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過去の記憶

 それは過去の記憶。


「おーい、ガスト~」


 4歳のソウルは同い年の少女に声をかける。


「…………」


 少女は何も言わずに黙ったまま自分の部屋へと帰っていく。


「おーい、ガス……ぐえっ」


「なぁにやってんだ、ソウル」


 シルヴァに首根っこを掴まれ、ソウルは宙吊りにされる。


「だって、あいついっつも1人だから仲間に入れてやろーと思って」


「あのなぁ、ガストが1人で居るのが好きだって思わねぇのか?」


 やれやれと言った様子でシルヴァは告げる。


「でも……」


 物心ついた時から一緒にいる少女は常に寂しそうだった。何とかしてやりたいと思う。


「いいか?あいつは、ここに来る前に余程酷い目にあったんだ。簡単には心を開いちゃくれねぇよ」


「でーもー!諦められねぇよー!」


 ソウルは宙吊りのまま足をじたばたさせてみる。


「ばーか、誰が諦めろって言った?」


 すると、そんなソウルにシルヴァはニヤリとした。



「諦めずに、何回でも声をかけてやれ!相手に自分の想いを届かせるのはいかに自分が本気になるかにかかってんだよ。おめえが思う、ありったけの方法と気持ちでガストにぶつかってやれ!」



