兄離れ
ゼリルダが去った後、ソウルは仕方がないので部屋に戻るためにオデットとシュタール城の中を歩いていた。
「ゼリルダ、なんか思いついたみたいだけど大丈夫かな」
「どうだろ。でもゼリルダは意外としっかりしてるところはしっかりしてるから」
「そういやお前、ゼリルダと随分仲良くなったみたいだな」
「うん。碌でもない兄貴を持った同士感じるものが多かったのよ」
「……返す言葉もない」
ソウルもフィンも、妹を残して何年も側を離れてしまった。逆のことを言えばオデットとゼリルダは兄に残された者同士ということになる。
だが、後ろめたさを感じるソウルとしては耳の痛い話でもある。
「あ、でももう謝んないでよね」
そんなソウルの心情を察してかオデットは言う。
「私もゼリルダも、もう整理ついてる話だから。あの時はソウル兄も苦しかったの分かってるし、ゼリルダのこともソウル兄がちゃんと話してくれたんでしょ?」
「まぁな」
ヴルガルド革命を終えて、ソウルはゼリルダにフィンの全てを伝えに行った。
決して、ゼリルダのことがどうでも良くなったわけではないこと。ゼリルダを救うためにフィンがどんな日々を送ってきたのか。
ソウルの話をゼリルダは涙を流しながら聞いてくれた。
「ゼリルダも言ってたけど、ソウル兄ができることはきっとみんなやってれた。だからちゃんと胸張ってなさいよ」
「…………頑張るよ」
「ん」
そう言ってソウルを見上げるオデットの頭をソウルはポンポンと撫でた。
「……あ、そうだ。ソウル兄」
すると、オデットはソウルから目を逸らしながら告げる。
「あのさ。とりあえずヴルガルド国のこと色々片付いたじゃない?」
「あぁ」
まだちゃんとゼリルダと同盟の話は進められていないが、後は彼女とちゃんと話すだけ。正直自由奔放なゼリルダを捕まえられるのかという一抹の不安はあるが、それも時間の問題だとも思う。
だからヴルガルド国のことについてはおおよそ片付いたと考えていいだろうか。
「でさ。それから先ソウル兄はどうすんのかなぁって思って」
「その先……か」
ヴルガルド国との同盟を進めたその先の話。
「そうだな。取り敢えず一旦シンセレス国に戻ろうかと思ってる」
同盟を組めたにしろ組めなかったにしろ。シンセレス国に戻って状況をエヴァ達に共有しておく必要があるだろうし、何かしら動くにしてもシンセレス国の協力は必要になる。
なら恐らくシンセレス国に戻ることになる可能性が高いだろう。
「そっか。やっぱりそうだよね」
オデットもそれを予見していたような反応を見せるが、同時にどこか悲しそうな顔をして見せた。
「どうしたんだ?」
「いや…さ。その、実は私……」
「ヴルガルド国に残ろうと思ってるってか?」
「え!?」
ソウルの言葉を聞いてオデットは驚いた顔を見せる。
「な、なんで分かったの!?」
「お前のことぐらい見てたら何となく分かるよ。ゼリルダのこと心配なんだろ?」
オデットはゼリルダのことが他人事と思えないほどに仲良くなっている。そんな彼女のことだ、このままゼリルダを残して側を離れることが心配なのだろう。
「う、うん。それにさ」
ソウルに見抜かれたことが予想外だったのか少し困ったような反応でオデットは続ける。
「今回の旅と戦いで、私まだまだ力不足だなって思ったの」
オデットはゴソゴソとポケットの中から片手サイズのガラス玉のような物を取り出すと、ソウルにそっと見せた。
「ずっと触ってたけどそれ何なんだ?」
「これは、私が新しく作ろうと思ってる【魔法道具】よ」
オデットの手で光を放つガラス玉は砂煙のようなものが中で渦巻いているように見える。
「10の邪神達を見て改めてその強さを実感した。それに10の邪神達にはそれぞれ厄介な力があるのも分かった」
今回の10の邪神ファーロールの保有能力、【魔法貫通】によって、奴に付けられた傷には回復魔法の類が通用しなかった。
