2つの夢
力を扱えるようになって、他人から忌避されることはなくなった。
だけれど、この歳になって分かった。それは受け入れられたと言うわけじゃない。ただ、その事を知らないだけ。
本当の意味で彼女が受け止められた訳ではないのだ。
事実、彼女はシンセレス国の友人に自身の力を打ち明けたことはない。
せいぜい友達の中では『人形を操る不思議な力』ぐらいにしか認識されていない。
結局、何も変わっていないんじゃないか?他のみんなは、本当の私のことを知ったらどこかに行ってしまうんじゃないか?
そして、ロッソとギドがもし、私の力のことを知ってしまったらソウルの召喚魔法のように、怖がってしまうのではないか?
実際はこんなに不気味な力だと知ったら、ソウルと同じように、変な目で見られてしまうのではないだろうか。
せっかくできた仲間なのに、もしかしたら見捨てられてしまうかもしれない。
その不安がモニカの頭から離れないのだ。
抑えられない不安の渦に飲み込まれ、モニカの胸が締め付けられるように痛い。どうすればいい?私は.......私は.......。
その時だった。
「モニカ!」
「.......え?」
そこには、ゼイゼイと息を切らせながら小屋の扉を開くロッソの姿があった。
「ろ、ロッソ」
「や、やっぱりここだったんだね。ようやく見つかったよ.......今いろいろ立て込んでて力を借りた.......」
そう言いながらロッソはモニカに手を差し出してくる。
「こっ、来ないでください!」
パァンッ
モニカは反射的にその手を払い、叫んでいた。
「あ.......」
「ど、どうしたんだよモニカ.......。いつも冷静な君らしくないじゃないか」
突然の拒絶に、ロッソは目を丸くしながらモニカを見つめ返すしかない。
「.......」
モニカは逡巡する。もう不安を抑えることが限界だった。
もう、吐き出すしかないと思った。
これまで、ずっと頑張ってきた。力を抑えるのだって、常に気を張っている。もう...もう、疲れた。
この苦しみから解放されると言うのなら、いっそ全てを無くしてしまった方がマシかもしれない。
11年張り続けた努力の糸が今、ぷつんと切れるのを感じた。
「.......ロッソ。私、今まで隠してきたことがあります」
そう言ってモニカは自身の右手の手袋を外す。
「え.......?」
そこには操り人形のようになった変わり果てたモニカの右腕があった。
「ど、どうしたのその右手……?え、え!?」
人形の右手を見たロッソは動揺を隠しきれない。
そんなロッソを見てモニカは確信した。
もう、ダメなのだと。
ここで、全てを打ち明けて。終わってしまおう。
「私は.......呪われた子なんです」
「な、何を言って?」
「これが本当の私なんです!!」
ポカンとするロッソを置いてけぼりに、モニカは叫ぶ。
そしてモニカはこれまで押さえ込んできた彼女の力を解放した。
ボウッ!!
モニカの体から無数の黒い影が弾き出される。
『アァァォァァ!!!』
『あなた.......あなたぁぁぁぁあ!!!!』
『アソボ.......アソボォヨォ.......』
黒い影は彼女の身に宿る先祖の魂。そしてそれは不気味に小屋の中を飛び回り、身も凍るような声を上げる。
カタ.......カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ!
そして、次の瞬間部屋中に放置された人形達が一斉に這いずり回り、ロッソの足元を徘徊し始めた。
「な.......なっ!?」
「これが.......私なんです、ロッソ」
モニカは俯きながら虫のような声で告げた。
「私は、こんな不気味な力を持った化け物なんです。そして、この力で腕もこうなってしまいました。醜いでしょう?怖いでしょう!?ずっと、あなたを騙していたんです!!まるで私が普通の女の子かのように見せていたんですよ!!!」
モニカは吐き捨てるように叫ぶ。
ただでさえ臆病なロッソなんだ。こんな私のこと、怖くて逃げ出してしまうはずだ。
これで……もう終わりだ。
「モニカ.......」
そんな狂ったように叫ぶモニカを見て、ロッソは思った。
ずっと、そんな思いを抱えて生きてきたのか。
思い返せば、初めてシーナを見た時に彼女を「化け物」だと呼んだ。それを聞いた彼女はどんな気持ちだったのだろう?
他にもロッソが気づかずに彼女を傷つけたことがあったかもしれない。
そんなロッソが、今のモニカになんて言葉をかけてあげればいいのだろう。
事実、シーナのこともソウルのことも……その力だけで忌避してしまったこの僕に……何が?
