プロローグ
永久中立国、聖国家シンセレス。
ディアナ教と呼ばれる教えを持って国を統治するこのウラリシア大陸の中心に位置する様々な種族が入り乱れる豊かな国。
その中心地であるこの国の首都、オアシス。その街並みは造りも材質も全てバラバラでその種族が暮らしやすい居宅を構える、まさにシンセレスの国の在り方を象徴するような街だ。
そんな街を悠然と見下ろす天をも穿つ高さを誇る白い巨塔【ディアナの塔】。そこはシンセレスの……そしてディアナ教の核。全てを司る最後の砦である。
かつて襲来した炎の魔人によって半壊させられたそれも今はそれが嘘のように復興し、元の美しさを取り戻していた。
そんなディアナの塔の最上階にて落ち着かない様子でグルグルと歩き回る金髪金眼の少女。白い法衣に身を包み、手には透き通るような宝石の付いた錫杖を持つ彼女はこのシンセレス国の頂点に立つ最高司祭。
【天使の召喚術士】。名をサンクトゥス・ラ・エヴァと言った。
「エヴァ様、少し落ち着くの」
「落ち着いてもいられません。なにせこれからここに来るのはあの黒龍の女王ですよ?」
普段は冷静沈着の彼女が落ち着かない理由。それはこのシンセレス国の北に位置する軍事国家ヴルガルド国の女王、ゼリルダにあった。
かつて、和平の使者を送り込んだ時にはボロ雑巾にされた挙句に木箱に放り込まれて送り返されてきた。
エヴァが直々に出向いた時には山と見間違うほどの龍の咆哮を受け、命からがら逃げ帰った経験がある。
「はぁ……あの傍若無人で横暴な彼女が、果たして本当にシンセレス国との同盟を受け入れるのでしょうか」
確かに、ソウルには人を惹きつける不思議な魅力……力がある。かつてのエヴァもそうだったように黒龍の女王にも奇跡が起こるかもしれない。
だが、かと言って人の性というものはそう易々と変わるものでも無いというのもまた事実。あのアランも驚く程に人の話を聞かないゼリルダと同盟の話なんてできるのだろうか。
様々な交渉を経験してきたエヴァにも不安が募る。話の通じない相手に交渉なんて、馬の耳に念仏も同じことだ。
「エヴァ様!エヴァ様ぁぁあ!!」
そんな風に頭を悩ませていると、突然1人の信徒が血相を変えてエヴァのいる礼拝堂へと飛び込んでくる。
「て、敵襲です!!」
「……っ!」
エヴァとパメラに一気に緊張が走る。
まさか、もうシンセレスの軍勢がここまで攻めてきたのか。だが、シンセレスの方はアランが前線に立っている。
彼がそう易々と負けるとは思えない。
「き、北です!北の方から巨大なドラゴンがぁ!!」
「北から……ドラゴン?」
信徒の言葉を聞いて、エヴァは理解した。
北からということは、まさか……。
「いよいよ来たのですね」
きっとゼリルダと共にソウル達が戻ってきたのだろう。なにせヴルガルド国は龍の国だ。ヴルガルドが飼っているドラゴンに乗って無事にシンセレスまで戻ってきたということか。
「大丈夫です。そのドラゴンは恐らくヴルガルド国からの使者です。警戒態勢だけは崩さずに通しなさい」
「ひっ、しししかし……」
エヴァの命令に何故か震え上がる信徒。
一体何だというのか。疑問に思ったエヴァは窓から北の方角へと視線を移す。
そこには、砦をも超えるような巨躯を持った飛竜が、今まさにディアナの塔目掛けて飛びついてくるところだった。
「………………はい?」
エヴァの時が止まる。巨大な龍の背中には確かに見覚えのあるソウル達一行と、満面の笑みを浮かべる黒いドレスの少女。
「ストラーーーーイク!!!」
ズンッ!!!
ディアナの塔が大きく揺れる。
ディアナの塔に黒龍の女王の駆るバハムートが突っ込んだ。