【間章】ポピー奮闘劇
時は少し遡る。
解放軍とカミラ達の前にファーロールが現れた時のこと。
「……セオドア。起きてんなら1つポピーに言って欲しいことがあんだけど」
通信が途絶えたセオドアにカミラは呼びかけた。
あのセオドアのことだ。襲撃されても何かとしぶとく生き延びて息を潜めているに違いない。通信がないのもマナを抑えてどこかに隠れているからだろう。
いや、そうでないと困る。だからとっとと反応よこしな。じゃないと取り返しがつかないことになるよ!
ビン……
セオドアの魔法を感じる。やはりセオドアはまだ生きてる。
「ポピーに、地下のソウル君を迎えに行ってって伝えて」
『ソウル君……ギド達の大将か』
「そ。ポピーの身体の大きさなら空気口とかから地下に入れるでしょ」
ポピーの妖精の身体なら小さな隙間から地下道に潜れるはず。そして彼女の魔法は物体を圧縮する魔法。
その力があれば見上げるほどのドラゴンでさえ小さな球体に押し込めて持ち運ぶことができる。
つまり、地下に囚われたソウル君達を解放させることができるはずだ。
『……分かった』
それを最後にセオドアからの通信は途絶えた。
ーーーーーーー
同時刻。
ギド達は商業区に向かおうとする。だがそこに立ち塞がるのは黒い異形の化け物だった。
「クソ……何だこの黒い奴らは!」
「まさか、セオドアと潰した人体実験ってこいつらを作ってたとかそういう事か?」
産業区で労働者をこき使うだけこき使って、くたばりそうになったらこの異形の化け物に作りかえる。人道もクソもない腐ったやり口だ。
「さて……どーする?」
こいつらを、突破して商業区に行くのは骨が折れそうだしモニカ達の方に動きもあったようだ。
「ちょっちょい!どーいうことよそれ!?」
ギドがどう動くか考えあぐねていると、ポピーが突然声をあげる。
「何だちっこいの」
「セオドアから通信!地下のソウルを迎えに行けって……そんなん言われても……」
「「…………っ」」
ソウルを迎えに……か。
ギドとライは顔を見合わせる。
「よし、行け妖精!とっととソウルの奴をここに連れてこい!」
「あいつか来るなら何とかなるだろ!俺達はモニカ達の援護に向かう!」
「よっしゃあ!!俺達もそっちに行くぜ!!」
「おらぁぁぁあ!!!」
「え……えっえっえぇ!?嘘!そんなことある!?」
ギドとライを先頭にここにいた解放軍達はそのまま一直線に駆け出してしまった。
「えぇ……」
1人取り残されたポピーは逡巡する。
どうするべき?ここでポピーもみんなの後を追うべきか……それともセオドアの言う通りにソウル達を地下から連れ戻すか……。
「一択じゃー!!」
ポピーはパタパタと飛び上がるとそのまま城の方へと飛ぶ。
だって、ヤバい奴って絶対レイオスとか噂のファーロールとか言うバケモンでしょ!?あたいに敵う訳ないって!一瞬で殺されるって!!
そんなヤバい奴と戦ってられるかぁ!だったらソウル達を連れてきてどこかに隠れるのが1番!
問題は地下に続く道を見つけることだが……。
「あそこかも……」
シュタール城に続く城前広場。あそこの中心に不自然な鉄の格子があるのを見たことがある。流石に気味悪くて中に入ったことはないがきっとあれは地下に続く穴と見て間違いないだろう。
「……ん?」
眼下を見下ろすと、黒い人影が街の人々を襲っている。
流石に、放っておけないか。
「ルビー!サファイア!街の人を守ってあげて!!」
2体のドラゴンを街に解き放つ。
あの程度の敵ならあの2匹に任せて充分だろう。
そんなことをしながらポピーは地下の通路へと侵入。広場の格子の下は円形になっておりここを中心に地下道が広がっている様だった。
その中心でポピーは耳を澄ませる。
ソウル達は一体どこか……。
北西の通路からバシャバシャと何人もの人間が走る様な音が聞こえてくる。
「そっちかー!?」
ポピーは音の方を目指して飛行。
すると、先ほど街に溢れていた黒い人影が一目散にどこかを目指して走っている。その先には1人の青年が黒い剣を振り回していた。
「いたーー!!!ソウルだぁぁあ!!」
「え!?何!?その声……ポピーか!?」
「そーだよあたいだよ!カミラからあんたを連れ戻す様に言われてきたんだよ!フィンは!?」
「あいつは先に行かせた!残ってるのは俺だけだ!」
なるほど。フィンはもう既にここから脱したのか。ならあとはソウルを連れて脱出すれば任務完了である。
「りょーかい!そんじゃさっさと行くよ!!カミラ達を助けに行って!」
「ま、待ってくれ!ここにノエルがいるんだ!このまま放っておくわけには……」
ソウルの言う通り壁の中には黒い氷に包まれた1人の獣人の姿がある。
「ふん!あたいを誰だと思ってんの!?【風霊】に【圧縮】のマナ!【収納】!」
ポピーが魔法を発動させる。するとノエルが入った氷がシュンっと音を立てて消えてしまった。
「んな……!?」
「安心して!獣人はここにいるから!」
唖然とするソウルにポピーは告げる。
見るとポピーの手のひらには小さなガラス玉のような物が握られており、そこには小さくなった黒い氷とノエルの姿があった。
「ほらソウルも!」
そう言ってポピーはソウルに向けて手を伸ばす。だが、ソウルはその手を取ることを躊躇した。
え……俺もこんぐらいの大きさに圧縮されるってこと?