「.......ギドがね、言ったんだよ」
少し思考を巡らせる。そして、ロッソなりの答えを伝えた。
「ソウルに会った時、『どんな魔法を使おうがてめえはてめえだ』ってね。僕、怖かったんだ。禁忌の魔法を使うソウルのことが。それに【破壊者】のシーナもずっと怖いなって思ってた。だけど、ギドの言葉を聞いてその通りだと思ったんだ」
そうだ。ギドの言う通りだった。
扉を開けるソウルの顔を見た瞬間、ソウルの部屋から眠気眼で顔を出すシーナの姿を見た瞬間。
とても、安心したんだ。
2人とも、大切な仲間なんだと再確認できたから。
だから、その時に思ったんだ。
「きっと、怖いと思うのはその人のことを何も知らないから。だから見た目とか力で全部判断してしまおうとするんだよ。でも、僕はモニカのことを知っているよ?綿菓子を食べて目を輝かせるモニカ。大人ぶってるけど本当は寂しがり屋なモニカ。それに.......」
ロッソは少し言い澱みながら告げる。
「小さな人形と一緒に過ごしてあげる優しいモニカも、知ってる」
「っ!?し、知ってたんですか!?」
「うん...本当はモニカと初めて会った時、見えちゃったんだ。君の小さい兵隊の人形達がそこの物陰から手を振ってる所。見間違いだと思い込もうとしてたけど……。その後、君の力のこと、家族のことも聞いてたんだ。実際に見たのは初めてだったけど……」
ロッソは苦笑いしながら当時を振り返る。遠距離魔法を使うロッソは目がとても良く、視野が広かった。だから、小屋の隅に隠れていた小さな人形にも気がついていたのだ。
「それでも……どんな力を持っていても。君が僕の幼なじみのドミニカ・モニカだってことは変わらない。初めて会った時から言ってるだろ?君は醜くなんかない、かわいい女の子だって」
そう言ってロッソはモニカの右手を優しく握る。
その温もりが不安に支配されたモニカの心を優しく照らす。そして彼女の瞳から思わず涙が溢れ出した。
これまで一心不乱に努力してきたことが、今初めて実った。
初めてモニカが、そして彼女の絶え間ない努力が認められた瞬間だった。
彼女の心を曇らせる呪いが、今解き放たれる。
だが、それと同時に自分の弱さを全てロッソにさらけ出してしまった事実に気がつく。
すると、今度は恥ずかしさが一気にモニカの心が支配した。
「.......っ!ロッソのくせに.......ロッソのくせに.......!!」
モニカは瞳から大粒の涙をこぼしながらロッソの胸を叩く。モニカなりの強がりだ。
「そ、それはあんまりな言い草じゃないかな!?」
ロッソが困ったように告げたその瞬間。
ギュッ
モニカがロッソの胸の中に飛び込む。そしてロッソの背中に手を回してそのまま力強くロッソを抱きしめた。
「.......え?」
突然のモニカの行動にロッソは思考が停止する。
「ロッソ.......私の夢を、聞いてくれますか?」
そして、モニカは彼女の夢を語る。
11年前のあの日の質問の答え。幼い彼女が抱いていた、夢。それは.......。
「意志を持った人形達と人を繋ぐ橋渡しができる人間になりたいです」
そうだ、モニカは人間だが知っている。人間と同じように意志を持った人形達がいることを。
それはどちらのことも知っている彼女にしかできない役目.......幼い頃から人形達と過ごしてきた彼女は、いつしかそれを成し遂げることが目標になっていた。
「イ、イインジャナイカナ?」
「.......あと、もう1つあるんです」
そしてそのまま顔をあげてロッソを見上げ、彼の顔を見つめながら言った。
「私を、助け出してくれたあの人みたいに。そして私のことを受け止めてくれたあなたみたいに、みんなの力になれるような、かっこいい騎士に.......」
「.......ポシュウ」
「.......はい?」
その時だ。
ロッソの口から何やら空気が漏れるような音が聞こえたような?
「ゲン...カイ.......ダ」
パタリ
「ろ、ロッソ!?」
ロッソは顔を真っ赤にしながらその場に突っ伏して動かなくなってしまった。
緊張が彼の臨界点を突破したのだ。
「せ、せっかく勇気を出して言ったのに!?こんな所で気絶しないでくださいよ!!ほんとカッコ悪いです!!もぉ!バカ!バカロッソ!!」
せっかく....せっかくかっこよかったのに、全部台無しじゃないですか!!
モニカの悲鳴が小さな小屋の中に響き渡った。




