旅立ち
ソウルは夜の街を走っていた。
ガストと共に歩いていた時とは違い、辺りがひどく暗く、そして感じる。
もう、帰れない。このまま町を出るしかないと思った。
獣に喰われるかも知れない。盗賊に捕まり、売られるかも知れない。もうそれでも、構わない。
そもそも召喚魔法が使えることが分かれば国に突き出されて下手すればそのまま幽閉、拷問、処刑の可能性まであった。それほどまでに召喚魔法は禁忌の術として扱われている。
だがそれよりも、ガストを目の前で死なせた。大切な人を、手の届く距離にいたはずなのに死なせてしまった。その事実がソウルの心を完全にへし折っていた。
そしてソウルはそのまま街の外へ飛び出す。行き先なんて分からない。ただ、走るしかなかった。
ーーーーーーー
道をただひたすらに走っていると、道の外れからどしゃあっと何かが地面に倒れ込む音が聞こえた。
「……なんだ?」
ソウルは虚ろな目で見てみると、そこには屈強な山賊たちが1人の男を取り囲んでいた。
だがそれだけではない。その周りには何人もの盗賊が地に伏している。
盗賊たちの腰には孤児院にいたあの男のようなドクロのアクセサリーが付けられている。まさか、あの男の仲間か……?
対する男は金髪で歳はシルヴァと同じくらいの30代後半に見える。服装はまるで盗賊のような格好で全身を覆うような黒いマントを着ていた。
そして彼の右手には漆黒の剣が握られており、それを肩にかけながら盗賊達を睨んでいる。
「このやろう!」
怒号と共に1人の山賊が金髪男に切りかかる。男はそれを横なぎで切り払うとそのまま懐に滑り込み一閃。
ザンッ
「がぎゃあ!?」
盗賊を一瞬で切り伏せた。
「っ!」
流れるようなその動きにソウルは思わず男の戦いに目を奪われる。
「くっ」
「一斉にかかるぞ」
残った4人の山賊は男を取り囲み一斉に襲い掛かった。
「【サンダーボール】!」
「【ロック】!」
「【ファイアレイ!】」
「【ウィンドスラッシュ!】」
山賊たちから雷の球体、岩の塊、火の光線、風の斬撃が飛び出す。ソウルの目には男に逃げ道がないように見えた。
しかし、男は即座に雷の球体の方へ飛び出し、それを真っ二つに切り捨てる。
「なっ!?」
男はそのまま懐に飛び込み山賊に一太刀。その間に山賊が放った魔法同士がぶつかり背後で爆発が起きる。
ドォン!
男はその砂埃の中に身を隠し、他の山賊への距離を詰めていく。
「ぎゃあああ!?」
そしてそのまま風のように山賊の間を駆け抜けたかと思うと、山賊は血飛沫を上げて次々と倒れていった。
その流れるような戦いにソウルは目が釘付けになる。
そこで、初めて男とソウルは目があった。
「あ?」
男はこちらを見下ろしながらソウルに声をかけてきた。
「この街のガキかよ?こいつらここの孤児院からガキを連れ去ろうとしてるみてぇだから、孤児院に知らせてやってくれや」
男はそう告げながら黒剣を鞘にしまう。
「……必要ないよ」
ソウルは俯いて答えた。男はそれで察したようだ。
「あー、そうかよ。じゃあ俺もこの街にもう用はねぇな」
そう言って男は立ち去ろうとする。
「ま、待ってくれよ!」
そんな男をソウルは呼び止めた。
「あ?」
「……俺を、連れてってくれねぇか?」
これほど強い人間は初めて見た。そしてその強さは今全てを失ったソウルにとって唯一の希望のように映った。
「何言い出すんだ、このガキ」
「頼むよ」
ソウルは食い下がる。
「ガキなんぞつれて仲良しこよしの旅なんかしねぇよ。この街に来たのだって、昔の知り合いに用があっただけ。面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ」
「頼む!俺に……俺に、剣を教えてくれ!!!」
ソウルは土下座した。この男の流れるような圧倒的剣技は見事だった。
きっと、ただの放浪者ではないのだろう。
「めんどくせぇ。んなもん俺に何の得もねぇじゃねか」
男はあきれたようにそのまま立ち去ろうとする。
「それでも、たのむよ!!」
ソウルは懇願するように男の腕にしがみつく。
「邪魔だ」
ドゴッ!!
「かはっ!?」
その瞬間ソウルの顔と鳩尾に衝撃が走った。男に殴られたらしい。肺から空気がこぼれ、ソウルは息が出来なくなる。
だがそれでも決して男の腕を離さない。
「ちっ」
男はさらにソウルを殴るがしがみついたまま離れる気配がない。
「た……むよ」
「これで……どうだっ」
痺れを切らした男は腕を大きく振ってソウルを宙に浮かせると、そのまま回し蹴りを放った。
ドスン!!
「がっ!?」
さすがのソウルも手を離してしまい、吹き飛ばされ地を転がる。
それを見届けた男はその場を去ろうとするが、それでもソウルは足にしがみ付く。
「あぁー!うぜぇなあ!」
今度はソウルの両腕を蹴り飛ばす。もう腕は動かないだろう。さっさと諦めろ。
「つっ!?」
すると、今度は足に鋭い痛みが走る。見ると、ソウルが男の足に噛み付いていた。
何なんだこのガキは?何がこいつをここまでさせるんだ?
「いい加減に……」
「……なんだよ」
「あ?」
文字通り足に食らいついてくる少年が何かを語り始める。
「いやなんだよ……大事な人を、守れないのは」
ふーっふーっと息を荒くしながらソウルは続けた。
「俺は……俺は……づよぐなりだいんだ!!」
ソウルの顔は涙と鼻水とヨダレでベタベタだ。
それでも、ただ思いを、全て。もう目も見えていない。男がどこにいるかもわからない。それでも叫んだ。
「もう……誰も……!目の前で死なせたくなんかないんだよ!!!!」
そこまで叫んだところでソウルの意識は途絶えた。