潰れない?息できるの?というか、こんな状態で振り回されれば酔いそうだなぁ……。
「なぁ……他にほうほ……」
「【収納】」
ソウルが何か言う前にソウルの体はポピーの球体の中に吸い込まれてしまった。
ーーーーーーー
そして、ポピーは産業区……戦場に舞い戻る。
「……っ!?」
「おい、街が……」
産業区だった場所は無惨に破壊され、南の城壁には見事な風穴が空いている。
どれだけ激しい戦闘があったのか……。
「っ!おい、ポピー!」
球体の中からソウルがポピーに呼びかける。
見ると、産業区の瓦礫の上で激しい戦闘を繰り広げるフィンと、人の形をした木の化け物の姿が見える。
まさか……あれが、ファーロール……!?
やば!?あの剣の動きとか見えないんですけど!?あんな奴、人間に勝つことできんの!?
「無理無理無理!?あんなの勝てんって!!逃げよう!?」
「違う!ポピー、真下だ!」
ソウルの声を聞いてポピーが視線をそちらに向けると、そこには……。
「うげ……ダゴンとヒュドラだ……!?」
レイオス側陣営最後の刺客。
ダゴンとヒュドラが今まさにシーナの目の前に立ち塞がり、何か言葉を交わしている。
あの空気的に楽しい井戸端会議なんて物じゃない。不穏な空気がプンプンしている。
「ちょーっ!?何この状況!ヤバいんですけど!?」
前方にはファーロール。後方にはダゴンとヒュドラ。
どちらか片方だけでも強敵なのに、その驚異がここに集ってしまう。
このままではファーロールとダゴン達に挟み撃ちにされてこちらの勝利は絶望的だ。
「………………っ」
そうはいかない。
ここでダゴンとファーロールを合流させる訳にはいかない!
きっと……フィンはゼリルダと再会できたはず。
ならば、きっとフィンが負けるはずがない。
だって、あいつはふざけた奴だが誰よりも優しくて、強い男。
ゼリルダを守るためならきっと、どんな敵だって倒せるはず。あのファーロールをも超えて勝利を手にしてくれるはずだ。
それに、このままじゃシーナが殺される!そんなことはソウルは絶対に許せない。
だったら、ソウルがやるべき事は1つ……。
「ポピー……俺をあそこに降ろしてくれ」
「ほんと!?正気!?」
「あぁ!このままじゃフィンもシーナもやられる!だったら俺はダゴンとヒュドラを止める!」
ソウルの成すべきこと。それはフィンの勝利を信じて、ダゴンとヒュドラの追撃を止めること。
そして、そこにいる大切な人を守ることだ。
「もうっ!ここでいいんだね!?あたいはダゴンに勝てないし!すぐに逃げるよ!?それでいいんだよね!?」
「あぁ!それでいい!頼む!!」
「そんじゃ!任せたから!!後よろしく!」
そう言ってポピーはソウルの入った球体を投げる。それはダゴンとヒュドラの目前に落下し、弾けた。
自身の身体が空気を吸って膨らむ。そして見上げるほどの大きさだったダゴンが縮み、自身と同じぐらいの大きさになる。
さぁ……最後の戦いだ。
長い、ヴルガルド国を巡る旅。迷いの石窟を超え、ノーデンスを討ち倒し、シンセレス国と同盟を結ぶための旅路はついに終着点を迎える。
このダゴンを止め、フィンに勝利を。
そして、後ろにいるソウルにとって大切な存在を守るための戦い。
「助けに来たぞシーナ。待たせてすまねぇ」
あらゆる物をかけた、ソウルのヴルガルド国最後の戦いが今、幕を上げるのだった。




