入団試験
イーリスト城下町へと入ったソウルはそのままの足でイーリスト城前広場へと向かう。
今日この日、イーリスト騎士団への入団テストがある。
ここで結果を見せることができれば晴れて騎士団への入団が認められるのだ。
そんな入団試験を控えたイーリスト城下町はまるで祭りのように賑やかで、立ち並ぶ屋台からは甘い匂いや香ばしい肉を焼いたような匂いが漂ってくる。
それらの旨そうなかぐわしい香りに後ろ髪をひかれながらもソウルは受付会場の城門前広場へと足を進ませる。
「まるで、あの日見てぇだなぁ」
この街の雰囲気はシルヴァ達と一緒にやって来たあの魔導霊祭のようだ。
そんなみんなで歩いた街中を1人で駆け抜けると、やがて大きな白い城門がソウルの前に現れた。
「うへぇ……でけぇなぁ」
ソウルはガシガシと頭をかきながら悠然と構えるそれと、その背後にそびえ立つ巨大な城を見上げた。
イーリスト国は巨大な領土を持つ王国。
あまりに広い領地ゆえ、地域ごとに領主となる【貴族】がおり、地方に合わせた統治を行っていた。
そして、巨大な領地を確保する為には強力な軍事力がいる。だからこうして力が有るものを軍事力として集める【騎士制度】が作られたらしい。
あの魔導霊祭にも魔法の力が強い者を選別する意図があったのかもしれない。
だから、イーリスト国の象徴であるイーリスト城はその力を世界に示すためにもとても巨大だ。
「それでは、こちらへお集まり下さい」
すると、城を見上げて固まっていたソウルに案内のような職員が声をかけて来た。
そうだそうだ。ここに来た目的は城の見物じゃない。
慌てて長蛇の列の最後尾に並ぶと、自身の順番が来るのを待った。
「次の方!」
しばらくすると、笑顔が爽やかな受付嬢が出迎えてくれる。髪は茶髪のボブカットで頭に白いバンダナを巻いた少女だった。
その笑顔は『明るい』という言葉が良く似合う。素朴な服に身を包んでいるというのに何故かその笑顔は人を惹き付けるような、そんな不思議な魅力があるように感じた。
「お名前をお聞かせ下さい」
そう言って彼女は魔道具のような物に手を当てる。
薄い茶色のそれはボウッと光を放ち、何やらよく分からない文字を浮かび上がらせた。
「シン・ソウルです」
そんな不思議な物体に目を取られながらソウルは自身の名前を答える。
「少々お待ちを……へ?」
ブゥンという音と共にまた文字が浮かび上がる。
そして、それを見た受付嬢がピシリと石像のように固まってしまった。
「??」
「あの……ここは騎士団入団試験場ですよ?」
何やら困ったような表情を浮かべながら受付嬢は告げる。
「はい」
何だろう?何かまずいことでもあったのか?
「あなた……魔法が使えないんじゃ……」
「はい」
なるほど。どうやら11年前の魔導霊祭のデータを見ているらしい。
だとしたら彼女にとってはソウルが魔法が使えないのに騎士の試験を受けに来た変わり者ということになる。
「あのですね!」
受付嬢がソウルに顔を近づけて叫ぶ。
彼女から何やらハーブ……いや、花だろうか?とても心が落ち着くような優しい香りが漂ってきて、少しドキリとする。
そんなことを考える呑気なソウルにピシャリと言い放つ。
「魔法が使えないあなたが騎士団に入れるわけないじゃないですか!」
「やってみなきゃわかんないでしょ」
怒ったように告げる受付嬢に対してソウルは得意げに胸をはる。
「その自信はどこからやってくるんですか!?」
言うことを聞かないソウルに受付嬢は頭を抱える。
「まぁまぁ、お嬢さん」
そんなやりとりをしていると、後ろから明らかに貴族のような格好をした青年が声をかけてきた。
「彼はそれでもここに来たんだ。受けるだけ受けさせてあげてもいいじゃないか」
「でも、絶対に怪我をしてしまいます!」
「それも覚悟の上で彼はここにいるのだろう」
貴族風の男はそう言ってチラリとソウルの顔を見た。
「まぁ、その通りだな」
そんな2人にソウルはうんうんと自信満々に頷く。
「だから、これは彼の自己責任だ。君が気に病むことではない。記念でもいいじゃないか。参加させてあげてはどうだろう?」
「うーん……」
受付嬢はまた頭を抱える。
しかし、全く意思を変えるつもりのないソウルを見て、やがて……。
「…………怪我だけは気をつけてくださいね?」
ため息と共に薄茶色の文字盤にポンと指を当てる。すると、シュウ……という音と共に文字の光は収束し、それはただの石板のように沈黙した。
「ありがとう!」
ソウルは笑顔で受付嬢の手を握った。
「ふぇ!?」
受付嬢は困惑したように顔を真っ赤にするがソウルはそれに気づかずに貴族風の男に向き直る。
「あんたもありがとうな!助かったよ」
「なぁに、お互いにベストをつくそうではないか」
そして硬い握手を交わし、ソウルは手を振ってその場を離れた。
ーーーーーーー
「……おい、ナハト」
ソウルが去った後、青年はそばに控えていた執事に声をかける。
「なんでしょう。エドワード様」
「僕の相手をやつにできるように工作しておけ」
「かしこまりました」
去っていくソウルの後ろ姿を眺めながら、エドワードはいいカモを見つけたと舌舐めずりをするのだった。
ーーーーーーー
「それにしても.......」
受付を終えたソウルは辺りを見渡す。誰も彼も、優美な服に身を包み、従者を引き連れた偉そうな者ばかりだ。
「なーんか、場違い感が……」
