厄災5
【龍の休み場】の一室で、ソウル達は準備を始めていた。
産業区の壁を破壊しに行く作戦に向けて力を蓄えたが、結局他の仲間達は現れないまま作戦決行の朝を迎えていた。
「大丈夫かな……」
ソウルは約束の日になっても宿屋に現れない仲間達を心配する。
「彼らも強い戦士。きっと大丈夫です。今は無事を信じて待ちましょう」
そんなソウルの呟きにシェリーがそう答えた。
「それよりも、私達も産業区の壁を破壊しに行かなければならない。気を引き締めなさい」
「……分かってる」
分かってはいる。だが、気持ちもまたついてこないのも事実。
割り切れ……と言われればそうすべきなのだろう。けれど、そう簡単に割り切れないソウルがいた。
「……全く、あなたという人は」
そんなソウルの頭をシェリーが優しく撫でる。
ソウルの不安が瓦解して涙がこぼれそうになった。
「……?ねー、なんか外騒がしくない?」
すると、ソファで目を閉じていたカミラがそんなことを告げる。
聞き耳を立ててみると、何やら外の喧騒が騒がしい。
「まさか見つかった?」
「いいや?何か……誰か【龍の休み場】に来るみたい」
外を覗くポピーにならってソウルも窓から外の様子を伺う。
そこに居たのは足を引きずりながらここへと歩いてくる1人の少女。
「……アル!?」
血まみれになったアルの姿があった。
ーーーーーーー
アベルに言ってアルをソウル達の部屋に通してもらう。
「アル……!おい、何があった!?アル!?」
「そ……うる……」
朦朧とした意識でアルはソウルの腕にしがみつく。
「とにかく回復を!」
「あぁ!【武装召喚】!【ネプチューン】!」
ソウルはポセイディアの武装召喚を発動。癒しの力をアルに送る。
「……っ!?傷が塞がらない!?」
だがアルに回復の力をいくら注いでも、アルの傷が塞がらない。
「私の…ことは……構いません……!ノエルが……」
それでも、アルは告げる。
地下で出くわした厄災と、そこで起こった事態について。
ーーーーーーー
「じゃあ……!まだノエルが地下に……?」
「えぇ……お願いです……!私はいいです、だからノエルを……!」
「……っ、とにかく横になりなさい。まずはあなたの傷を塞ぐのが先です!」
シェリーは宿屋のベッドにアルを寝かしつける。
「くそ……!何で治療魔法が効かないんだよ……!」
「分かりません。ですが……」
アルの背中の傷を見ながらシェリーが告げる。
「おそらく……ファーロールの力でしょう。奴の魔法か、あるいは……」
「【保有能力】か……!」
それが事実だとすれば、ファーロールにつけられた傷に治療魔法が効かないということ。
そんな危険な奴とノエルは地下に取り残されているのだ。
「すぐに助けに行くぞ!!」
「待ちなよ!」
ソウルが宿屋を飛び出そうとすると、カミラが声を張り上げる。
「ソウル君には……やらなければならない事があるでしょ!?」
「でも……!」
ここでソウルが飛び出して、ファーロールにやられるような事があれば、それこそ終わり。
「フィン……!」
「…………」
小さき竜人は腕を組みながら黙り込んでいた。
だが彼の丸い目は怒りに燃えている。
「……分かりました」
ソウル達の心情を察したシェリーはカミラに目を向ける。
「針と糸、後は湯を持ってきてください」
「え……!?ちょ、シェリーちゃん、何する気!?」
「このまま放置する訳にも行かない。ここで処置します」
「ちょちょちょちょ!?待ってよ!?」
迷いのない動きでアルの服を剥ぎ取るシェリーを見て、ポピーが慌てふためいている。
「ホントにやんの!?ヤバいって!」
「自分の傷なら数え切れない程処置してきました。応急処置のやり方なら、父に叩き込まれています」
死神時代。騎士を狩る亡霊だったシェリーがまともな医者にかかることなんてできなかった。
だから戦いで傷ついた時には全て自分で処置してきた。
それ相応に、手当の心得はあるつもりだ。
「私も力を貸そう。アルファディウス様の執事として、最低限の医療の知識は身についている」
「力をお借りします」
そう言ってアベルは部屋を飛び出して治療道具を取りに行った。
「よし……行くぞ、フィン!」
「あァ。ノエルを助けに行ク……!」
そしてソウルとフィンは地下へと繋がる暖炉の中へと飛び込んで行った。
ーーーーーーー
鉄砲玉の様に飛び出して行った2人を見て、ポピーは頭を掻き毟る。
「あ゛ぁぁぁあ!?ホント!カミラの時といい!城でのことといい!ソウルってバカなんじゃないのぉお!?」
これからヴルガルド国で革命を起こそうとするような男が、1人の仲間の為に国1つ滅ぼしてしまえるかもしれない化け物が潜む地下道に飛び込む!?
「無謀!向こう見ず!先のこと考えてない!ほんとにこんなので革命なんてやれんのぉ!?」
「あははー……でも、僕は嫌いじゃないなぁ」
のたうち回るポピーの横でケラケラと笑うカミラ。
「ええぇ!?じゃあ作戦はぁ!?」
「いーじゃん。むしろ動きやすくなったんじゃない?」
カミラの目がスゥ、と鋭く光る。
「どーせ、出てくるかもしれなかったんでしょ?そのファーロール。それをソウル君とフィン君が抑えてくれるってんなら、産業区の壁の破壊にファーロールは出てこないって訳だ」
この国に、ファーロールがいた。
だから、革命の暁にはきっとファーロールが出てくる。
だったら、所在が割れている今ここで叩いてしまう方がいい。
「シェリーちゃん。僕ら、産業区の壁を潰しに行くよ。その兎ちゃんのことは任しといていい?」
「えぇー……そんじゃあ頑張って……」
「ここまできて、来ないとか無しだかんね?」
「おぶぅっ!?」
ポピーの身体を掴みながらカミラは宿屋の部屋を出る。
「待ちなさい。確かにファーロールは出てこないかもしれないですが……」
かと言って、今は非常事態。アルは凶刃に倒れ、ノエルの生死は不明。
シェリーとアベルはここを離れられないしソウルとフィンだって地下でどうなる事かも分からない。
そんな中、よくそんな割り切って動けるものだと思う。
「あははー。だーから、僕は鬼の一族だよ?」
ゴキゴキと首の骨を鳴らしながらカミラは笑う。
「冷酷無慈悲の黒鬼さんは、情け容赦なんかないんだよ。例え惚れた男の身に危険が迫ってたとしても……それをおしとやかに待つだけなんてごめんだね。だったら最大限、利用してやるよ」