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間章

 イーリスト国考古学研究所。


 イーリスト国の考古学を極めた研究者たちがその知識を磨く、イーリスト考古学の最先端。


 その巨大な研究所の1番端の小さな小部屋。古びた研究室の中で1人の少女が唸っていた。


「うーん……」


 橙色のショートカットの齡10歳の考古学者、エレナは自身の机に齧り付いて分厚い研究ノートと睨めっこする。


「エレナちゃ……エレナ先生。少し休憩なさってはいかがです?」


 そう言ってエレナの小さな机にココアを置くのはエレナの唯一の助手ことクイン。黒縁の丸い眼鏡と長く伸びた黒髪が特徴的な若い女性だ。


「そー言ってもなー。もー少しで良いとこまで行けそうなんだよー」


 クインの淹れてくれたココアに口をつけてエレナは伸びをする。


「全く、その歳であまり無理をすると背が伸びませんよ?」


「うぐっ……!?」


 エレナは口に含んだココアを吹き出しそうになった。


「う、うるさいなぁ!子ども扱いすんなっていつも言ってんだろー!?」


 このクインは考古学者の中では女性ということもあって無害な数少ない研究者。


 男社会な考古学の世界。女で子どものエレナは常に危うい立場にある。そんな彼女にとって唯一と言っていい味方であるクインだが、どこかエレナを子ども扱いしているように見える。


「いえいえそんな。エレナちゃ……博士のことを子ども扱いなんて」


「そう言うとこだぁ!!」


 敵意や害のある訳ではないのだがエレナとしては少々やり切れない気持ちになる。


「それで、エレナ先生。解読の進捗はいかがですか?」


 それでも、エレナの考古学の力を認めてくれていることだけは確かなのでエレナとしても頼りにしている助手な訳だが……。


「どうもあの遺跡の文自体が暗号になってるみたいでさ。ただでさえ古い言語で難解なのに、そりゃこれまで誰にも解読できなかった訳だよ」


 エレナが解読しているのはとある洞窟の遺跡の古代文字。青銅の巨人遺跡と呼ばれる青い魔石で作られた遺跡の奥に刻まれていた古代文字だ。


 これまで何度か調査が敢行されてきたが、結局どれも失敗に終わってきた。


「流石エレナ先生!……で、そこには何が書かれていたんです?」


「まだ全部が解読できた訳じゃない。けど……」


 パラパラと辞書のようになったノートをめくりながらエレナは語る。


「ここには……誰かの存在が示唆されてるみたいだ」


「誰かの存在?」


「あぁ。魔法大戦時代に活躍した英雄らしい」


「魔法大戦時代に活躍した……つまり7聖剣の使い手と言うことですか?」


 この国の歴史に倣うのなら、魔法大戦時代に活躍した英雄と言えば覇王を打ち倒したとされる【7聖剣】の使い手だろう。


「いや……どうやら違うみたいだ」


 だが、ここに示されているのは聖剣ではない。


「……と言うことは、あの公開裁判で言及があった【七賢者】ですか?」


 ソウルの公開裁判で存在が言及された【七賢者】。魔法大戦を終わらせたのは【聖剣】ではなくこのイーリスト国が邪法とする召喚術を扱う召喚術士だと言う。


「それなら、これだけ難解な暗号として残されているのも納得と言えるのではないでしょうか?」


 クインの仮説は的を得ている。


 仮にあのシンセレスの聖女の言葉が真実だとするならば、聖剣を神聖視するイーリスト国にとって召喚魔法は邪魔な存在。


 邪法として扱い、存在を抹消するのも頷けると言うものだ。


 ただ単にその真実を後世に残せばすぐに存在は隠蔽されてしまう。だからこそ古代の文字と暗号によって地の底の遺跡にその真実を隠した。実にいい仮説だ。


「正直、私もそう思った。でもちょっと違うんだよな」


 まだ全て解読できた訳ではない。それでもエレナは首を横に振った。


「と言いますと?」


「これは特定の『誰か』の存在を残した……1つの【伝記】みたいなもんだ」


「特定の誰か?」


「うん。でもどうしても特定までいかない。よっぽどこの暗号を作った奴は癖が強い奴だったんだろうな」


 エレナの知識と頭脳を精一杯に注ぎ込んでも唯一突き止められたのはその男の名前だけだった。


 うーん、と唸るエレナにクインはジト目を向けながら悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「それにしても、あの公開裁判から随分熱を入れて研究に熱をあげてますね」


「…………っ!」


 エレナの顔が真っ赤に染め上がる。


「確か……随分とお世話になったんですよね?件の青銅の巨人遺跡で、あのシン・ソウルって騎士と」


「べっべっ別に!私はなんとも思ってないし!」


「あらぁー本当ですか?あのヨーゼフからかっこよく庇って貰ったとか、【闇聖剣】の使い手から颯爽とエレナちゃんを助けてくれたとか……」


「ワーッ!ワーッ!どこで聞いた!?誰がそんな噂を流してやがる!!」


「おっ、おっ?やりますか?」


 エレナは顔を真っ赤にしながら採掘用のハンマーを振り回す。そんなエレナの攻撃をクインも採掘用のハンマーをぶつけて受けて立つ。


「大体!私はあの遺跡から出た後のことはあんまり覚えてねぇの!洞窟の中ですぐ気を失っちまって気がついたら地上の本部に合流してたし!それに関しては別にソウルに助けて貰ったわけじゃねー!」


「じゃあ、どうしてそんなに必死なんです?」


 ハンマーを振り回していたエレナの手が止まる。


 そして俯きがちにその心の内を語った。



「……もし、召喚術士が悪じゃないって証拠を見つけられたら、あいつ帰ってこれるかもしれないだろ?」



 青銅の巨人遺跡の文献が召喚術士の正当性を示すものならば、召喚術士への偏見が消えるかもしれない。


 エレナの考古学者としての力がソウルの助けになるかもしれない。


 ソウルが認めてくれた私の力がソウルの助けになるなら……これ以上に嬉しいことは無いと思う。


 だから、その可能性があるこの暗号を解くことに必死になっていた訳だ。


「あいつの為に今は私ができることを最大限やるだけだ!それ以上の意味は無い!終わり!ほら、さっさと作業に戻るぞ!!」


「はいはい。エレナちゃんは可愛いですね」


「子ども扱いすんなし!」


 微笑ましいものを見るようなクインを睨みつけたあと、エレナは深いため息をつく。


 そんな事をやっていると、ふとクインが何かに気がついたように研究所の廊下に目をやる。


「………………?何やら外が騒がしいですね」


 クインの言う通り、確かに外が騒がしい。何かの怒声や悲鳴のような声まで聞こえてくる。


「ちょっと見てきます。エレナちゃ……先生は中で待っていてください」


 そう言って結局エレナを子ども扱いするクインを見送ったエレナは再び分厚い研究ノートを見つめる。


「はぁ」


 お前がどこの誰なのか、どう言った人物なのかも分からない。


 分かっているのはお前の名前だけ。こんな名前、これまでたくさんの考古学を学んできたエレナですら聞いたことがなかった。


 歴史の影に隠れた存在。この暗号が示すのは【歴史に葬られし英雄】と呼ばれるその男。



「一体……お前は何者なんだ?……【ゼロ】」

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