嫌な奴
一体、どれだけの時間が経ったのだろう。
ソウルは寝床でうなだれながら思考を動かす。
船酔いってここまできついのか.......。意識が朦朧としてこれが現実なのか夢なのかも分からない。
そんな中、誰かがソウルの額に手を当てる。
誰だ?
ヴェンか?いや、それとも他の誰か?
ソウルは問いかけようとするも何故か言葉にならない。
優しく柔らかいその手は暖かく、次第に気分が落ち着いてきたような気がする。
「大丈夫だよ、ソウル」
すると、耳元で優しい声が響く。
この声、どこかで聞いた気がする。確かサルヴァンの時に...。
「どんな時でも私があなたのそばにいるから」
ーーーーーーー
「み、みんな!コーラリアが見えてきたよ!」
「.......う」
ヴェンの呼び掛けでソウルは目を開く。なんだ、夢だったのか?
「.......あれ?」
ソウルは体を起こす。あれ?全然気持ち悪くないぞ?
「ソウル、大丈夫!?」
そんなソウルの様子にヴェンは驚いたような声を上げる。
「お、おぅ。大丈夫みたいだ」
眠ったからだろうか、体が軽い。船酔いもすっかり良くなっていた。
「船の揺れが収まったからかな。天気も良くなったみたいで助かったよ」
窓から見える海の風景は穏やかで空には爽やかな青が広がっていた。コーラリアに近づいたことで海も落ち着いてきたのだろう。
そのおかげで船の揺れも随分とおさまっているようだ。
「な、なんでソウルは元気になっておりますのぉ.......」
すると寝床からゾンビのようにアルが這い出してきた。顔は真っ青で目の下にはくっきりとクマが浮かんでいる。
「い、いやぁ...ぐっすり眠れたからかな」
そんなあられも無い姿を晒すアルを不便は思いながらソウルは頭をガシガシとかく。
ちなみに他の2人はヴェンの呼びかけにも答えられないぐらいぐったりしていた。
「う、羨ましいですわ.......」
そしてアルはそう言いながら立ち上がった。
「ちょ、到着するまで寝てなって」
ソウルはそんなフラフラなアルを支える。
「い、いえ...見ておきたいんですわ」
しかし、アルはソウルに寄りかかりながら答えた。
「サルヴァンの外にどんな世界があるのか......たくさん見て世界を知りたいんです」
アルは真剣な眼でソウルを見た。
「.......ったく」
そうだ。アルはこの歳までサルヴァン以外の土地に出たことがない。だからもっと色々な世界を知りたい気持ちが強いのだろう。
当然だ。あの穴ぐらと砂の世界しか知らないアルにとって新しい島なんて未知の世界。見てみたいに決まっている。
だったらちょっと力を貸してやろう。
「ほら、アル」
「ちょっ!?何やってるんですの!?」
ソウルはアルをおんぶした。
「その足じゃ歩けねぇだろ。連れてってやるから大人しくしてな」
「でっでも...その.......」
アルはソウルの背中で何かを言い淀みながらバタバタと暴れている。
「ほら行くぞ」
ソウルはアルの制止を無視して部屋の扉に手をかける。
「.......う」
アルはシーナの方へと視線を向けるが部屋を出るまで彼女が動くことは無い。
「.......私、嫌な奴ですわね」
シーナへの罪悪感と同時に動悸が高まるのを感じながらアルはボソリと呟くのだった。
ーーーーーーー
「.......」
「.......シーナ、大丈夫かい?」
ソウルとアルが部屋を出た後、寝床に突っ伏したままのレイがシーナに問いかける。
「.......何が?」
そんなレイに対して不機嫌な様子でシーナは答える。
「.......僕が君たちのケンカの原因に気づいていないとでも?」
やれやれ素直じゃないなぁとレイは苦笑いしつつも言葉を続ける。
「.......」
レイの言葉にシーナはまた黙り込んだ。そんなシーナの言葉を待つようにレイも一旦黙ってみる。
「.......ねぇ、レイ」
やがて先にシーナが沈黙を破った。
「何?」
「.......私、嫌な奴だよね」
普段の小さな声が更に小さくなり、ボソボソとした声でシーナは語る。
波の音にまで掻き消されそうなその声をレイはしっかりと受け止める。
「そうかい?」
「.......ヤキモチ...やいて...アルに悪口いっぱい言って」
「ソウルが軽率なことをし過ぎなところもあるけどね」
そんなシーナの言葉にレイは呆れたように笑う。
「.......でも、ソウルは一生懸命なだけ...だと思う」
そう告げるシーナはまた胸がチクリと痛んだ。
「.......きっと、私だけじゃなくてアルにもヴェンにも。ギドたちにも一生懸命向き合ってくれてる」
「うん」
シーナの言葉を受け止めてくれるレイに安心したシーナはその胸の内を晒す。
「.......だから、みんな...アルもソウルのこと好きなんだと思う。私がこうして...ソウルのこと独り占めしたいって思うのはダメだって、分かってる」
シーナは涙を流す。
「.......でも、やっぱり気持ちがついてこない。ソウルがアルと仲良くしてるのを見てたら苦しくて仕方ないの」
「そっか」
「.......ごめん、いっぱい迷惑かけて」
啜り泣くような声をあげながらシーナは懸命に言葉を紡ぐ。
「いいよ、気にしないで」
「.......任務、頑張るから」
「分かった。期待してるよ」
そしてシーナはまた眠るように動かなくなった。
そんな彼女の様子を見てレイはいい傾向であるかもしれないと感じた。
初めて出会った時には感情がほとんど麻痺していたシーナがヤキモチを妬いたりそれを後悔したり、確実に心理的に成長しているように見える。
確かに今回の任務は苦慮するかもしれないが、シーナの成長には必要なことなのだろう。
だったら、協力するしかない。
シーナが新たな一歩を踏み出すために、そしてやがて立派な騎士として生きていくために。
聖剣を扱う彼女の成長は、レイにとっても必要なことだから。
「.......僕もがんばるかぁ」
そう零しながらレイは再びまどろみに身を任せるのだった。




