ゼリルダの演説4
ゼリルダの宣言に、返ってきたのは怒りの声だった。
「ふざけるな!ここまでこの国をめちゃくちゃにしたくせに!」
「もっと信用できる奴が王になれ!俺たちをなんだと思ってやがる!?」
「そうだ!国はお前のおもちゃじゃないんだぞ!!」
国民の反応をゼリルダは予感していた。
そうだ、当然の思いだろう。だって私が不甲斐ないばかりに皆を傷つけた。でも、だからこそ彼らの怒りを、悲しみを。ゼリルダは決して見過ごすわけにはいかないのだ。
この国で、誰かが1人で泣かないように。みんなが笑って過ごせるように。
悲しむ者がいるのなら、「もう大丈夫」だと言ってあげられるように。私と同じ悲しい思いをさせる者をこれ以上生み出さないために、ゼリルダは立つ。
「確かに私に女王が務まるのかと思った。だが、逆に問おう!ならば誰がこの玉座に座る!?」
荒れ狂う民衆に怖気付くともなくゼリルダは言い放つ。
「この国の法に則るのなら、強き者がこの国の玉座に座る。そうあるはずだ。だが、その結果はどうだ?あのレイオスと魔人ファーロールは始祖龍アルファディウス……私の父上を殺し、その玉座を奪った!」
この国の神とも呼べる存在。始祖龍アルファディウス。
4年前、あの城の中から運び出される巨大な龍の骸を国民皆で見送った。
その記憶を思い出しながら国民は固まる。そんな民衆にさらにゼリルダは言う。
「アルファディウスの……父上が作りし法が正しいのであれば、強き者がこの国を正しく導くはず!ならば父上を殺したレイオスとファーロールが国を導けば最高の国ができるということか!?結果はどうだった!?皆は満足した生活を送れたか!?私はそうは思わない!!」
強き者が王になる。
ヴルガルド国の中での揺るがぬ1つの掟。
レイオスとファーロールがアルファディウスを殺した。
つまり、かの2人はこの国の誰よりも強かったということになる。
だが、その結果は凄惨たるものだった。それは誰よりもこの国の人間が1番理解していることだ。
ゼリルダへの非難が止まなかったはずのシュタールの街が静まり返る。その反応を見て、ゼリルダは再び口を開いた。
「であれば、私の父上アルファディウスは間違えたというのか?強き者がこの国の王になる。その法は愚策だったと言うのか?」
強き者が王になるという昔ながらのこの掟がそもそも間違っていたのか。
だがそうなればこの強さが全ての国、ヴルガルド国の存在意義が崩れさることになる。これまで暮らしてきたこの国を、全否定することになる。
この国で生きてきた彼らにとってそれは自分達の存在意義を否定することにもつながる。
だから、彼らは何も言えなかった。
それでも、ゼリルダは語る。
「だが、私はそうも思わん!父上の願いは、きっと更にその深いところにあったのだと思うのだ!」
皆の一歩前を進むように。踏み出せぬ皆の次の一歩を代わりに突き出すように、ゼリルダは己の考えを語った。
「皆に問おう。『強さ』とは何だ?アルファディウスが願った『王になるべき強き者』とは一体何なのか!」
アルファディウスの願った『強き者』。王を引き継ぐに値する王たる証。
彼の言う強さとは何なのか。
「ただ、腕っ節が強いことか?喧嘩に負けないこと?それとも、誰にも負けぬ軍事力を持つことか?きっとそうではない!!」
民衆に語りかけるゼリルダの頭に1つの背中がよぎる。
「本来、王になるべき存在は……私ではない」
ゼリルダはどこか影を落とすように言う。
「王の器を持った者がいた。その者はあのアルファディウスを殺した魔人をも超え……この国を……そしてこの私を救って見せた。その命を代償として」
ゼリルダの言うその者。それは街中に映像が映し出されていた。
山をも超えるバハムートをも下して見せたあの魔人との殺し合いを超え、このヴルガルド国を蝕む厄災を払ったあの小さな背中。
その戦いは、ゼリルダだけではない。この街に住む全ての者の目と、心を奪った。
誰もがあの戦いを見て思った。真の王の資格を持つ者は誰なのかということを。
あの小さな背中に宿る山のように大きな『それ』を、このヴルガルドの民は目の当たりにした。
だが、『それ』を教えてくれた彼はもういない。
ヴルガルドの民を導いてくれたであろう彼は死んだ。
真に王になるべき小さな竜王は厄災と共に散った。残されたのは、そんな彼に守られた1人の龍の少女。
「彼は……最後に私に教えてくれた。『強さ』とは何か。始祖龍アルファディウスが一体何を願い、何をもって強さを求めたか!」
残されたゼリルダが……王の背中をこの目でしかと見届けたゼリルダがたどり着いた答え。
小さな竜王が、彼女に残した物。
「強さとは……心だ」
自身の胸に手をかざし、ゼリルダは言う。その目には僅かに涙が滲んでいた。