでは無い。
ギドも震える体に鞭打ってシドの後に続いた。
「……」
「……さみぃな、ちきしょう」
洞穴の中はまるで真冬のように冷たく、暗い。
だがシドは怯む様子もなく魔石灯の灯りを頼りにどんどんと穴の奥へと歩を進める。
ギドの目にはその灯りも心許なく気がつけば儚く消えてしまいそうだった。
「本当にあんのかよ、その遺跡なんてよ」
「君らしくもないね、ギド。ビビってるなら上で待ってても良かったんだよ?」
「う、うるせぇ!ビビってなんかねぇよ!?」
ギドは挑発的に笑いかけてくるシドに反発しながらもなんとか彼の後を追う。
いつも新しいことに踏みとどまってしまうギドをシドはいつでも引っ張っていってくれた。だからギドはシドの後を追って、前に進むことができた。
頼れる兄の背中を信じてギドは一歩、さらにもう一歩と足を踏み出す。
そして半刻ほど経った頃だ。ゴツゴツとした岩肌が何かに磨き上げられたかのような物へと形を変えて行く。
「近いな」
ギドはボソリと呟く。シドもそれに答えるように黙って頷いた。
そしてさらに進んでいくと、そこには1つの岩門がそびえ立っていた。
「こ、これが.......」
「【支配者の遺跡】.......」
その門はまるで巨大な龍が口を開いているかの様な形をしており、一度足を踏み入れようものならその顎アギトに噛み砕かれてしまいそうな錯覚を起こさせる。
シドは門が動き出さないか警戒しつつ恐る恐る門をくぐる。しかし門はただの岩でできているのか特に何も起こらない。
「よし。大丈夫だギド」
「お、おぅよ。お宝まで後少しだ、やってやろうぜシド」
「さっきまでビビり散らかしてたくせに、言うじゃないか」
「るるるるるっせぇな!?」
そう互いに励まし合い(?)ながらさらに遺跡の奥へと進んでいくと先が何やら広い空間が広がっていることに気がついた。
「ここは.......?」
「きっと、ここがヴラドが言ってた『試練』の間なのかな」
よく部屋を見渡すと、奥に続く扉の様な物が見える。あそこに向かえばいいのだろうか?
警戒しながらもシドはそっと部屋の中へと足を下ろす。
.......シィン
特に何も起こらないようだ。
「大丈夫、行こう」
「お、おぅ」
シドに促されギドも部屋の中へと入って行く。なんだ見掛け倒しか、とギドが気を緩めたその時だった。
ガァン!!
「「っ!?」」
突然入り口の扉が閉ざされた。
「や、やっぱり罠じゃねぇか!?」
「そんな事、分かりきってただろ?」
そう言って2人は辺りを見回す。すると天井からジャラジャラと音を立てながら何本もの鎖が現れた。
それは先端にイカリのような鉄の物体が取り付けられており、意思を持ったように壁の方へと飛んでいき、壁の中へと吸い込まれて行く。
「何だよ.......何が始まるんだよ」
2人は迫りくる脅威に備えて身構える。
ボトボトボト.......。
すると壁から引き抜かれた鎖の先から何体もの異形のものが姿を現した。
「な、何だよこいつらは!?」
それらは肌は黒く、長い間放置された人の屍の様な姿をしており、鼻をつんざく様な匂いを放っている。
高さはおおよそ2mほどで数は20体前後といったところか。
そしてそいつらの首根っこには先程の鎖が深々と突き刺さっている。
「『屍鬼』.......!?」
シドはそう呟きながら自身の鞭を構える。それはシド自慢の鉄クズを練り合わせて作った特製のムチ。ただの革製のムチよりも頑丈で尚且つ強力な武器だった。
「蹴散らすしかない。やるよ、ギド!」
「ちっ。しゃーねぇなぁ!!」
ギドも自身のポケットからジャラジャラと鉄クズを引っ張り出すと目の前の異形に狙いを定める。
「【電磁】のマナ!【パルス】!!」
バシュンッ
磁力を受けた鉄クズは凄まじい勢いでギドの手を離れて敵の胸を貫いた。
「あ...あぁ.......」
「効かねぇ!?」
胸に風穴を空けられた屍鬼は怯む様子もなく真っ直ぐに2人に向かって迫ってくる。
「【雷】に【蓄積】のマナ!【ボルト】!!」
シドの握る鉄のムチに雷が流れ、バチバチバチと破裂音が響く。
「【乱打】!」
そしてそのまま迫る屍鬼の軍団に高速のムチを振り抜いた。
パパパパパパパパ!!
ムチを叩きつける音と、その度に弾ける雷の音が鳴り響く。その威力は屍鬼の四肢をバラバラにし、肉を焼焦がす。
「っ!ダメだシド!」
屍鬼が動けなくなると、奴らの首に突き刺さった鎖が抜け、新たに壁へと吸い込まれる。そして次から次へと新しい屍鬼が壁から這い出してきた。
「これじゃあ、消耗するしかないな.......っ」
今はシドの魔法が敵を圧倒しているが、このままではいずれマナが底を尽きる。それまでにこいつらを全て殲滅できるのだろうか?
