デート2
2人はアベルに教えてもらった店へと入る。
そこは北の居住区の中でも更に北の端。アベルの話では知る人ぞ知る隠れた名店なのだと言う。
店を経営するのは旅で流れ着いたどこかの料理人。街の中心に近づけば近づくほどに喧嘩や喧騒が絶えない故に敢えて人目を避けて細々と経営しているらしい。
店の中はおしゃれな木彫りの椅子が並べられ、まるでカフェのような様相だった。
「いらっしゃいませ。まずはこちらにサインの程をよろしくお願いします」
そう言って店員が渡したのは誓約書。
そこには「決してこの店では声を張り上げたり喧嘩をしたりしない」と言うようなことが書かれている。
「凄いね」
「流石シュタールって感じだな」
苦笑いしながらソウルとシーナは誓約書にサインをする。
ちなみにこの誓約を破った時には命の保証はないとのこと。入店のハードルは高いが、こうした工夫でこの店の物静かな雰囲気が保たれているのだろうとも思う。
席についたソウルとシーナはじっとメニューに目をやる。
「見て。このパスタ美味しそう!」
「あぁ!こっちのサラダもすごい美味そうだ!」
そこにはシュタールでは中々ありつけなかったようなパスタやサラダなどのあっさりした品や、一転シュタールらしい豪快なメニューもある。
シュタールで肉ばかり食べていたソウル達としては久々のメニューに目を輝かせた。
そして各々に頼みたいものを頼んでソウルとシーナは乾杯をした。
「お疲れ様、ソウル」
「シーナこそ。俺のこと助けてくれてありがとう」
色鮮やかなカクテルと呼ばれる飲み物を飲みながらシーナは言う。
「戦いが終わってから、ソウルは何してたの?」
「あぁ。レイとヴェンと一緒に特訓したりしてたかな」
「そっか。相変わらずいつも頑張ってるんだね」
「そんなたいそうなもんじゃない。日課みたいなもんだしさ。そう言うシーナは何やってたんだ?」
「う……わ、私は……その……」
ソウルの質問にシーナは目を逸らして苦笑いしている。
「な、内緒」
ソウルの事で頭がいっぱいで部屋に閉じこもっていたなんて当の本人であるソウルには言えるはずもない。
「えぇ……気になるなぁ」
だが、内緒にされてしまえば気になると言うのが人の常。じーっとシーナにジト目を向けて追求してみる。
「い、いいの!ソウルは知らなくても!ほら、これも美味しいから食べて!」
そう言ってシーナは赤く火の通った海老にフォークを突き立ててソウルに突き出していた。
「…………っ」
「………………あ」
そして、一瞬固まった後。シーナの顔が赤く染まる。
「あ…や……!違っ……」
こ、これでは……あーんをしているようなものなのでは……?
シーナもそれに気がついたのだろう。
「ごごごごめん!何でもな……」
パタパタと手を振りながら、シーナは突き出したフォークを引っ込める。
それを見てソウルはホッとする反面、少しガッカリした。
「…………た、食べたいの?」
「………………え?」
そんなソウルの顔を見て、シーナは目を丸くしてそう言う。
「あ……えと……」
食べたいです。とても。
だが、そんなことは照れ臭くてソウルの口からは言えそうにない。
「…………………………ん」
ソウルの反応を見て、何かを察したのか。シーナは引っ込めた手を戻してソウルの方にフォークを向ける。
「…………ふぇ?」
「…………た、食べないの?」
「……………………っ」
シーナは顔を真っ赤にしながら、目を背けている。突き出した手はプルプルと震えているようにも見えた。
こ、これは……。シーナが……俺のためにあーんをしてくれている……!?
「い…いただきます」
ガチガチに硬くなりながらもソウルはシーナの差し出すフォークに顔を近づけると、一口で差し出された海老を頬張った。
「お、おいしい?」
「う、うん」
咀嚼しながらソウルは頷く。
正直、味よりもシーナに食べさせてもらった多幸感で胸がいっぱいだと思った。
「よかった」
ソウルの言葉を聞いてシーナはパァッと表情を輝かせる。
何だ……何だ。この幸せな空間は。
緩む頬を隠すように俯きながらソウルはガシガシと頭をかく。
「ソウルの一口って大きいね。こんな近くで見たの初めてで少しびっくりした」
「ん?そうか?」
「うん。おっきくて可愛かった」
クスクスと笑いながらシーナは告げる。
「か、可愛くなんかねぇよ。可愛いのは……」
お前だっての。
そんな事を思うが、素直に口に出すのはどうしても恥ずかしく思えた。
「ったく、ほら。お返し!」
だからソウルもまたシーナに向けて少し小ぶりの海老を差し出してみる。
もっとも、恥ずかしがって逃げるだろうが。
「ん」
ところが、予想外なことにシーナは髪を耳にかけると、ソウルの差し出したフォークに顔を近づける。
「え……」
シーナの髪をかける仕草が可愛らしい。そしてリップを塗られたであろう唇がそっと開かれるのがわかる。
開かれた唇から覗く白くて綺麗な歯とその向こうにある舌。その全てから目が離せなくなる。
「あむ」
シーナの顔に釘付けになっていると、シーナは嬉しそうにソウルのフォークから海老をパクリと一口。
「おいひい」
そして嬉しそうに頬を綻ばせた。
「…………」
待て。待って?
ソウルはシーナの一挙一動にドキドキしっぱなしだ。
お、落ち着け……。大丈夫だ。くそ、意識したらこれまで何も思わなかったことにまで目を惹かれてしまう。
きっと、シーナはいつも通りだ。いつも通りじゃないのは俺の心の方。いつも通りに接すればいい。
……でも、ここ最近ロクにシーナと話をできていなかったこともあって、いつも通りってなんだっけ?
頭をガシガシとかきながらソウルは平常心を取り戻そうとする。
だが、ソウルはすぐに次の試練が迫っていることに気がついていなかった。
よ、よし。取り敢えず飯を食べ…進め……。
「……………………」
ソウルはフォークを見て固まる。
先程、シーナがこのフォークから海老を食べたばかり。
こ、これは……!まさか、間接キス!?
「…………?どうしたの?」
一方のシーナは特に気にした様子もなくもぐもぐと食事を食べ進めている。
これでは、意識しているソウルがバカみたいではないか。
「…………あ、そう言うこと?」
「…………え?」
悶絶しているソウルに向けて、シーナは何かに気がついたような顔をすると、フォークをウィンナーに突き刺して……。
「はい。あーん」
「ふぁぁぁぁぁあ!?!?」
そう言うつもりではなかったんですけどおおおおおおおお!?!?!?
次から次へとソウルの心臓を破壊するシーナからの怒涛の行動。美味かったような気はするが、これでは食事の味なんて全然分からない。
……………………それでも、シーナのあーんは美味しくいただいた。