コーラリアの過去8【戦いの行く末】
アイホートは2人を睨む。
何故だ?何故あの男はあれだけ聖剣を振ることができる?いくら聖剣を手にしたとしても、それはあくまで力だ。
突然手にした力を使いこなすことなど、できるはずがないし、そもそも聖剣を扱えるほどの身体能力が高い人間など、そうそういないはずだ。
しかしアマデウスは、数々の海を渡り歩いてきた。
中には命を失いかけるほど過酷な旅路もあった。その度にアマデウスは鍛えあげられた身体能力とその類稀なる精神力で危機を乗り切ってきたのだ。
そんな鍛え上げられてきた彼の身体はもうすでに聖剣を振るうことができる器として充分だった。
そこに身を焦がすほどのアリルを守るという意志が加わり、聖剣は最大限の威力を発揮していた。
「【放出】のマナ!【沫】!!」
アマデウスは再び【沫】を撃つ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
対するアイホートも負けじと口から灰色の水流を放った。
ボッ!
お互いの魔法は弾け、相殺する。
「【ウェーブ・レイ】!」
アリルはガラ空きになったアイホートの脇から攻撃を撃ち込んだ。
ズドドッ
アイホートの白い体に穴が空く。
その瞬間、アイホートの身体がぐらりと揺れた。
「アマデウスさん!」
「うむ!」
アマデウスは砂埃の中を突っ込みアリルの側へと駆ける。
さらに追い討ちをかけるようにアマデウスはマナを溜めた。
「【神撃】のマナ!【夜恋曲】!」
虹色の光を放つアンサラーを振ると、水の斬撃がアイホートの風穴に向けて飛来する。
まずい。アイホートはとっさに2本の腕で風穴を庇う。
ザシュッ
だが、水の斬撃はアイホートの防御をすり抜け、アイホートの体を切り裂いた。
「オオオオオオオオオ」
アイホートは再び地に倒れる。
神撃のデバイス・マナ【夜恋曲】。相手の防御をすり抜けて狙った場所を攻撃する魔法。
その分【沫】ほどの威力は無いが、的確に弱点を狙うにはうってつけの魔法だ。
「そろそろトドメだ!」
アマデウスは叫ぶ。
だが、追い詰められたアイホートは予想外の行動に出る。
「オオオオオオオオオ!!!」
アイホートの体を包む白い物体が突如膨張したのだ。
「な、何だ!?」
アマデウスは咄嗟にアリルを担いで距離を取る。
「あ、アマデウスさん!見てください~!」
担がれたままのアリルが叫ぶ。
見ると、アイホートの白い体に飲み込まれた木々はまるで腐り落ちるかのように、じゅうぅと音を立てて崩れ去っていく。
「往生際の悪い.......!【沫】!!」
アマデウスは再び蒼い閃光を放つ。
ジュッ
だが、先ほどまでとは違い今度はアマデウスの魔法の方が鈍い音を立てて飲み込まれて行った。
「何!?何故魔法が効かない!?」
これまではアイホートを圧倒していた魔法が突然効果を成さなくなる。
「だ、ダメですぅ。アイホート様の身体に溜め込まれてきた濁りが全て吐き出されているみたいです〜!」
「ど、どういう事だ!?」
濁り?アマデウスにはアリルの行っている言葉の意味がよく分からない。
「アイホート様は魔法大戦の間、ありとあらゆる物を飲み込んできたんです〜。そしてあの白い身体に蓄積されてあらゆるマナが混ざった結果、全てを腐らせる沼の様なものに変化していきました。それを今、アイホート様は吐き出そうとしているんです〜!」
「つまり、奴の腐らせる力が全て解き放たれようとしていると、そういう事か?」
「は、はい〜。これではいくら【水霊】のマナと【水聖剣】の力でも浄化が間に合いません。全てを浄化し切る前に飲み込まれてしまいます」
「.......く」
そうだ。魔法大戦は何十年も続いた戦争だったらしい。奴がいつ頃から覇王の手先として暴れていたかは分からないが、溜め込んできた力は相当なものだろう。
いくら聖剣でも、一気にそんな馬鹿でかい力をかき消すことはできない。聖剣の力が強大でもそれを扱うのは人間なのだから、マナの限界がある。
船も破壊されてしまった。島の外に逃げることもままならない。
「.......アリル、お前だけでも逃げろ」
アマデウスはアンサラーを構える。
「な、何言ってるんですか!?ダメですよぉ!!」
「人魚であるお前なら、島を出て逃げ切れるだろう。だから、お前は島から脱出しろ!」
「いや!いやです!私と一緒になるって、約束した所じゃないですかぁ!?」
「私だって、死ぬつもりは無い。だが、上手くいく自信がないんだ!」
今は何とか聖剣を振れているが、所詮付け焼き刃。これからアマデウスが行おうとしている魔法はアンサラーの技でもかなり難易度の高い魔法。
今日、この日聖剣を手にしたアマデウスに扱えるか分からないのだ。
「.......上手く、行きますよ」
するとアリルは表情の曇るアマデウスの手を握る。
「だって、私がついてるんですから〜。私、運はいい方なんです」
「.......運に任せるなど、非効率だ」
そんなこと、どう考えても最善じゃない。どちらに転んでもアリルだけは守り抜くための策を講じる。
それが最善。
「非効率かも知れません。最善じゃないかも知れません。でも、2人なら上手く行きそうな気がしませんか〜?」
そんなアマデウスにアリルは微笑みかける。
「だって、私とアマデウスさんなんですから〜」
アリルの目に一切の躊躇いも、迷いもなかった。
