厄災4
アルに抱き抱えられながら、ノエルは思案する。
ダメだ。このままじゃ、2人とも殺される。
こんな化け物相手に戦えるのなんて……あいつぐらいしか居ねえ。
ノエルは失った右腕に残された左手をかざすと傷口を氷で塞ぎ、出血を止めた。
「アル……俺を降ろせ」
立ち塞がるファーロールを見上げるアルに、ノエルはそう告げる。
「何を言ってますの!?あなたはもう戦える体じゃないですわ!?大人しく……」
「あぁ。俺はもう限界だ。だから……」
アルの身体を押しのけるようにして、ノエルはアルの体から解放される。
「だから……お前だけでも逃げろ」
「……は?」
ノエルの言葉に、アルは言葉を失った。
「ば、バカ!?何を言いますの!?あなたまさか死ぬつもりですか!?」
「まさか……。死ぬかよ、こんな所で」
ノエルは再び自身の両足に氷結を展開。
バキバキと地下道の空気までもが凍りついていくようだった。
「アル。フィンを連れてこい。この化け物……フィンじゃなきゃ倒せねぇよ」
「そ、それまでどうするおつもりですか!?まさか」
「俺がこいつを食い止める」
「自殺行為ですわ!?」
こんな化け物、到底時間稼ぎなんてできるはずも無い。
万全の状態でもすぐに殺されてしまう。それにノエルは腕を失っていて満身創痍だ。
そうだと言うのにノエルは引かなかった。
「その代わり……」
バキバキと、足だけでなくノエルの身体を氷がまとわりついて行く。
これまでのノエルの魔法には無かった技だった。
「俺が生きて帰れたなら……連れていってもらうぞ」
「連れていく……?」
「約束したろーが。お前の故郷と……親を亡くしたガキ共に会わせてもらうってな」
地底湖で、アルが語ったこと。
『行く宛てがないのなら、私の故郷……サルヴァンのビーストレイジに入りません?あなたの言う半端者の私を受け入れてくれた気のいい獣人の皆さんがいますわ』
『あの子達……親を亡くして、それでも懸命に生きている子ども達がおりますの。もしあなたが嫌じゃないのなら、会ってあげてくれません?』
「お前が言ったんだ。ちゃんと果たしてもらうからな、その約束を」
「ノエル……」
ノエルの覚悟に、アルの目から涙がこぼれそうになった。
「地下で泥を啜って生きてきたんだ……こんな所で死んでたまるかよ……!這いつくばってでも生き抜いてみせる……。だから……頼む」
ノエルは痛みを堪えた笑みを浮かべながら言う。その顔をアルは何故か真っ直ぐに見れなかった。
「わか…りました。必ず……約束を守ります。だから……!」
アルは魔法で強化された体で跳び上がる。
「死ぬんじゃ……ありませんわよ!バカ猫!」
「おめぇなんぞに心配されるほどヤワじゃねーんだよクソ兎……!」
2人のやり取りを見ながら、ファーロールはため息をつく。
「全く……そのようなやり取りをしても、我は感化されんぞ?すぐに貴様を殺してあの兎を追う。それで終いだ」
弱き者は死に方すらも選べない。
圧倒的強者を前にした彼らの運命は決している。
「……あぁ。前の俺なら諦めてたかもな」
あぁ、フィン。今ならはっきり分かる。本当の強さってやつが何なのか。
以前のノエルなら、きっと逃げ出していたに違いない。
ノエルの氷結が全身へと広がっていく。
「……ほぅ?」
先程とは様相が変わったノエルを見てファーロールは興味を惹かれた。
自分1人の為の力なんて……虚しいだけだ。
誰かのため。この命に換えても、守りたい物のため。
そんな覚悟を持って挑んだ戦いが、かつての自分にあっただろうか。
俺のことなんざ……どうだっていい。ただ、守りたい女がいる。
命をかけて戦う意味を……強くなる意味を見つけた。
その為になら、俺は喜んで命だって差し出せる。
覚醒。
ノエルの全身を覆う氷。それらがまるでノエルの体毛のように黒く染まっていく。
ノエルの命を賭けた覚悟が、彼のオリジン・マナを進化させる。目覚めたマナは【黒雹風】。
「【黒雹風】を【武装】……」
全身に氷を纏ったノエルの姿は異形の獣。背中からはヤマアラシのような氷のトゲ、手足からはナイフのような爪が生えている。
ノエルの顔を覆う氷はまるで古代の獣。2本の牙が生えたサーベルタイガーのようだった。
「アルは……追わせねぇ……。死んでもお前をここに押さえつけてやる……!」
地下道の空気が凍てついていく。
その冷気によって天井から滴る水滴すらも凍らせてしまった。
「見事……!」
そんなノエルを見て、ファーロールは笑った。
「面白い……!ならば見せてみよ!お前の覚悟とやらを!」
「おおおおおおおおおお!!!!」
ノエルは咆哮し、独り迫り来る厄災に立ち向かった。
ーーーーーーー
アルは暗い地下道をただ駆け抜けた。
必死に地図を頭に思い浮かべながら、地上を目指す。
背中の傷から血が噴き出す。そんなものは全く気にならなかった。一刻も早く、仲間の元へ。
ノエルを……ノエルを死なせる訳にはいかない。
地上に続く通路を駆け上がり、地上へと飛び出す。
「な、なんだぁ?」
地上に現れた血まみれの獣人を見て、シュタールの人々は困惑の声を上げた。
「はぁ……はぁ……!」
地上に出れた。だが、まだ立ち止まる訳にはいかない。
今にも力尽きそうな体に鞭打って、アルは人目もはばからずに街を駆けた。