そのせいでフィンを初め、救えなかった命はたくさんあった。
「ハスターにも人の心を惑わす力があったし、シンセレスで暴れたクトゥグアの下僕、ザーも人を焼き焦がしながら操る力があったんでしょ?言うならば呪いみたいなものよ。今の私達にそれに対抗しうる力は無いと言っていいと思うの」
これから相手にするファーロールと同等以上の力がある10の邪神ならば、似たような力を持つ奴がいてもおかしくないだろう。
ザーの力はあのメルヘン婆さんのくれた魔法道具で何とかなった。しかしファーロールの力に対してはソウル達は対抗手段を持っていない。
奴を倒すまでは手も足も出せなかった。
「私は本腰入れて奴らの呪いに対抗するための魔法道具を作りたいの。正直、これまで作ってきた物の中でも1番難しい物になる。だからできるかどうかも正直分かんない」
ソウルはこれからシンセレスやイーリストなどあちこちに飛び回らなければならない。そんな落ち着かない状況では恐らくオデットの言う魔法道具の開発も進まないだろう。
だから、ゼリルダのいるヴルガルド国に身を置いてしっかりと10の邪神に対抗できる力を生み出したい、という話だ。
「ソウル兄が大変なのは分かってる。なのにこんなわがまま言ってごめん」
けれど、これはある意味上手くいく保証もない。オデットにとっての挑戦なのだ。
そんな不確定なものの為にソウルの側を離れることにオデットは抵抗を感じていた。
「何言ってんだよ」
申し訳なさそうに肩を落とすオデットの頭を撫でながらソウルは笑う。
「俺の事なら心配すんな。きっと大丈夫だから」
「でも……」
そう言ってこちらを見あげるオデットは悲しそうな、寂しそうな顔をしている。
きっと、再会して側にいたソウルがいなくなる事が寂しいのだろう。
「どれだけ離れていても、俺達の絆は変わらない。別々の国にいようがお前はずっと俺の妹で、俺はお前の兄貴なんだ」
例え、そばを離れることになっても心が離れるわけじゃない。
2人の間には確かな絆があるとソウルは信じている。
「頼りにしてるよ。きっとお前ならその新しい魔法道具を作り出すことができるはずだ」
ソウルはそっとオデットの背中を押す。
「大丈夫、お前なら俺がそばにいなくてもやれる。それにもしお前に何かあったらすぐに飛んで帰ってくる」
「……うん」
オデットは頭に乗せたソウルの手をギュッと掴んで自分に押し当てる。
少しの間そうしていたかと思うと、ふっとソウルから一歩距離をとった。
「……ま、そうね。私がいなくてもソウル兄にはシーナがついてるんだし何とでもなるか」
「なっ……!お前……!」
「嘘よ、冗談だって」
そう言って振り返ってオデットはどこか悪戯っぽく笑って見せた。
「ソウル兄。約束して」
「約束?」
ガシガシと頭をかくソウルにオデットは言う。
「ずっと側にいなくてもいい。だからこれからもずっと私の兄貴でいて」
一緒にいるだけが絆じゃない。
例え離れた場所にいても心が繋がっていれば繋がっている。
だから、しばしの別れ。ソウルが成さなければならないことを成すために、オデットができることをする。
ソウル兄を助けるために、私はこの国に残る。
「側にいるだけが兄妹じゃないでしょ?例え離れ離れでもあんたはずっと私の兄貴!そう言うこと!」
「……そうだな」
そんな風に微笑むオデットを見てソウルはどこか嬉しいような、寂しいような気持ちに駆られる。
何だかんだで甘えん坊だったオデットが、自分の意思で側を離れていく。
きっと、これはオデットの成長……言うならば兄離れなのかもしれない。
そんなオデットの変化を嬉しく思うと共に寂しく思った。
「約束だ。例えこれ先どんなことがあっても俺はお前の兄貴で、お前は俺の妹だからな?忘れんなよ」
「ソウル兄こそ!私がいないからって寂しくて泣くんじゃないわよ?」
そう言って強がるオデットの目尻薄らと滴が溢れているのをソウルは気が付かないふりをした。