「.......お前と言うやつは」
アマデウスの心が暖かい何かで満たされていく。どう考えても、非効率で最善じゃないと言うのに。
「お前が言うことなら、信じられる気がするな!!」
そしてアマデウスはアリルの言葉に応えるように咆哮しマナを溜めた。
「ぐ……!」
そのあまりのマナの放出にアマデウスの身体は八切れそうになる。
「大丈夫です!私がそばに、居ますから!!」
アリルはそんなアマデウスの身体を支える。それだけでアマデウスは何でもできそうな気がした。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
アイホートも異変に気づき、2人へと浸食の手を伸ばす。
アンサラーに込めるマナは【秘剣】のデバイス。
アマデウスは確実にアイホートを仕留められるように奴の頭上へと跳躍した。
「はな...れません〜!」
アリルもアマデウスにしがみつきながら弾けそうなアマデウスの身体を抑える。
白濁した身体がアマデウスの目前に迫る。
「させませんよぉ!【ウェーブ・レイ】!」
ありったけのマナを込めて、アリルは蒼い閃光を撃ち出す。
浄化と侵食。
その2つの相反する力がせめぎ合い、しのぎを削る。
「っ!」
アイホートの身体の残滓が弾け飛び、2人に迫る。アリルは咄嗟にアマデウスを庇うと。その身体をジュウと焼き焦がされる。
「それでも…負けないですぅ!」
だが、アリルは込めるマナを緩めない。
そしてついにボッと白濁した身体を貫き、アイホートへの道を作り出した。
いける。完全に射程に入った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
アイホートはそれを許すまじと、白い身体を鞭のようにしならせて2人に襲いかかった。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
アマデウスは身をよじり、白濁した水流の狭間をすり抜ける。
鞭の一部がアマデウスの肩をえぐる。白い飛沫がアマデウスの目を焼く。
それでも、アマデウスは怯まない。
ただ一直線にアイホートへと肉薄し、そして詠唱を始めた。
「清浄なる水の導きのもと、穢れた存在を封じ込めよ!!」
アマデウスの詠唱に呼応し、アンサラーから虹色の光が放たれる。
そして、今にも弾けそうなアンサラーの力を解放した。
「【秘剣】のマナ!【鎮魂歌】!!」
ボッ
アンサラーから光が放たれる。それはまるで水に差す一筋の光のような、優しく暖かい光。
「ゴッッッッ」
その光はまるで実体を持ったかの如くアイホートの身体に重くのしかかる。
「オッ、ゴッ...オオオオオオオオオ」
そしてその重圧でミシミシとアイホートの身体が地にめり込んでいく。
ガラァッ
やがてその重さに耐えきれず、アイホートの立つ崖は崩れ落ち、奴は海へと落ちていった。
「お、おおおおおおお!!!」
だが、アマデウスはマナの放出をやめない。奴の体がそのまま海面に叩きつけられる。
まだだ!まだ足りない!!
アマデウスはアイホートの後を追うように海の中へと飛び込む。
「この海の底で震えて眠れ!!」
アマデウスは海中のアイホートを捉える。
「行きますよ〜!!【変態】!!」
アリルは自身を人魚の姿へと変え、アマデウスを掴んだまま海中を突き進む。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
そしてアマデウスはそのままアイホートに向けてアンサラーを突き出した。
ズドン!
ついに、アンサラーがアイホートの身体に突き刺さる。
「グッ」
その一瞬、アイホートは動きを止める。
そして。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ.......」
アイホートは断末魔の叫びを上げ、海が激しく揺れる。
ミシミシと音を立てながらアイホートの体が青銅のような少し濁った青い魔石のような物に包まれていく。
【秘剣】のマナ【鎮魂歌】。それはあらゆる敵のマナを奪い、封印するという水の聖剣のみに許された魔法。
これで...終わりだ.......。
アマデウスは最後の最後までマナを出し尽くす。そして封印の魔石はアイホートの身体全てを覆い切った。
ゴポォ!?
そこまで終わった時、アマデウスは海中で呼吸ができない事に気がつく。
それを見たアリルは慌ててアマデウスを海面へと押し上げた。
「ぶはぁっ!?はぁっ、はぁ...ゲホッ」
海面へ顔を出したアマデウスは貪るように空気を吸い込む。
「や、やりました.......」
その隣でアリルは声を上げる。
「やりましたよ!!アマデウスさぁん!!」
「よ、よせアリル、抱きつくな!?」
「もぉ〜。照れなくてもいいじゃないですかぁ〜」
アリルはそう言ってアマデウスにしがみついてくる。
「.......全く」
アマデウスは照れ臭さを感じながらもそんなアリルを抱きしめ返した。
「約束だ、アリル」
アマデウスはアリルの顔を間近で見つめる。可愛らしくも美しい彼女の顔がそこにはあった。
「.......はい」
アリルは少し照れ臭そうに目を瞑る。そんな彼女に吸い込まれるようにアマデウスは彼女の顔に自身の顔を近づけ……。
アマデウスとアリルの唇が重なった。