「……!おう!任せとけ!」


 ソウルは宙吊りのままガッツポーズを決める。だが、その光景は周りから見るとかなりシュールな光景だった。


ーーーーーーー


 地面に下ろされたソウルは早速行動に移す。


「ガスト!!」


 ドアをバン!と開け放つと少女はビクリと体を硬直させる。


「俺と!友達になってくれ!!」


 ソウルはガストに叫んだ。


「……」


 しかし。ガストは何も言わない。


 ただ光を失った瞳で虚空を眺めるだけ。



「ここに来るまでに何があったかは分かんないけど!それでも!俺はお前とずっと一緒にいるから!!」



「…………」


 しかし、ガストは相変わらず黙ったままだ。


「俺は、毎日来るからな!いつでも話しかけてこいよ!」


 ソウルは言いたいことを告げて満足するとガストの部屋を後にした。


「……どうせ、そんなこと言って、あなたも私を捨てるんでしょ」


 ガストは1人になった部屋でボソリと呟いた。


ーーーーーーー


 ガストはここに来るまでのことはよく覚えていない。覚えていることは1つ。



「お前なんか、産まなければ良かった……!!」



 そう言って自分を河に投げ捨てた女の悪魔のような顔と冷たい泥水の感触.......。


 きっと私は生まれてきてはいけなかったんだ。誰にも必要とされずに1人で生きていくんだ。


 物心ついた時からガストはそう思っていた。


 そんな彼女の静かな日常がこの日を境に変わり始める。



「ガスト!!俺と一緒に遊ぼう!!」


「ガスト!!今日は俺と友達になってくれるか!?」


「ガスト!!助けてくれ!シルヴァにイタズラして殺される!!」


「ガストー、今日は雨だから、部屋でなんかしようぜー」



 毎日毎日、呼んでもいないのに大声をあげてやってくる少年にうんざりする。


 飽きもせずによくもまぁこうして来るものだと呆れるしかなかった。


 そんな日々が3ヶ月続いたころだった。


ーーーーーーー


 その日は連日続いた豪雨が弱まり、シトシトとした雨が降り注いでいた。


「……今日は遅いな」


 窓から1人外を眺めながらガストはボソリと呟いた。


 いつもであれば、この時間になるとあの少年が大声を上げて部屋に乗り込んでくるのだが、今日はいつもの時間を過ぎてもあの少年は姿を見せない。


 ついに諦めたのだろうか。そう思った時、ガストの胸が苦しくなった。


「……っ。なんで、苦しいの?」


 何故か心臓がバクバクと鼓動を速め、胸は不安で締め付けられる。


「……く、苦しい」


 ガストは自身の胸の苦しみに耐えかねて部屋を出る。


 その時、慌ただしい会話が耳に飛び込んできた。



「大変だ!ソウルが川に流された!!」


「はぁ!?あのバカ!!どこの川だ!?」


「こっちだ!」



 そしてサムがシルヴァを連れて孤児院を出ていく。



 ガストは何かを考えるより先に2人を追いかけていた。


 なぜ2人を追いかけているかは分からない。ただそうしないと自分がおかしくなりそうだった。


「ここだ!!」


「うおおおおお!シルヴァぁぁぁぁあ!たぁすけてくれえええええ!!」


「馬鹿野郎!?おまっ、何やってんだ!?」



 サムが案内した川はこの雨で氾濫し、ソウルはその川の中で岩にしがみついていた。



「あいつ、猫が流されてるって言って飛び込んだんだ!」



 シルヴァが目を凝らすと、確かにソウルは脇腹に小さな子猫を抱き抱えている。


「くそ、すぐに助けにいく!待ってろ!」


 そう言ってシルヴァが服を脱ぎだす。


「や、やめなよシルヴァ!あんたには無理だろ!」


「無理とかじゃねぇんだよ!やるしかねぇだろ!!」


 そう言ってシルヴァは川の中へと入っていこうとする。


「……ダメ」


 ガストの声は震えていた。体が熱くなっていくのを感じる。


 流れる濁流が彼女の過去と重なる。また、大事な何かが、濁流の向こうに消えてしまうような気がした。



「ダメええぇぇえええええ!!!」



 ドボオオオオオッ!!!



 ガストが叫ぶと、彼女の手から凄まじい勢いで水が飛び出した。



「うおおおおおお!?」



「にゃああああああ!?」



 ソウルと猫はその水に川の対岸まで吹き飛ばされた。


「が、ガスト、お前」


 シルヴァの声が聞こえた気がする。そしてそれを最後にガストは意識を失った。


ーーーーーーー


「…………」


 その晩、ソウルはシルヴァからこっぴどく叱られて部屋に閉じこもっていた。


 何かを守るために行動することは勇敢な事だが、自分のことを大切にしなかったことはよくない!とのことだった。


 ソウルはいじけて自室の部屋の隅で座っていると、部屋の扉が開く。


 そこに立っていたのはガストだった。


「…………」


 部屋に入ってきた少女にソウルは何も言えなかった。


「…………」


 そんなソウルを見て、ガストは何も言わずにちょこんと隣に座る。


 そして彼女はソウルの手を握った。ソウルは驚いてガストの顔を見る。



 ガストは泣いていた。



「……なんで、お前が泣いてんだよ」


 その姿を見てソウルも堪えきれずに涙が溢れてきた。


「無事で……良かった」


 ガストは何かが吹っ切れたように勢いよくソウルに抱きついた。


「……お前が助けてくれたんだろうが」


 ソウルもガストを強く抱き締め返す。


「ずっと一緒にいてくれるって言った……!約束……破らないでよ!」


「……っ。あぁ、ごめん。悪かった。もう離れないよ……だから、だからごめんな」


 そしてソウルとガストはお互いにわんわん泣きながら抱き締め合うのだった。


ーーーーーーー


「ったく」


 シルヴァがソウルの様子を見に来ると、ソウルとガストは泣き疲れて床で眠っているようだった。


 そして、2人の手は固い絆で結ばれたように強く握り合っている。



「これでやっとようこそだな、ガスト」



 そう言ってガストの頭を撫でる。



「……やったな、ソウル」



 シルヴァは2人に布団をかけるとそのまま部屋をそっと出ていくのだった。


ーーーーーーー


 ガストはその日から今までなくしていた感情を取り戻したように明るくなった。


 そして、それはソウルだけでなく他の子どもたちにも伝わり、たちまちガストは子どもたちの人気者になった。


 もう、ガストを苦しめた母の影はどこにもなかった。


「…………なんか、寂しいなぁ」


 ガストが他の子どもと過ごすことが増え、ソウルはふてくされる。


「まぁ、いい事じゃねぇか。それとも何だ?惚れたか?」


 ケラケラとシルヴァが笑う。


「う、うるさいなぁ!」


 ソウルは赤面する。


「ソウル!」


 すると、テーブルの影からガストが突然顔を出した。


「な、なんだ?」


 赤くなった顔を隠しながらソウルは尋ねる。



「一緒に行こ?」



 そう言ってガストはソウルの手を握った。暖かくて、とても優しい手。



「え、他のみんなは?」



「約束したでしょ?」


 困惑するソウルにガストはにっこり笑って告げた。


「ずっと一緒だって」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 衣食住って、野生動物と違って人間に欠かせないものです。 これは生きていくにあたって、災害などでやむを 得ない不可抗力以外ではわずかでも欠かせないもの だからであります。 わたしは、ペナ…
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