少年ソウル
孤児院の一番端にある暗い部屋。
カビ臭い布団の中で体を動かすと、ボロボロのベッドがギシギシと悲鳴をあげた。
「う、うーん……」
少年は古いながらも眠り慣れた寝床の中から手足を伸ばす。
「なつかしい夢だったな」
5年前の苦い思い出に少しうんざりしながら黒髪に琥珀色の瞳をした少年ソウルは身を起こし布団からはい出る。
ソウルはまだ眠っていたい衝動にかられつつも動きやすいシャツと薄汚れたズボンに着替えて部屋を出た。
今はまだ朝の5時。
まだ薄暗い廊下を音を立てないようにそっと忍び足で歩く。
ふと、扉が空いたままになっている部屋を覗いてみると、すやすやと寝息を立てる他の子どもの姿があった。
それを見てふっと笑顔をこぼすと、また音を立てないようにそっと階段を降りる。
ソウルが暮らすこの場所はツァーリン孤児院。
元々教会だったのだが、改装されて今は孤児院として運用されている。
そのため外観は白い壁に青い瓦の屋根と、所々教会の面影を残している。
だが、そこから子どもが日々生活できるスペースを増築しているため、全体としてはかなりいびつな形をしていた。
それに加えて所々壁が剥がれ落ち、剥き出しとなった材木の姿がさらに貧相さに拍車をかける。はっきり言って「人が住めるのか?」というような印象を与えかねないほどボロボロだ。
孤児院の敷地に入るとまず子どもたちの遊び場である中庭が広がり、その奥に中へ入る扉があった。
普段は子どもたちの声で賑やかな中庭も、今はしんと静まり返っている。
「お、今日も早いな」
玄関で出かける支度をしていると、背中からぶっきらぼうなガラガラ声が聞こえてくる。
「どこぞの孤児院の管理者がずさんなせいだ」
ソウルは眉間にシワを寄せながら声の主の方へと向き直った。
そこには見慣れたボサボサ頭にヒビの入ったメガネをかけた40代前半の男が立っている。この孤児院を管理者するシルヴァ神父だ。
「いやぁー。みんな働き者でおれは楽させてもらってるぜ」
とくに後ろめたい様子もなくシルヴァは適当に答えている。
「子どもを家計のあてにしてんじゃねーよ」
そんなシルヴァの様子にソウルはどこか諦めたように悪態をつく。
はっきり言ってこの孤児院は日々の暮らしもままならないほど貧乏だ。ある程度の年齢に達した子どもも働きに出ることでなんとか生活を成り立たせていた。
「いやいや?俺もちゃんと家計簿をつけてるのよ?でも何故かお金がたまんないのよなぁー」
そんなソウルの心境をつゆ知らず、シルヴァはケラケラ笑う。
「はぁ……ったく。ライとガストももう出てるみたいだし、行ってくるわ」
ソウルは幼なじみの荷物がなくなっていることを確認し、ため息をつきながら扉を開ける。
「おぅ、気をつけてな」
ぶっきらぼうではありながらも、どこか安らぎを覚える声を聞きながらソウルは扉を閉めた。
この孤児院がここまで生活が厳しいのはシルヴァが捨てられた子どもを全て断ることなく引き取っているからである。
表面上はふざけた態度をとっているが裏で国の補助金を受け取れるようにはからったり、子どもの見えない所で働いているのだ。
そんなシルヴァだからこそ、ソウルも他の子どももシルヴァのことが好きだ。
「もう少ししっかりしてくれたら言うことないんだけどなぁ」
ソウルはそう1人呟きながら孤児院の中庭を駆けるのだった。
ーーーーーーー
「……でかくなりやがって」
シルヴァは出ていったソウルを眺めながら思う。
5年前のあの日、絶望の底にいたソウルが、強くそしてまっすぐに成長する姿を見て誇らしさを感じた。
だから、そんなお前にしてやれることは……。
「さぁて」
シルヴァは鼻歌まじりに郵便受けを開く。
数ある勧誘やら何やらの手紙をゴミのようにポイポイと放り投げていくと、その中に一通の手紙が届いていた。
目的のそれを確認したシルヴァは封をビリビリと破り捨てて中を確認する。
「……ったく、相変わらず頑固なやつだ」
一通り手紙を読んだシルヴァはため息をつく。だが、まだ可能性は繋がっている。
「後は、おまえ次第だ。ソウル」
再び静寂を取り戻した中庭を見つめながらシルヴァは1人呟くのだった。
ーーーーーーー
今日のソウルの仕事は、西の堀の修繕だ。
西の堀の手前の広場に到着すると、まだ始業まで時間があるためか、人がまばらにしか揃っていないようだった。
ソウルは近くのベンチに腰掛けながら、朝の冷え込んだ空気を吸い込む。
「よーし、野郎ども!訓練を開始するぞ!」
すると早朝にも関わらず、門の外で大きな男の声が聞こえてきた。
そちらに目をやるとそこにはこの村を警備する警備隊の人達が訓練をしているようだった。
ソウルはぼーっとその様子を観察する。
「【火】のマナに...【球】のマナ...いけっ【ファイアボール】!」
ドンッ
1人の若い警備隊の手にマナが集まり炎の球体が出現する。それはまっすぐに飛び、見事5m先の的を撃ち抜いた。
魔法は【オリジン・マナ】と【デバイス・マナ】と呼ばれる2つのマナによって発現する。
オリジン・マナは、「火・水・雷・地・風・光・闇」の7つの性質がある魔法エネルギーの源で、生まれた時にある程度の性質と大きさは決まっているらしい。
それにデバイス・マナと呼ばれるマナを重ねることでより強力な魔法として発現する。
こちらは修練を重ねることで獲得、そして強力になっていくらしい。
今の魔法は【火】のオリジン・マナに【球】のデバイス・マナを掛け合わせることで発現する火球の魔法【ファイアボール】である。
例えるならば、オリジン・マナは母音、デバイス・マナは子音と言ったところだろうか。
あの白ひげ学者が言うには、ソウルにはオリジン・マナが全くないらしい。
そのためいくら修行してデバイス・マナを身につけたとしても、エネルギーの源であるオリジン・マナが無ければ魔法は発現しないのである。
「神様は残酷だよな……」
ため息をつきながら、ソウルは5年前のあの日のことを思い出す。