「くっそ.......だったら別の手を考えるしかねぇ!!」
ギドは辺りを見渡す。
あの鎖が敵を生み出すのであれば、あれを潰せば新たな敵が生まれることはないはず.......!
ギドは天井から生える鎖に狙いを定める。
「待つんだ、ギド!」
すると、敵を薙ぎ倒しながらシドが叫んだ。
「何だよ!?あれを何とかしねぇとこのままジリ貧だろうが!!」
「そんな事は僕にだって分かってる!だけどこの試練がそんな簡単な物ならヴラドの先遣隊だって気づくはずだ!」
ギドにだって分かったのだ。当然優秀な騎士達であればそれに気がつくだろう。
「だとしたら、それは悪手になるかも知れない!」
「じゃあどうするってんだ!?」
「この遺跡は、『覇王の支配者としての顔』を表した遺跡なんだろう!?だったら覇王の考えを読むんだ!!覇王が支配者としてどんな風に君臨していたのかを!!」
「んなもん知るかぁ!!」
「僕だって知らないさ!!でも予想するしかないだろ!?」
互いに叫びながら敵をほふる。
覇王が支配者として何を考えていたかだと?覇王どころかこの国の王が何を考えてるかすら検討もつかねぇ。だって俺らは最底辺の人間だ。
そんな人間が王の中でも最強最大の男の考えを理解するなんて、ギドには不可能だった。
「圧倒的な力で世界を支配した男の考えること.......」
シドはムチを振り回しながら思考を巡らせる。
支配者としての顔。つまり、人々を支配するための覇王の取るべく手段を考えればいいのだろう。
その圧倒的な力で人々を押さえつけることだろうか?
いや、それにしてはお粗末じゃないか?もしそうだとするのであれば、試練の内容だってもっと力技でクリアできるものにすればいいじゃないか。
だが試練の内容は無限に湧き続ける敵をただただ潰していくだけ。
一体何のために.......いや。
一体こいつらは何を現しているのだろうか。
「おい!シド後ろだぁ!!」
「.......っ!?」
シドが深く思考を巡らせている隙に、一体の屍鬼がシドの背後に迫っていた。
「しまっ!?」
思考にふけってしまっていたシドは咄嗟に反応することができない。
「あぁ.......!」
屍鬼の腕がシドに振り下ろされた。
ズシン
「がっ!?」
シドは屍鬼に殴り飛ばされる。
「てめぇ!?【パルス】!!」
ギドは咄嗟にシドを殴った屍鬼に攻撃を放つ。
ボロッ
だがシドの攻撃が当たる直前で屍鬼は灰とも泥とも分からない物体へと姿を変えて崩れ去った。
「何だよ!?クソッタレめ!!シド、立てるか!?」
「あ、あぁ。そこまで強い攻撃じゃなかったから大丈夫だよ」
そう告げるがシドの頭からは一筋の血が流れている。
「ちきしょう。絶対こいつら許さねぇ.......!」
ギドは怒りに身を震わせる。
「.......ん?」
すると、シドが何かに気がついた。
そこに転がっているのは先程の奴に突き刺さっていた鎖。
「.......動いていない?」
「早くしてくれ!俺だけじゃ全て捌ききれねぇ!」
ギドはそばに迫る屍鬼の足を撃ち抜きながら叫ぶ。
そしてギドの攻撃を屍鬼が受けた瞬間、地に転がっていた鎖はまるで息を吹き返したかの様にジャラジャラと動きを再開し、壁の中へと吸い込まれた。
「ま、まさか.......」
「何だ!?覇王様の考えでも舞い降りてきやがったか!?」
ギドは悪態をつきながらまたマナを溜める。何とか打開策をこうじなければこのままなぶり殺しに.......。
「.......分かったかもしれない」
「はぁ!?」
シドから信じられない言葉が発せられる。そしてシドは自身のムチを地に放り投げた。
「ばっ!?何やってやがる!?」
自暴自棄にでもなったか!?
「ギド!攻撃をやめるんだ!!」
「ざっけんな!?諦めたのかよ!?お前らしくもねぇ!!」
「違う!奴らに何をされても《《反撃するな》》!!」
シドの言葉の意味が理解できない。だが、シドは決して無駄なことをする奴じゃない。諦めだって、ギドより悪いことはギドが1番知っていた。
だったら、シドのこの言葉にも何か意味があるに違いないはず.......。
「.......ぐ」
だが、ギドが迷う間にも2人に屍鬼がどんどん迫ってくる。
このままでは逃げる隙もなくなぶり殺しにされる.......!
「ぐ.......くそ」
だが、それでも。
迫りくる屍鬼の恐怖を感じながらも。
ギドは、シドを信じた。
「く...そがぁぁぁぁあ!!!!」
そうして目の前に屍鬼達の拳が振り下ろされた。




