虚像薬
テントの入り口が勢いよく開かれるとテントの中に怒声が響き渡った。
「レグルス!貴様やってくれたな!!」
そこには黒い毛並みに白のしまの入った虎の顔をした獣人が立っている。身長はレグルスと変わらない2mほど。そしてその腰には2本のサーベルをさしていた。
「な、なんの事だ?」
レグルスは必死にしらを切る。だがジャックには全てお見通しだ。
「やめておけ。ここへ人間を連れてきたのを見たやつがいるんだ。言い逃れはできん」
そういいながらジャックはズカズカとテントの中へと入ってくる。見ると、そこには何やらうずくまる黒いマントに身を包んだ男がいた。
「.......残念だよ、レグルス」
そしてジャックは悲しそうに言葉を漏らす。
「.......っ」
アルは言葉を発することができず、ジャックを止められなかった。
「さぁ、立て人間!!」
そしてジャックは床にうずくまる男の胸ぐらを掴み顔をあらわにした。
「.......は?」
「.......え?」
「.......な?」
その男は2本の立派な黒い兎の耳。瞳は兎の様に真っ赤で黒く短いしっぽが生えている。
兎の獣人だった。
「だ、誰が人間だって!?」
すると、黒い兎の獣人はフンと鼻を鳴らす。
「俺は獣人だぞ?レグルスとアルが人間に襲われて傷ついた俺をここまで運んで看病してくれたんだ!2人に何かするのは許さないぞ!」
兎の獣人は巨大なジャックに怯むことなくどなりつける。
「あ、いや.......えぇ?」
ジャックは完全に思考が停止し、困惑していた。
「何だよ、過激派は同じ獣人を里に連れてくることもダメだって言うのかよ!?」
それをいいことにさらに兎の獣人はギャーギャーと叫び続ける。
「そ、そういう訳では.......」
レグルスは状況を理解できずにアルに目をやった。しかしアルも「分からないですわ」と目を丸くして首を横に振る。
「.......邪魔したな」
やがてジャックは兎の獣人をその場に降ろすとのそのそとテントから出ていった。
「.......」
「.......」
「.......」
テントが静寂に包まれる。
そして.......
「「「はぁぁぁぁぁあ!!!」」」
3人は脱力しながらその場に崩れ落ちた。
「危なかったですわ.......」
「だ、だがこれは一体どういうことだ?」
レグルスは兎の獣人に尋ねる。
そこにいる兎の獣人は紛れもなくソウル本人だ。だが、今のソウルからは兎の耳が生え、瞳の色も兎のような真っ赤なものへと変貌を遂げていた。
「これだよ.......」
そう言いながらソウルは紙袋の中の丸薬を見せる。
「そ、それは?」
「これ、世話になってる婆さんから貰った.......。目の前の種族に化ける薬なんだと」
そしてソウルはこの虚像薬をもらった経緯を説明した。
ーーーーーーー
時はさかのぼり、ソウルが聖剣騎士団と出会う日の朝。
「【虚像薬】?」
「あぁ、そうさね」
老婆が答える。老婆に手渡された紙袋にはどす黒い丸薬が入っている。それはまるで黒豆のようだった。
「こいつを飲んで初めて見た生き物の姿に化けることができる薬さね」
「い、いつ使うんだよこんなもん」
ソウルは苦笑いする。使いどころが分からない。
「知らないね。それを考えるのがあんたの仕事さ」
老婆はそう言いながら本を開く。
「そ、そんなめちゃくちゃな...」
「3万ベル」
老婆こちらを見向きもせずに手を差し出した。
「3万!?」
「要らないなら返しな」
冷淡な声で老婆は告げた。
「う.......」
ソウルは葛藤する。
こんな小さな紙袋に3万なんてありえない。ありえない.......のだが.......。現にこの老婆から受け取った魔石の粉で窮地を脱したという事実がある。
それに、この婆さん未来でも見ているような不思議な力を感じる.......ような、気がする。ようは、メルヘン婆さんなのだ。
「誰がメルヘン婆さんだ」
「あんたのそういうとこだよ」
当たり前のように心を読むんじゃねぇ。
「はぁ...分かったよ。3万払う。だからそいつを持っていかせてくれ」
ソウルは諦めたように3万ベル支払う。
「まいどあり」
婆さんはそう言って3万ベルを受け取った。
「なぁ、あんた一体何もんなんだ?」
ソウルは紙袋をバックパックにしまいながら尋ねてみる。
「詳しいことは答えんさ」
やはり、思った通りの返事が返ってくる。
「だが、ひとつ言えることは」
すると婆さんは本から目を離しこちらを見た。
「あんたより少しは長生きしてるってことさね」
「あったりめぇだろ」
そんな感じで会話を終わりソウルは錬金屋を後にした。




