間章
夕飯の時間。ナースはガラリと扉を開いて病室に入る。
「さぁ、ご飯の時間よ?」
「お残しは許さないわよ?」
「ほら、寝てないでさっさと食べなさい。座薬をぶち込むわよ?」
ゾロゾロと屈強なナース達が部屋に入ってくる。
「おーおー。待ってたぜ」
「ふん。この病室じゃあ飯ぐらいしか楽しみがないからな」
ギドとライはそう言ってベッドから身体を起こす。
「…………あら?」
ところが、反対のベッドに寝ているノエルだけは一向に反応を示さない。
「起きなさい。ご飯の時間よ?」
「ほら、いつまで寝てるの?」
「冷めちゃうわよ?」
屈強なナースは3人がかりでノエルの布団を引っ張る。ところがノエルは布団がちぎれるのではないかと思うほどに抵抗を見せた。
「全く……仕方ない子猫ちゃんね」
「ほら、やるわよ」
暴れるノエルを押さえつけ、布団を無理やり引っ剥がすと、そこには……。
「「「……………………誰?」」」
「こ…ここここんにちは……」
ベッドの中から姿を現したのは包帯まみれの緑の髪をした気弱そうな青年だった。
「…………どう言うことかしら?」
ギラリとナースの視線がギドとライの方に向く。
「カッカッカ。おいおい、もーちょい粘れよセオドア」
「ノエルが目的を果たせなかったらどうするんだ」
「う、うるさい!元はと言えばお前達が僕を巻き込んだんだろぉ!?」
ナースに組み伏せられながらセオドアは悲鳴をあげる。
「どう言うことかしら……?」
「ち、違うんだ!僕はこいつらに嵌められたんだ!!だからやるならこいつらだけにしてくれ!!」
ーーーーーーー
時は少し遡る。
病室の窓から外を見るノエル。その視線の先には誰かを探すようなアルの姿があった。
「………………」
その顔は至って真剣なものに見える。だが、ノエルにはそれがきっかけさえあれば堪えている何かが崩れ落ちてしまいそうに見えた。
「……何見てんだよ」
「カッカッカ。どーせアルだろ」
そんなノエルを見てギドとライは色々と察する。
「ふがふが(うるせぇ)」
「いいだろ。今更俺らに隠したって意味ねーぜ」
ノエルを甲斐甲斐しく看病するアル。そんなアルにそっけない態度を取りながらもアルがいなくなると言葉数の減るノエルを間近で見て来た2人には全て筒抜けだろう。
「……ふが(くそ)」
あんな痛々しいアルを放っておく事などノエルにはできなかった。
こんなノエルに何ができるとも思えないが、無意識的にノエルは行動を始めていた。
窓は……ダメか。魔封石の鉄格子が嵌められてやがる。
牢獄並みに守りが厳重な病室にノエルは舌打ちする。
ならば、正攻法で扉から……。
ガラッ(ノエルが扉を開く音)
ズゴゴゴゴ……(筋骨隆々のナースが放つ威圧の音)
ピシャン(ノエルが扉を閉める音)
ダメだ。こんなモンスター突破できる気がしねぇ。
「ふが……!(くそ……!)」
「やめとけ。今の俺たちじゃあのナースの突破は無理だ」
「カッカッカッ。まぁだろうわな」
悔しそうに地面を蹴るノエルを見てギドは笑う。
「ノエル、少しだけ待ってろ」
「ふがぁ!!(待ってられるか!!)」
「もう少ししたらお前をここから出してやらぁ」
「ふが……?(何を……?)」
ギドの言葉に首を傾げると、突如病室の扉が開かれる。
また座薬をぶち込まれる!?と恐れおののきながらノエルが扉から飛び退き、フーッ!と威嚇するとそこには黒いフードで顔を隠した男が屈強な大男たちを連れて入ってきた。
「ふが……?(誰だ……?)」
「調子はどうだ?ギド、ライ」
「よぉ!久しぶりだな、あんちゃん達!!」
