忘れられた街
白装束の女は黙ったまま歩き続ける。
ソウル達も黙ってその後に従うが、どこに連れていくつもりなのか、見当もつかない。とりあえず西の方角へと進んでいるようだが.......。
「なぁ、そう言えばあんたの名前は?」
「聞いてどうするのです?」
「いや、あんたのこと呼ぶ時に不便だなぁと思ってさ」
『あんた』や『白装束の女』では呼ぶ方もあまりいい気はしない。せめて名前ぐらいは聞いておいて問題は無いだろう。
「私に名などありません。なぜなら私はイグ様の『駒』なのですから」
ソウルの問いかけに前を歩く女は振り返ることもせずに冷淡に答えた。
「う、うーん.......」
ソウルは頭を捻る。何と呼ぶのがいいだろう。
「.......んじゃあ、『コマ』で」
ソウルより少し背の低い華奢な彼女らしくていいだろうか。
「安直すぎねぇか?」
「う、うるせぇな」
ギドは呆れたように肩を竦める。
「.......好きにしなさい」
コマは相変わらず特に何の感情もなく答えた。
「それよりコマ、これからどこに向かうつもりだ?」
コマが向かっているのはどうやらイーリスト城下町の西側の端の方だ。ソウルもまだ行ったことのない区画で、何があるのかはさっぱり分からない。
「私たちが向っているのは『忘れられた街』です」
「.......『忘れられた街』?」
「ふーん。まぁ、だろうなとは思ってたけどな」
「ギド、知ってるのか?」
ソウルは知ったような口ぶりのギドに尋ねる。
「あぁ。いわゆるスラム街ってやつだ」
「スラム街?イーリスト城下町にそんな所があるのかよ」
ソウルは意外だった。このイーリスト城下町は比較的他の都市よりも栄えている印象だ。そんなこの街にまさかそんなところがあるだなんて。
「光指すところには必ず影が差すもんだ。華やかな街を守るために見捨てられた区画。それが『忘れられた街』さ。平たくいえばこの街で親を亡くしたガキとか、仕事を失って路頭に迷うやつ。そういった奴らが最後に行き着く場、だな」
「.......でも、なんでそんな所に?」
「あらかた、スラム街で救いを求める奴らをまとめあげて支持を集めてるんだろ。あの街ですがるもんなんか無いからな」
「随分と知ったような口を聞くのですね」
すると、前を歩くコマが不機嫌そうな声でギドに声をかけてくる。
「まぁな。俺もあの街のことはよく知ってるからよ」
「なぁ、なんでその街についてそんなによく知ってるんだ?」
『忘れられた街』と称されるスラム街のことをまるで自分の事のように語るギドにソウルは問いかけた。
「聞くな聞くな、察しろよバカ。お前のそういう遠慮なくズバズバくる所、直した方がいいぞ?」
ギドはソウルの頭をわしゃわしゃとかき混ぜながら告げる。
「わ、悪い」
そうか、ということはギドはその街の.......。
「……なに、昔の話さ。今はこうして楽しくやってんだ、何も気にするこたぁねぇよ」
「ふん。呑気なものですね」
そんな会話をしながら歩き進めていくと、これまでのイーリスト城下町の整備された石畳とは違い、古ぼけて劣化した石畳へと変わっていく。
建物の様相も立派なレンガ造りから次第に所々崩れ落ちたような古いものに変わり、最終的には木を貼ってつけたようなハリボテのような物へとなっていく。
そこに暮らす人々も薄汚れたボロボロの衣服に泥と砂に塗れた顔の者が目立った。
「ここが.......」
「.......『忘れられた街』」
ソウルとシーナは周りを見渡しながら呟く。
「こちらへどうぞ」
すると、前を歩くコマがピタリと立ち止まった。
「「「なっ!?」」」
3人は思わず目を見合わせる。
コマが指すその場所は、地面が大きく抉れ、まるで巨大な何かが這い出してきたかのような洞窟がポッカリと開いていた。
「こんなもん.......無かっただろ.......」
ギドは目を見開きながら呟く。
「この奥に我らが教祖、イグ様がいらっしゃいます。どうぞ遠慮なく」
そう言いながらコマは何の迷いもなく穴の中へと入っていく。
「.......」
正直、予想以上だった。
まさか、ここまで大掛かりなものだとは思ってもみなかった。最悪なんとかして逃げ切ればいいとタカを括っていたのだが、これでは逃げることもままならないかもしれない。
「どうしたのです?」
コマはそんなソウルの顔を振り返る。
「迷っているのですか?ご安心なさい。迷いも苦しみも全てをイグ様に投げ出せば、あらゆる苦しみから解放されるのです。あなたに必要なのは最初の一歩だけですよ」
穴の中からそんな風に語りかけてきた。
何故だか分からないが、そんなマコの姿がどこか寂しそうに見えた様な気がする。
「……」
改めてソウルは大きな口を開ける大穴を見つめる。
明らかに危険だ。だが、虎穴に入らなければソウルの願うものは手に入らないだろう。
「.......ソウル」
シーナは不安そうな顔でソウルを見る。だが、ソウルは立ち止まるわけにはいかなかった。
ガストを、そしてレグルスを救い出すために。
ソウルは深い穴に一歩踏み出した。




