デート1
シュタールの空が赤く染まる。
高い城壁は陽の光を遮り、太陽は落ちていないはずなのに街の様相は既に夜といった具合。
それでも空は夕焼け色に染まり、夜なのに夜じゃないような不思議な感覚を与えた。
今は17時半。
新調した小綺麗な服とレイに整えてもらった髪をしたソウルは城前広場のベンチに腰掛けている。
時の流れがいつもの3倍ほど長く感じる。
何もしていないはずなのに心臓の鼓動は早く、暑くもないのに汗が滲みそうだった。
「……あと、30分か」
約束の時間まではまだ時間はある。
早めに来て準備はしているが、一抹の不安も拭えないでいた。
オデット達は何とかしてシーナをここに連れてくると言っていたが、本当にシーナはここに来てくれるのだろうか。
朝に風のように走り去ったシーナの背中を思い浮かべながらそんな事を思う。
「はぁ」
人知れずため息が漏れる。
他の日でもいいのかも知れない。けれど、できれば今日でなければダメだ。でないと……。
「……待て待て」
ふるふると首を横に振りながらソウルは弱気な考えを振り払う。
落ち着け。きっと大丈夫。シーナは来てくれるはず。
もうソウルはシーナのことを信じると決めた。今更弱気になんかなるな。
ちょっとびっくりしただけだ。きっとそうに違いないから……。
そんな堂々巡りな考えをずっと繰り返している。
「あー……」
ソウルは赤くなった空を見上げながら胸に溜まったモヤモヤを吐き出す。
「ダゴンめ……」
『こんな時代だ。言っただろう、いつ言葉を交わせなくなるやも分からぬと』
1人ダゴンの言葉を思い出す。
何故、彼はあんなことを言ったのだろう。おかげで勢いのままシーナに想いを伝える羽目になってしまった。
そのせいで余計にうまくいかないことになったのでは……?いやでもああでもしなければまたソウルは逃げていたかも知れない。
そこまで考えてダゴンはああしたのだろうか?
「そう言えば」
そんな事を考えているとふと、ソウルは引っかかることを思い出す。
ダゴンとの最後の鍔迫り合い。
シーナからソウルの中に何かが流れ込んでくるような感覚があった。
それまで何度繰り返しても無理だった【逆転の理】。あの瞬間、確かにソウルはその境地に立った。
あの力は一体何だったのだろう?シーナの力?それとも俺の底力?それともまた別の何かなのか?
イーリストからシンセレス、ヴルガルドを渡り歩いて、ソウルはこの召喚魔法と呼ばれる力について多くのことを知った。
なのに、それでもなお次から次へと分からない事が出てきてソウルはいつでも混乱の中だ。
どうしてソウルに召喚魔法なんて力が宿ったのか。エヴァの言う【虚無の者】って一体なんなのか。
もしかすると、ソウルが【虚無の者】という事と、あのシーナと共に力を発揮したあれが関係あるのだろうか。
「ソウル」
ソウルが思考を巡らせていると背後からソウルを呼ぶ声がする。
ドキリとした。聞き間違えるはずもない。ずっと待っていた……待ちわびていた彼女の声だ。
慌てて立ち上がって振り返る。
「よ、よぅ、シー……ナ……?」
そして、そんな言葉が漏れた。
確かにそこに立っていたのは銀髪に赤い目をした少女。
だが、彼女が本当にシーナなのか分からないソウルがいた。
「お…お待たせ……」
間違いない。シーナだ。シーナの声だ。
だから、間違いなくここにいるのはシーナだ。
だが、ソウルはどこか信じられない気持ちだった。
だって、そこに立っていたのは思わず目を奪われてしまうほどの美しさをした女性だったから。
大人のような上品な白を基調としたワンピース。首から肩にかけては黒っぽい生地になっていてとても映えている。
そして彼女は綺麗に化粧を施されており、髪の毛は三つ編みから1つにまとめられていて肩に下ろされている。
とても、大人っぽくて上品。それでいてとても可愛らしいと来たものだ。
ずっとそばで見てきたはずなのに。こんなに綺麗な人を、ソウルは生まれて初めて見たと思った。
「へ、変かな?」
固まるソウルにシーナは不安そうな顔でそう告げる。そんなシーナの顔を見てソウルは慌てて思考を回す。
「へ、変じゃない!全然!変どころか……その……」
何かを言わなければならないソウルは踏ん張って言葉を口にしようとするが、震えるばかりで口が言う事をきかない。
いやでも待ってくれ。オデット達が何かをするとは思ってはいたが、まさかここまでとは思わなかった。
普段の綺麗なシーナの顔に更に可愛さがプラス。ソウルだってデートのためにおしゃれをしてきたつもりだったが、そんな物はこのシーナの前には何でもない。
それ程までにシーナの変化はソウルの予想を超えていたのだ。
「か…かかか……かかわ……」
だが、そこまで頑張ってくれたシーナにソウルはきっと何かを言わなければならない。
必死になって口を動かして思ったことを口にしようとする。
そんなソウルに向けてシーナは……。
「か?」
首を傾げて、可愛らしく尋ねた。
………………あ。ダメだ。こんなの素直に伝えられるもんか。
「か……乾いたな!喉!!」
「え、あ、うん。そうだね」
何やってんだ俺はぁ!?
ポカンとした顔をするシーナの顔を見れずにソウルは頭を抱えた。
だって、仕方ないだろう。まさか……まさかこんな不意打ちが来るとは……!
「え…えーと……」
1人ですったもんだしていると、今度はシーナが口を開く。
「そ、そそそその……あの……か……かかかか」
「か?」
「か、風邪ひいてない!?大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよ……?」
今度はソウルの方が呆気に取られてしまう。
突然何だ?俺、元気ないとこでも見せてたっけ?
そんな事を思いながらガシガシと頭をかくしかない。
「「………………………………」」
そして沈黙。互いに次の言葉を探せないでいた。
ダメだ。しっかりしろ、俺!
氷のように硬くなった頬を叩きながらソウルは気合を入れ直す。
ガストとの誓いを忘れたか!こんな所でまたビビっててどうする!?
ちゃんと、向き合うんだ。大切な人に想いを伝える為に、全力を尽くすと決めたはずだ。
そのための一歩を踏み出せ!
「「あの……」」
ソウルが口を開くと同時、シーナもまた同じように言葉を発する。
「「…………え?」」
そしてお互いの顔を見つめ合う。
ルビーよりも綺麗で、銀の絹よりも滑らかな髪がソウルの目に焼き付くようだった。
「「…………ぷっ」」
シーナのポカンとした顔が変におかしくて、それでいて微笑ましい。そして……。
「「あはははっ」」
互いに笑いが溢れた。
「何やってんだよ、俺が話そうと思ったのに」
「私だってそう。おかしいね」
いつぶりだろう。こんな風に何気ない事で笑い合えたのは。
緊張の氷がじわりと溶けていく。
それはシーナも同じだった。
「行こうぜ、シーナ」
「うんっ」
そしてソウルとシーナは2人並んでシュタールの街へと繰り出した。