フードを上げて姿を現したのは緑の髪をした1人の青年。セオドアだった。
「おーおー、来たな。セオドア」
「まぁな。今回の革命の功労者に呼ばれれば断れるはずもないだろう」
そう言ってセオドアはドカリと病室の椅子に腰掛ける。
「…………で?僕に一体何のようだ?」
ーーーーーーー
「……それで?ノエルちゃんの代わりにあなが身代わりになって抜け出したってわけね」
「そ、そうだ!僕は悪くない!あの馬鹿どもが変に乗り気だったから!!」
ノエルの話を聞いて、嫌がるセオドアを無理やり包帯でがんじがらめにして行った仲間達の顔を思い出しながら叫ぶ。
「そりゃそーだろ」
そんなセオドアに悪どい笑みを浮かべながらギドは言う。
「考えてもみろ。ダチが好きな女の為に自分の身もかえりみねぇで行くって言ってんだ。それに協力しないなんて男が廃るって奴だぜ?」
「君はそんな殊勝な男じゃないだろ!?」
損得勘定で動く男がそんなこと考えるはずがない。
どうせ、これも面白がってやってるだけだ。
「だから!やるならあの2人とノエルにしろ!」
「………………はぁ」
てっきり怒り狂うかと思ったが、意外なことにナース達は深いため息をついて肩をすくめて見せた。
「ノエルちゃんに罰なんて与えないわよ」
「……ほー。こいつは意外な展開だな」
予想外のナースの反応にギドは目を丸くした。
そんなギドに向けてナース達は口々に言う。
「当然よ。女はみんな、恋の味方」
「素直に言えばよかったのに。全く……不器用な子猫ちゃんだこと」
「惚れた子の為に、監獄を抜け出して……その子を支えるなんて……何て漢気なのかしら」
「おい。今、しれっとここのこと監獄って言ったか?」
そんなライの突っ込みが入るが、セオドアにはどうでも良いのでサラッと受け流す。
「しかも、その子は他の子が好きなんでしょ?泣ける……泣けちゃうわ!私!」
「何て健気なの……!私、ノエルちゃんのこと見直したわ!!」
「そんなノエルちゃんをいじめる!?そんなことするわけないでしょう!?」
3人の内、1人は腕で目を擦って大泣きする始末。
「よ、よかった……」
そんな中、セオドアはほっと一息をついた。
この感じなら、お咎めはなさそうだ。
「仕方ないわ。だったら座薬はこいつに打ちましょう」
「…………はぁ!?」
セオドアは耳を疑う。
「何でだ!?僕は巻き込まれただけだと言っただろう!?」
「かもしれないわ。でも怪我人を逃す為に身代わりを買って出るなんて……今後は許されることじゃないわ」
「そんな悪い子にはお仕置きが必要よ?きっっついのがね」
「じゃ、じゃあ!ギドとライはぁ!?」
「次からはちゃんと相談しやす!」
「もう同じことは2度としません!」
「……だ、そうよ」
「お前らぁ!?」
既にギドとライは教育済みだった。
「ほら、さっさとお尻を出しなさい」
「大人しくしてたらすぐに済むわよ」
筋骨隆々な筋肉ナース達が集まってきてセオドアの身体を取り押さえだす。
「う、嘘だろ!?僕はどこも悪くない!座薬なんていらない!!これは不当だぁ!!」
セオドアは涙目で筋肉ナースたちから逃れようと身を捩らせるが非力なセオドアに抵抗する術などない。
「うふふ、逃がさなわよ」
「安心なさい。お姉さんたちが可愛がってあ・げ・る♡」
「ほら、早くおしりを出しなさい」
「おーおー。ナースに言われればグッとくるだろ?頑張れよー」
「諦めろ、ノエル。下手に力を入れる方が苦しみは長いぞ」
「い、いやだぁぁぁぁあ!?!?」
少し前にも似たような光景を見たような気がするなぁ、なんて事を思いながらギドとライは夕食につくのだった。