ギドの過去1【シドギド兄弟】
それは今から4年前のこと。
その日もイーリスト城下町は賑やかな喧騒で溢れかえっていた。
「へぃらっしゃい!今日は新鮮な野菜が入荷してるよ!!」
活気溢れる八百屋の店主は今日も元気に客引きを行っている。
そんな八百屋を眺める2人の青年がいた。
「よし、ギド。それじゃあ今日はこの店にしようか」
「OKだぜ、シド」
そう言って早速2人は行動を開始する。
「へぃ、そこの兄ちゃん.......ってなぁ!?」
ドンッ
灰色の髪に吊り上がった赤い目が特徴的な青年が屋台に身体をぶつける。
「おぉ、悪ぃ悪ぃ」
軽く頭を下げながら青年はそそくさとその場を去っていく。
「ったく、気ぃつけろぉ!!」
そんな青年の背中に八百屋は怒声をぶつける。全く。近頃の若い者といえば...と思いながらまた店番に戻ろうとした。
「.......ん?」
見ると、自身の店の野菜のカゴが4つほど無くなっている。
「っ!?しまった!!やられた!?」
そんな八百屋の悲鳴を背中で聞きながら14歳のギドは凶悪な笑みを浮かべ、足早にその場を後にした。
ーーーーーーー
「今日はどんなもんだ?」
「まぁまぁだね。でもこれなら2、3日はもつかな」
2人は『忘れられた街』の崩れた家屋に布をかけただけの質素なアジトで今日の戦果を確認していた。
「ナイスアシストだったよ、ギド」
「いーや。お前の腕があってのもんだぜ、シド」
そう言って2人は拳を重ねる。
ギドとシドは双子の兄弟だ。
物心ついた時にはもうすでにこの『忘れられた街』にいた。親も他に頼れる存在もなかった2人は、その日を生きていくにも奪い、奪われる日々を過ごし、何とか今日この日まで2人で生き抜いてきた。
「しっかし、俺にも教えてくれよ。その器用なムチの使い方をよ~」
新鮮なトマトにかぶりつきながらギドはシドにねだってみる。
「僕はいつでも教えてやるって言ってるじゃないか。いつも君が途中で飽きて投げ出すんだろ?」
「よぉく分かってんじゃねぇか。さっすがシド」
「自慢げに語るんじゃないよ、全く」
そんな適当なギドに呆れながらシドも葉野菜をバラしてムシャムシャと口に放り込む。
そう、ギドが相手の気を引いてその隙にシドが自慢のムチを操り奪う。
『忘れられた街』で一目置かれ始めていた「シドギド兄弟」の名は伊達ではない。狙った獲物は逃さないと少し有名になっていた。
「でも、いつまでもこのままじゃいられないよね」
すると、突然神妙な顔つきになったシドが切り出す。
「おん?」
ギドはあいも変わらずモリモリと根野菜を口に放り込みながらシドに目をやる。
「このままコソ泥のような生活を続けても、何も得るものは無い。だから、どこかで一発デカいことを当てて今の生活から抜け出そう」
「別に、いいじゃねぇか。今のまんまでも生きてられるんだからよ」
はぁ、またかとギドはため息をつく。
ここ最近、2人はこうした小競り合いが増えた。シドは何としてもこのコソ泥のような生活から足を洗いたいようだ。
だが、ギドは今の生活が気に入っている。他に何がなくっても、シドさえいてくれればそれでいい。
「ダメだよ。このままじゃあこの先何の未来もない。だからどこかで大きなことをして大きく.......」
「そりゃあ、上手く行きゃいいけどよ。上手くいかなきゃ全ておしめぇだ。あんな豚箱の中で一生を終えるなんざ、俺はゴメンだね」
そう。今ギド達が何とか生きていけているのは、小物のコソ泥だからだ。
基本的に街の人間は『忘れられた街』の人間と関わりを持とうとしたがらない。歳がまだ未成年というのも相まって、最悪捕まってもある程度痛めつけられたらそのまま放り出されているのだ。
「それは僕らが成人するまでの話だろ?それも後2年とかそこらじゃないか。それももうまかり通らなくなる事が目に見えてる。だったらそうなる前に手を打たないとって話さ」
「でもそれでのし上がったとしてもよ。なれて所詮盗賊の頭だ。いつか捕まって豚箱行き。そうならずに大金が転がり込んでくるようなそんな都合のいい上手い話なんざ転がってねぇだろ?だったらこの話は無駄だ。それだったら別の働き口を探す方が懸命だぜ。ま、こんな俺らを雇ってくれる物好きなんざいねぇだろうけどな」
盗んだ金は所詮盗んだ金。そんな物で真っ当な人生を送れるはずもない。
シドは何も完全な盗賊になりたい訳じゃない。ただ、真っ当になりたいだけ。そんなシドの想いをギドは誰よりも分かっていた。
「.......それが、もしあるとしたらどうする?」
「.......何?」
すると、シドは懐から1枚の紙を引っ張り出した。
「何だ?遺跡の...調査か?」
見ると、それは何かの依頼書のようだった。国の正式な印が押されていない所を見ると、正規のルートのものでは無いのだろう。
だが、その中身を見てギドは思わず声を上げた。
「な、なんだよこの大金は!?」
そこには成功報酬としてとんでもない大金が掲げられていたのだ。
「これなら、盗みをしなくても大金が手に入る。この生活から脱却できるんだ」
シドはにっとギドに笑いかける。
だが、どう考えても胡散臭い。こんな上手い話絶対に裏があるに違いないだろう。
「やめとけって。正規のもんじゃねぇんだろ?だったら使われるだけこき使われて支払いも無しって言われるのがオチだ」
「いや、そうはさせない。なぜならこの依頼書には遺跡に眠るある『魔道具』を回収した者にこの金を渡すとある」
「ってことは、あれか?それを俺らが盗っちまって、『渡して欲しけりゃ金をよこしな』って脅すってことか」
「人聞きが悪いな。それじゃあただのチンピラだ」
「ぶっちゃけ俺らってそんなもんだろ」
呆れたように告げるシドにギドは肩をすかしてみる。
「金を受け取ってからそいつを渡せばいいんだ。最悪そいつが金を支払わないと言うのであればその魔道具をどこかの質屋に持っていけばそれなりの金になるって訳さ」
「.......なるほどねぇ」
そうか。確かにそれであればどちらに転んだとしても2人に大金が転がり込んでくるだろう。
この遺跡を踏破することを依頼してくるということはこの依頼主もそこまで腕が立つ人間では無いはず。
ならばこの話に乗るだけの価値はあるのかもしれない。
「どうだいギド?僕ら2人なら盗れないものは無い。最悪何かを盗られそうになったなら.......」
「盗られたもんは盗り返す.......盗賊の流儀ってな。いいぜ、乗ってやるよ」
昔世話になったある盗賊の男から教えられた言葉。大きなことをやる時は、2人でこうしておまじないのように口にしてきた。
一抹の不安が頭をよぎったが、きっとシドとなら大丈夫だ。
こうして2人はある依頼書に書かれた依頼を受ける事を決めた。
そして、それが2人の人生の命運を分ける事になるとは、この時はまだ知る由もなかったのだ。




