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ゼリルダの演説5

 かつて、アルファディウスがこの国に残した法。『強き者が王になる』。



 そこに託された真なる願い。アルファディウスが残した遺志。



「強さとは、『力』ではない。その『力』を振るう『意味』にあると、私はそう思う。大切な物を守る時……誰かのためにその力を振るう時、それは輝く!その強さは、その者の限界をも超えるのだ!!」



 誰かのために、その力を振るう。そうしてフィンは己の限界をも超えて、あの最強の化け物を打ち倒して見せた。


 理屈ではない。ただの感情論なのかもしれない。


 だが、その強さをこのシュタールに住む者は皆確かに見届けた。


 言葉などいらない。理屈ではない。でも心震える何かが、確かにそこにはあった。


 己がためにしか振えない力には到底届きようのない境地。フィンがこの国の皆に示したもの。


 ゼリルダは両の手を広げ、叫ぶ。



「この国を脅威に晒したレイオス、そしてファーロールは1000年前に覇王と共に世界を地獄に変えた化け物だ!今、この世界では奴らが再び動き出し覇王の復活をもくろんでいる!!そうなればこの国は……世界は終わりだ!!」



 ファーロールだけでもこの国は滅ぼされる寸前まで追い込まれた。あのファーロールと同等の化け物、それ以上の力を持つ覇王がこの世界に君臨すれば終わりだ。


「嘘だ……」


「あんな化け物が……まだいるのか」


「覇王って……おい、嘘だろ。あんな奴よりも強え奴が復活するってのかよ」


 ゼリルダの言葉を聞いて、ザワザワと民衆達の間に伝染する不安。恐怖。


 それは、かの厄災が残した因子。


 ファーロールを倒したとしても、まだそれと同じ恐怖と脅威が迫っている。その事実は彼らのまだ癒えぬ心を締め付け蝕んでいる。


「おしまいだ……」


「私達は……死ぬしかないの?」


 もう、厄災を払ったフィンはいない。あの脅威から彼らを守る存在はもうここにはない。


 誰もが希望を失い首を垂れる。



「私がいる!!」



 そこに響く、1つの声。


 絶望に顔を落とし、沈黙が支配するシュタールを切り開くゼリルダの言葉。



「約束しよう!この黒龍の女王、ゼリルダの名にかけて!このシュタールを……ヴルガルド国を守ると!!」


 

 王たるフィンは死んだ。だが、彼が生かした命が……意志が。まだここにある。


「今の私はまだ未熟者!仮初の王だ!だがそれでも、分不相応だとしても!!必ずや覇王の眷属達を倒し、平和を取り戻すまでの間!!皆を守るために女王としてこの国の最前線で戦おう!今の私にできることはそれしかない!」


 彼の意志はまだ死んではいない。


 フィンの残した心はゼリルダに引き継がれ、続いていく。



「真の王たる兄者が私を生かした!!ならば私のこの命は皆を守るために使う!!彼が示した強さを引き継ぎ、この国で生きる全ての者のためにこの力と命を振るうと約束する!!」



 絶望に呑まれそうな民衆の心に差す一筋の光。


 そこにいるのはあの小さな竜王じゃない。彼よりも背が高くて、それでも頼りない未熟な竜王。


 それでも懸命に。全身全霊を込めてゼリルダは自身の想いと決意を表明する。


 

「だから、皆の者は見定めて欲しい!一度この国を悪の手に渡したこの私が……真の王たる兄者が守ったこの私が!!兄者の想いを継いだ私が!!王たる資格を持つに足る存在かを!!」



 ふとすれば、その訴えは無様に映ったかもしれない。分不相応な子どもが何を宣うのかと一蹴されてもおかしくなかったのかもしれない。


 だが、ゼリルダの未熟ながらも愚直で真っ直ぐな叫びは彼らの傷つきすり減った心に届く。


 いつだったか。誰かが口にした。


 ゼリルダは、まるでこの国の太陽のようなお方だと。


 明るく元気で笑顔の絶えない彼女は、レイオスのもたらしてきた暗い影に呑まれそうな国民の心をも照らす光だった。


 決して、絶対的な王なんかじゃない。


 この世界を覆う大地のような力強い存在にも、全てを包み込んでくれるようなこの大空のような大きな存在にもゼリルダはなれないだろう。


 だが、彼女はこの国を煌々と照らす太陽のような光を放つ。


 夢と希望に包まれる道へ誘ってくれるような。民が救いを求める導のような。


「……アイザック殿」


 ゼリルダの背中を見て、アベルは涙をこぼす。


「やっと……やっと、私にも分かりました。ゼリルダ様にはゼリルダ様の……あの子なりの王の姿があるのだと言うことを」


 あぁ、アルファディウス様、見ておられますか?


 あなた様の願いを、彼女は受け継ぎ今……!




「私は!今日この日を持って正式に黒龍の女王ゼリルダになる!!必ずやこの国を命に代えてでも覇王の驚異から守り抜いてみせる!!」




 彼女は今、真に王の座を引き継ぐ。


 黒龍の女王として、名実ともにその称号を受け継ぐ瞬間だった。


 そんな彼女の姿を見て、民衆は湧き立つ。


「ゼリルダ様……!」


「ゼリルダ様ぁ!万歳!!」


 彼女を取り巻いていた負の空気は一気にシュタールの風に攫われて、黒龍の女王を讃える賛美の声へと変わっていく。


「いっひっひ。まさか……あのゼリルダ様がここまで」


「…………見事だ」


 湧き立つ民衆を見下ろしながらカイザーは笑う。


「今のあの娘になら……この国の未来を託せるやもしれんな」


「どうするんでやすか?」


「……ふ、決まっている」


 シュタールの民を覆う影を、あの少女は見事に取り払ってみせた。


 その姿はまさに、王にふさわしい。


「アンガス、裏闘技場の資金を全て出せ」


「いっひっひ。随分とまぁ太っ腹ですねぇ」


「あぁ。この国を再建するためには金と……人材が必要だろう。ならばこのカイザー、あの小娘に力を貸してくれる」


 路頭に迷える民衆はもういない。


 1人孤独に震える者は、太陽のような輝きを放つその存在を見上げ、集まる。


 沸き立つ民衆は導を見つけたように立ち上がり、己が進むべき先を見つける。


「……フィン、見てるか?」


『イッヒッヒ』


 ソウルは民衆からの割れんばかりの歓声を受けるゼリルダを眺めながら呟く。


『とーぜんダ。なにせゼリルダはオイラの自慢の妹だゾ』


 守り抜いた大切な妹の晴れ姿を見て、フィンは満面の笑みを浮かべる。もう、ゼリルダはフィンがいなくてもやっていける。


 きっと、今の彼女になら着いてきてくれる者たちもたくさんいるはずだ。

 


「我が元に集え!私の愛するヴルガルド国の民達よ!!私と共に大切な者を!この国を!!そして世界を守るぞ!!!」



 ゼリルダはその拳を振り上げ、宣誓する。


 それに釣られるようにして民衆達もまた拳を太陽に向けて振り上げて新たな女王の誕生を讃えた。


 今日、このヴルガルド国に黒龍の女王ゼリルダが誕生した。

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