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ヴルガルド革命【ゼリルダの選択1】

 産業区で戦闘が起こったことでシュタール城内は騒然となっていた。


 バタバタと城の兵士が駆け回る音がシーナ達の過ごす客室にまで聞こえてくる。


「何かあったのかな?」


「ソウル達が見つかったとか?」


 近くの兵士に尋ねてみても、答えは返ってこない。


 街で何が起こっているのか情報が入らない以上、決断のしようもなかった。


 レイは頭をフル回転させる。どうするべきか。このまま状況を見て僕らも動くべきか。それともゼリルダの決断を待つか。


「どうする……?」


「…………仕方がない。動こう」


 だが、何かが起こっていると言うのならきっと十中八九ソウル達が何かしてるに違いない。


 このままここにいてもゼリルダから何かの答えが返ってくる保証はないだろう。ならば行動に走ったソウル達のフォローに入った方が賢明か。


「とにかく僕らも街に行ってソウル達と合流……そしてそこで狙いを聞いて僕らも手助けを……」



「待って!」



 レイの言葉に異論を唱える者が1人。


「まだ……まだ待って!ギリギリまでゼリルダのこと、待ってあげて!」


「オデット……!でも」


 今にも駆け出してしまいそうなレイとヴェンは焦ったような顔でこちらを向く。


「きっとゼリルダは答えを出すはずよ!」


「でも……その保証なんてどこにも」


「ないかも知れない!でも、だとしても!私はここでゼリルダを見捨てることなんてできない!ずっと独りで苦しんできたあの子の悲しみを私は誰よりも分かるから!だからお願い!もう少しだけ待って!」


 顔を真っ赤にしながらオデットは懇願する。


 彼女の必死の訴えを聞いて、レイ達もまた逡巡する。


 オデットの気持ちも分からなくはない。でも、かといってこのままにして良いはずもない。どうするべきなんだ。


「……私も、オデットの意見に賛成」


 すると、やり取りを黙って見つめていたシーナがそっと手をあげる。


「シーナまで!?」


「ゼリルダは……純粋で明るくて、優しい子だった。きっと、あの子なら正しい決断ができると思う」


「あんた……」


 予想していなかったシーナからの援護射撃にオデットは目を丸くした。


「そうね、直接話した2人がそう言うんだもん。だったら私もオデットさんの言うことに賛成。ごめんね、ヴェン」


 そして、エリオットもまた申し訳なさそうに可愛く微笑みながらヴェンにウィンクして見せた。


「……エリオットがそう言うなら」


「…………ぅ」


 さて、こうなると立つ瀬が無いのはレイである。


「……ご、ごめんね?」


 いたたまれない顔をするレイにシーナは頭を下げる。


「……大丈夫。僕も状況が読めなくて少し弱気になってたみたいだ」


 やがて、レイも1つ息をつくといつもの余裕の溢れた笑顔に落ち着く。


「待とう。ゼリルダの決断を」


 今は待ちだ。何か状況が動くまでゼリルダを待つ。そう思い、部屋に引き返そうとした、まさにその時だった。


 トントン


 客室の扉がノックされる。そして一呼吸置いたあと、ギィ……と扉が1人でに開いた。


 そこに立っていたのは……。


「ゼリルダ……!」


 件のゼリルダがそこに立っていた。


「う、うむ。長いこと待たせてしまって……すまなかったな。オデット、シーナ」


 神妙な顔でゼリルダは廊下をキョロキョロと見渡したあと、バッと客室の中へと飛び込んで扉を閉める。


「……私は、馬鹿だ」


 そして、閉じた扉の方を向いたままでゼリルダは語り始める。


「沢山……沢山悩んだんだ。その時、初めて気がついた。私は……あの日から自分で考えることをやめたのだと」


 あの日まで、拠り所にしていた全てを失って。ゼリルダは臆病になってしまった。


 たくさんのものに守られて、暖かく生きてきたゼリルダが突然独りになった。孤独は人の心を弱らせる。


 1人で立つことができない私の拠り所をレイオスが担ってくれた。それからはもう、レイオスの言うことを聞いてきた。


 自分の失った指標を取り戻すように。自分の不安を誤魔化すように。


 それまでの日々が……全て偽りだったのかもしれないという現実を、直視しないように。


 だから、兄を遠ざけた。兄と向き合うことができなかった。


 真実を知りたかったのならば、私が兄者を探しに行けばよかったのだ。それができなかった。理由はただ1つ。怖かったから。


 兄者との暖かい記憶が全て嘘だったのなら……私はもう生きてなどいけない。


 だから、逃げて逃げて逃げて。誤魔化してきた。


 こんなこと、一体誰に言えばいい?誰にも相談できずにずっと独りで抱えて生きてきた。


「でも……私だけじゃなかった」


 振り返ったゼリルダの瞳には大粒の涙が溢れていた。


「兄者のことで……苦しんでいたのは私だけじゃなかった。」


 初めてだった。等身大の気持ちで語り合えた存在は。


 己自身も気が付かなかったような苦しみ。オデットはこれまで漫然と抱えてきた悩みをさらけ出させてくれた。


 曝け出した上で、彼女は受け入れてくれた。


 だから……私も決断しよう。


 いつまでも、このままじゃ……私が嫌だ。


 手の届くところに兄者がいる。これが最後かもしれない。


 兄者に真実を聞くのも。再び兄者に私の気持ちを伝えるのも。


 このまま、平穏な暮らしを続けていく道もあるのかもしれない。


 兄者から逃げて今の鳥籠の中の生活を。


 でも……もう真実を知ることが出来るのは今しかないのだ。


「もう……寂しいのは嫌だ。独りは…嫌だ!私は兄者に真実を聞きにいく!そこで何を言われても……私は私の気持ちをぶつけてやるのだ!」


 だから、ゼリルダは決断した。茨の道を。どちらに転んでも傷つく道を選び、平穏の鳥籠を捨てて、今飛び立つ。


「ゼリルダ……」


 彼女の決意にオデットは涙が溢れそうになった。


「……大丈夫?」


 そんなゼリルダの肩は震えている。


 無理もない。だってこれはどちらに転んだとしてもゼリルダにとって地獄の真実を知ることになる。


 悪はレイオスか、フィンか。


 どちらもゼリルダにとって心の支えだった。だがそれらは相いれない。どちらが正しいのか……それを確かめるための決断。


「……問題ない」


 だが、それでもゼリルダは強く拳を握る。


 本当は臆病な自身の心に鞭を打つ。


 かつての思い出と、家族の愛を思い出して。


 

「私は……黒龍の女王、ゼリルダだ。偉大な父上の血を継いだ……王だから。何の問題もない。やってやる……やってやる」



 こうしてゼリルダはかつての過去と向き合うことを決め、立ち上がった。

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