ヴルガルド革命【厄災戦7】
バハムートとの殴り合いをしながらファーロールは笑う。
まさか……これほど楽しめるとは。あの何の輝きも持たぬくすんだ黒の鱗が、まさかここまで強くなるとは思わなかった。
あの時殺しきれなかった偶然にファーロールは感謝する。
だが同時に、思う。まだ渇く。やはり足りんと。
もっと、引き出せ。もっと我を楽しませろ。
そして我の全力を受け止めてみよ。
その為に足りないあと1歩が歯痒かった。
「ふ……」
ならば……慣れないことをするか。どこぞの姑息なあやつの真似事を。性分には合わんが……それでこの娘の全てを引き出せるのならそれでいい。
「思い出すな……!小娘!!」
バハムートの爪を受け止めながらファーロールは叫ぶ。
「あの王の間で貴様の父と!その子どもを斬り裂いたあの時を!」
「……っ!」
ファーロールの言葉にゼリルダが反応する。
「あの時取りこぼした貴様がここまで強くなるとは思わなかった!他の下賤な龍とは違い、生かしておいて良かったと今なら心から思うぞ!!」
「……何?」
下賤な……龍?
「そうだ!あの取るに足らぬ子龍……何の価値もない存在だったが、貴様の糧になったのであれば本望だろう!」
「何の価値も……ないだと……!?」
ファーロールの言葉が1つ1つゼリルダの胸を抉り、心の奥に秘めていたドス黒い感情が溢れてくる。
「貴様……!ファーロール!ファーロールーーー!!!」
1つ1つ、吐き出していくように。ゼリルダはファーロールに向けて攻撃を撃ち出す。
4年前の悲劇。家族を失った王の間での戦い。
父と兄、姉達が刻まれていくのを震えて見上げることしかできなかったかつての自分。
何て無力だったのか、と今でもたまに夢に見ては涙と自分の叫び声で目を覚ます。
ゼリルダにとって恐怖の象徴。それがファーロールだ。
けれど、もうかつての自分とは違う。
「【ドラゴン・ツヴァン】!」
翼を広げ、ファーロールに風を撃つバハムート。
堪えるようにしてファーロールはそれを受け止める。
いいぞ、まだだ……まだまだ、こんなものじゃない!!
「その程度か!?貴様の家族への想いなどその程度!下らんな!」
「黙れぇっ!【ドラゴン・クロウ】!!」
風で動きを止めたファーロールに追撃の爪撃。ファーロールはそれを剣で受け止める。
そんなファーロールを見てゼリルダは歯を食いしばる。
私の怒りと……みんなの苦しみは……!こんなものじゃ足りない!!
私にとって全てだった家族を殺し……愚弄するのか貴様は……!!
「例え家族が許そうと!私は決して許しはしない!!【連撃】のマナ!【ドラゴン・バラージ】!!」
バハムートの口から放たれるブレス。【ドラゴン・ブレス】とは違い、小さな風の塊を連続で撃ち出す小回りのきく技。
ゼリルダの激しすぎる攻撃を前に、ファーロールはただ身をかがめながらそれを受け止めている。
「どうした!?先程までの勢いはどこへ行ったのだ!?」
「ゼリルダ……!」
そんな彼女にシーナは呼びかける。
「ダメ……!乗せられちゃダメ!」
嫌な予感がする。だって相手はこれまで数々の敵を葬ってきた魔人ファーロールだ。そんな危険なこいつがそう易々と倒せるはずがない。
いつだって魔獣はこちらの想像を超えてきた。
何度も魔獣と戦ってきたシーナとしてはこのまま何もなくファーロールがやられるとは思えない。
そんな相手に怒りで視界を狭めてしまえばそれは自分の首を絞めるも同義。
復讐に燃えるゼリルダを見てシーナの脳裏に何故か腹違いの妹の姿がよぎった。
「黙っていろシーナ!私は黒龍の女王ゼリルダだぞ!奴が何を企んでいようがそれすらも全て超越してみせる!私の怒りで全てを破壊して見せる!!」
昂ったゼリルダは止まらない。息もつかせぬほどの勢いでファーロールを攻めたてる。
怒れる龍を止められる存在などありはしない。復讐と仇討ちのためにゼリルダとバハムートは暴れ狂い、ファーロールごと街を破壊していく。
そうだ……私は黒龍の女王ゼリルダ。
父上と同じ黒の龍鱗を受け継いだ。その力をもってかつての過去の悔恨を全て滅ぼせ。
この4年の怒りと憎しみを……!今こいつに全て叩き込む!!
「さぁ!行くぞファーロール!!我が最強の一撃の前に散れぇっ!【咆哮】のマナ……!」
バハムートの口から緑のマナが溢れ出す。
攻撃を絶え間なく叩きこまれたファーロールの動きが鈍い。きっとかなりのダメージを負ったに違いない。
この隙にバハムート最強の一撃を再び叩き込み、この化け物を討ち取る。
「お前だけは許さんからな!父上と……みんなの怒りを喰らうがいい!!」
今こそ、仇討ちの時。4年前の悲劇を全て精算する。
ゼリルダの呼応に答えるようにバハムートは力を解放する。
「放てぇっ!バハムート!!」
「バァァァァァアッ!!」
放たれる竜王の咆哮。それは身体を屈めるファーロールを穿つ。
捉えた。
ゼリルダは勝利を確信する。
あの位置からではもう逃げられまい。
バハムートの必殺技。龍の一撃は……。
ズンッ!!
ファーロールの身体を見事に捉え、巨大な爆発と共にファーロールの身体を吹き飛ばす。
激しい風撃の中でファーロールの体と思しき樹木の体皮が弾け、霧散するのが見えた。
終わりだ。全てこれで消滅させられる!
勝利を確信し、全てを葬り去る為ゼリルダは在らん限りを込めて咆哮を放ち切る。
「全てを出し切ってなお、この程度か」
ザンッ!!
刹那。
バハムートの放つ咆哮が真っ二つに斬り裂かれ、後方に流れていく。
「……っ!?」
【龍王の咆哮】が……斬られた!?
2つに斬られた咆哮の間を、1つの影が走る。
シュタールに吹く風よりも速く、そいつは跳躍。そのあまりの速さに、ゼリルダは反応すらできなかった。
「何あれ!?」
辛うじてその姿を捉えたシーナはそれを見て驚愕した。
大木を3本絡めたような姿をしていたはずのファーロールの姿はそこには無い。もっと圧縮されたような姿。
背丈は2m程まで縮み、その身は人の形をした木。その両手には変わらず龍をも断てる大剣が2つ。第3の腕はバハムートの攻撃で消し飛んでしまったのか腹の辺りに木が折れたような箇所があった。
「ふはははは!それではここまでにしようか竜王の妹よ!!始祖龍の幻影と共にここで散れぇっ!!」
超速でバハムートを肉薄するファーロール。その手に握られた大剣を大きく振りかぶる。
バハムートは超巨大な召喚獣。それ故にその力は圧倒的なものを誇る。だが一方で1つだけ致命的な弱点があった。
その巨大さ故、バハムートの全てを視認することができない。
バハムートの巨躯に隠れたファーロールの姿をゼリルダは見つけることができない。
さらに怒りで冷静さを欠いたゼリルダには到底不可能な話だった。
「【カースド・ベイン】!!」
ザンッ!!
バハムートの懐に飛び込んだファーロールはバハムートの腹部から大剣を振る。
バハムートの身体はその強靭な黒の鱗も意味をなさず、腹から真っ二つに引き裂かれてしまった。