ソウルは居心地の悪さを感じる。確かに、貴族に選ばれる人間は元騎士であることが多い。
だから、必然的に騎士になるもののほとんどは貴族の中から産まれることになるのだ。
だが少し目をやると、貴族ではない人もいる。
ソウルと同じような盗賊まがいの服をまとった青年。比較的軽装な服でぼーっと立ち尽くす少女など、少し親近感を感じた。
「む。君は……?」
すると、突然背後から声をかけられる。ソウルもその声に聞き覚えがあった。
振り返るとそこには片眼鏡をかけた、いかにも学者といった男が立っている。
「ヴィクターさん?」
「やはり、きみはシン・ソウルくんではないか!!」
少し老けた様子のヴィクターは驚いたようにこちらを見ていた。
ーーーーーーー
入団試験の試合まで時間があったこともあり、ヴィクターと適当なカフェに入る。
「いやぁ、びっくりだ。いろいろと」
ヴィクターはコーヒーをすすりながら告げる。
「まぁ、そうっすね」
「6年前のことは聞いている。そしてその後行方不明になったことも」
「まぁ、色々あったんです」
「.......深くは聞くまいよ」
ヴィクターは何かを察したように答える。
「ありがとうございます」
「しかし、シルヴァやライくんには会わなくて良いのか?」
「.......今はまだ、合わせる顔がないです」
ソウルは顔を伏せる。
「そうか」
ヴィクターはふぅと一息つきながら外に目をやった。
そこでは子どもたちがキャッキャと遊んでいる。
「.......いつか、心の準備ができたら、会いに行ってやるといい。きっと喜ぶさ」
「.......」
だが、ソウルは何も言えなかった。
「ときに、ソウルくん。騎士団入団試験場にいたが、それはまさか?」
ヴィクターは恐る恐ると言った様子で聞いてくる。
「はい、試験を受けに来ました」
「い、一応言っておくが.......」
ヴィクターは辺りを見回し、誰も聞いていないことを確認すると声を潜めて忠告する。
「.......例の魔法は使ってはいけないぞ?」
どうやら、シルヴァから召喚魔法のことを聞いているようだ。それでも国に報告しないでいてくれていたらしい。
「.......もちろん、そのつもりです」
「しかし、それでは.......」
「そのための修行をこの6年で積んできました。この力は使いません。どうしても、誰かを守るために必要になったときに使います。きっと、そのための力なんです」
ソウルはまっすぐにヴィクターの目を見た。自身の決意をヴィクターに伝えるように。
「.......立派になったな」
ヴィクターは目を抑える。
「よ、よしてくださいよ」
「11年前は、すまなかったな」
「いいです。ヴィクターさんの仕事ですし、何も悪いことしてないじゃないですか」
ソウルはヴィクターの意外な言葉に少し動揺する。
「しかし、思うのだよ。この仕事は才能あるものをすくい上げることが出来る一方で、才能の無いものの人生を破滅させているのではないか、とね」
あぁ、そうかとソウルは思う。
淡々と「魔法が使えない」と宣告され、正直酷い人だと思っていたが、こんな苦悩を抱えていたのか。
もしかすると、あの怪しげな口調も少しでも子どもが安心できるようにと、ヴィクターなりの努力だったのかもしれない。
「だから、だ。ソウルくん」
ヴィクターは真剣にこちらに向き直る。
「子ども向けの話し方をいろいろ試してみたいんだ。協力してくれるね?」
「.......は?」
そのまま試験開始までの時間ヴィクターの奇行に付き合わされることとなったソウルだった。
ーーーーーーーー
「ひ、酷い目にあった.......」
ヴィクターは相変わらずおぞましい表情と声色で「うぇぇえるかぁぁあむ!」などとのたまい、正直周りからの視線もかなりきつかった。
「よ、よし!」
ソウルはパンパンと顔を叩き、切り替える。これまで培ってきた技がどこまで通用するか。不安と期待でソワソワする。
「次!シン・ソウル!闘技場へ!」
「うっす!」
ソウルは黒剣を腰に下げると、闘技場へと向かった。
闘技場はぐるりと円状にフィールドが広がり、その上には観戦できるように客席が並ぶ。
「おぉ、これは.......」
そして客席はびっしり人で埋め尽くされており、わぁぁぁぁあ!!と歓声が上がる。
今回の試験は実技の試合を行い、勝利したものが見習い騎士として迎えられることになったらしい。
すると、反対側の入り口から対戦相手の男が歩み寄ってくる。
「やぁ、また会ったね」
「おまえは、さっきの」
対戦相手は先ほど受付であった青年のようだった。
「いやぁ、偶然だねぇ。まさか君と当たる事になるとはね」
「お互い、ベストを尽くそうぜ」
ソウルが握手しようと手を差し出す。
バシィッ。
すると、ソウルの手が弾かれた。
「気安く触れるなよ。凡人が」
「.......へ?」
ソウルが気の抜けた声を出す。
「魔法の使えない君を相手に選んだのは僕だ!!この試合で自分の才能を見せつければ晴れて騎士団に入団。栄光が手に入る!君はその為の踏み台になってもらうために参加してもらったのさ!!」
「.......あー」
ソウルは納得した。そのためにわざわざ自分をこの試験に参加できるように助力したのか。回りくどいやつだ。
「いいぜ、だったら見せてやるよ!」
ソウルは黒剣を抜く。
「この6年の、成果をな!!!!」
そして試合開始のゴングがなった。




