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幼い頃の記憶

 幼い頃の記憶。


 ヴェンは幼なじみのエリオットと共に遊んでいた時のことだった。


「ねぇ、やっぱりやめよう?」


 ピンクの髪に海のように青い瞳をした彼女は心配そうにヴェンに語りかけてくる。


「大丈夫だって任せてよ」


 そんな彼女をよそにヴェンは崖をスルスルと下っていく。


「ダメだよ!ヴェンが怪我しちゃうから!」


 上からエリオットの声が聞こえてくるが大切な彼女のためにヴェンも引き下がれなかった。


 2人で遊んでいた時、ヴェンの手が彼女の頭に当たってしまい、そこにあった彼女の髪留めが崖の下へと落ちてしまったのだ。


 幸い崖の出っ張りに引っかかり海の中へと落ちてはいない。


 青い宝石が埋め込まれた銀造り髪飾り。


 その髪留めは彼女の祖母の形見であり、ずっと彼女が大切にしてきたものだった。


 だから必ず彼女の元へとそれを返さなくては、とヴェンは一心不乱に崖下へと降りていく。


 いや、例え形見の髪飾りでなかったとしても、ヴェンは同じことをしただろう。


 ヴェンはずっと一緒にいる彼女のことが大好きだった。


 例え一緒になれなかったとしても、守り続けていきたい。そんな存在だった。


 汗ばむ額を拭いながらヴェンはゆっくり、でも着実に崖を降りていく。大丈夫、僕ならあそこまでいける。


「も、もう少し.......!」


 そしてヴェンはついに光る髪飾りへと手を伸ばす。その右手は草をかき分けしっかりと太陽光を跳ね返す髪飾りを掴んだ。


「やった!」


 そしてヴェンの気が緩んだ一瞬の事だった。


 ゴッ!


 突風が崖を吹き抜け、ヴェンの体をさらった。



「.......え?」



 ヴェンの体を浮遊感が襲う。一瞬の出来事のはずなのに、それはやけに長いもののように感じられた。



「ヴェン!!!」



 崖の上から悲痛なエリオットの叫び声が聞こえる。



「!?」



 その瞬間、ゆっくりだった時間が元に戻りヴェンは一直線に海へと墜落していった。


「ヴェン!ヴェェェェェエン!!!」


 泣きそうな顔でこちらを見下ろす彼女の顔がみるみる遠ざかる。そして、あっという間にヴェンの体は海の中へ。


 ザボォン!!


 水面に叩きつけられた衝撃がヴェンの体を襲い、体の自由を奪った。


 肺から空気が漏れ、背中に焼けただれるような痛みがヴェンを苦しめる。


 崖下は岩礁になっており、打ち付ける波が複雑な海流を生みだす。その海流はヴェンをどんどんと巻き込んで海の底へと飲み込んでいく。


「.......っ!」


 息がもたない。海面がどんどん遠くなっていくのが見える。酸素不足で目の前も真っ暗になってきた。


 ごめんよ。君の大事な髪留めを返せなくて。


 ごめんよ。最後に心配をかけてしまって。


 ごめんよ。君に、僕の本当の気持ちを伝えられなくて。


 そんな思考が頭をよぎった、その時だった。


 ゴボォッ


 海面から何か黒い影が迫ってくる。


 人だろうか?誰か助けに来てくれたのか?


 いや、人じゃない。魚のような尾びれが見える。だけど、魚...でもない?


 やがてその影はヴェンの目の前で止まり、ヴェンの手を取った。


 その姿はまるでこの島で語り継がれている伝説の存在そのものだった。


「君は...一体.......?」


 ヴェンは目の前の影に問いかけようとするも海の泡となって消え、そのまま意識を失った。


ーーーーーーー


「.......う?」


 ヴェンが次に目を開けた時、そこは近くの浜辺だった。


 さっきのは一体何だったのだろう?ヴェンは記憶を辿ろうとするが霞がかったように頭がぼんやりして記憶が定かではない。


「ヴェン!!」


 そこに聞き馴染みのある少女の声が響く。見ると、森の中から血相を変えたエリオットが駆け寄ってくる。


「よかった.......よかったよぉ.......ヴェンが無事で.......」


「ちょ、エリオット!?」


 エリオットはそのままヴェンに抱きついてわんわんと泣き始めた。


「ご、ごめん。心配かけて.......」


 たくさん心配もかけてしまった。あぁ、しかも僕がずぶ濡れなばっかりに彼女の服までびしょびしょにしてしまっている。


 申し訳なさと彼女がそばに居る幸せを噛みしめながらヴェンはギュッと彼女を抱きしめ返すのだった。

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