フィンの過去20
今のフィンは父の返り血を浴び、顎は砕けて鋭い歯がむき出し。おまけに言葉も発せないときた。
そこに決死の表情で飛び込んで見せれば、それはまさに悪鬼羅刹。ゼリルダに恐怖を与えてしまうのも無理は無い話だった。
だが、今のフィンがその事に気づく余裕はない。ただ、ゼリルダの怯えた顔を見て、体が固まってしまった。
それを見ていたレイオスが醜悪に染まった笑みを浮かべた。
全ては、たった今決したと。そう言われたような気がした。
「【デス・トルネード】!」
「……っ!?」
レイオスがフィンに向けて風の渦を放つ。咄嗟に防御の姿勢をとるが、フィンの体は弾かれて吹き飛ばされた。
「私はかの偉大な王、アルファディウス様に託されたのです!あなたを守るようにと!もしもアルファディウス様が敗れたその時、貴方様の父に代わりあなたを守るようにと……!」
「ち、父上が……?」
「あなたを守る家族は……もういない。ですが……ですが!私があなたを守る盾となり、矛となりましょう!!あなたを独りになどさせはしません!!」
違う……!そいつが諸悪の根源だ!騙されるな!ゼリルダ!!
フィンは切望するようにゼリルダを見る。
だが、ゼリルダは純粋無垢だ。
悪意というものに慣れておらず、人を疑うことを知らない。
無理もないだろう。何せ生まれて10年、家族とアベル以外の者と関わった経験がないのだ。
だから……。
「あ、兄者……」
レイオスの邪悪な嘘が、ゼリルダの心を支配する。
偽りの言葉が、ゼリルダの思考を影らせていく。
「ち、違うのなら……一言、言ってくれ。違うって……お願いだ……兄者……兄者ぁ!」
「ギャアウ!」
「ひっ……」
ダメだ。何を言っても今のオイラではゼリルダを怖がらせるだけ。
なら……どうすればいい?あの男を殺してゼリルダを連れていくか?
だが、フィンの体ももう限界が近い。さっきの魔法……奴も相当の手練だ。勝てるかどうか分からない。
ここでフィンが殺され、真実が全て闇の中に葬られてしまえば……いよいよゼリルダは終わりだ。
奴は……ゼリルダを利用するつもりだ。黒龍の王として……きっとゼリルダを王に据え置く気なんだろう。
そしてそのゼリルダの行動を支配してしまえば、この国は事実上奴の手に落ちることになる。
「グ……ギギギ……」
決断を迫られていた。
ここで、ゼリルダを取り戻すべく戦うか。
ここで、トンズラして機を狙うか。
「アルファディウス様を殺した貴様を逃がす訳にはいかん!これ以上ゼリルダ様を傷つけさせてなるものか!【グリム・リーパー】!!」
フィンが迷う間に、レイオスは魔法を発動させる。
現れたのは黒い風を纏いし死神。それがフィンの命を狩るためにその鎌を振り上げてくる。
逃げるべきだ。逃げるべきだ。
でも……でも!ゼリルダを残していけるものか!
フィンは死神に立ち向かう。頭で理解はできていても、感情がついてこない。破綻へと続く道へ、フィンは足を踏み込もうとした。
「させるものか!」
その時。王の間の壁から1つの人影が現れる。
それはフィンの身体を捕まえて、そのまま死神とは逆方向へと走り出す。
「ギャア!?」
アベル!?
「フィンケルシュタイン様……!」
アベルの顔は涙と屈辱で大きく歪み、折れかけた翼を広げて王の間から飛び出す。
「今は……今は!退却の時です!私がついていながら……!何も守れませんでした……!せめて、せめて!あなただけでも守らねばならない!!」
だが……だが!
「憎んでください、フィンケルシュタイン様……!貴方様は悪くない!私が勝手にやった事なのです!」
「……っ」
アベルの想いが、フィンは理解できた。
「ここであなたを失えば……全てが終わる!あなたは生きなければならない!悪の手に堕ちたこの国を……あなたの父上が守り抜いてきたこの国と、ゼリルダ様を!救わなければならない!それができるのはフィンケルシュタイン様!あなたしかいない!」
ここで、フィンが無駄死にすることこそが終わり。
希望を……ゼリルダを救うチャンスを残すために、トンズラを。
「ちぃっ!逃がすなぁ!」
王の間を封じるように立ち塞がるヴルガルド兵達が立ち塞がる。
「どけぇ!」
アベルの右腕が大きくなり、王の間に集まる兵を殴り飛ばしていく。
「行ってください、フィンケルシュタイン様……!」
集まるヴルガルド兵からフィンを庇うようにアベルは戦う。
だが、彼もまた深い刀傷がある。彼を残していけばここで死んでしまうやもしれない。
「大丈夫。私は死にません。必ずや……貴方様の帰りをお待ちしております。あの場所で……」
「……っ」
アベルの覚悟。ゼリルダを救うその時まで、決して死にはしないと。
あの場所……それはきっとかつて父に連れて行ってもらったあの宿屋。
使命に疲れた竜の王が、羽を休められるように作られた【龍の休み場】。
アベルはそこでフィンの帰還を待つと言う。
「兄者……!兄者ぁ!!」
王の間から聞こえるゼリルダの声。
ゼリルダの悲痛な叫びがフィンの後ろ髪を掴んで離さない。
「ギ……ギギギ……!」
だが、今の自分がどうすべきか。もう、フィンにも分かっていた。
「ギイイイイイイイイイイイイイッ!!!!」
フィンは涙を流しながら、翼を広げる。
許せ……許せぇっ!!!
フィンはシュタールの西へ飛ぶ。
必ず……必ず戻る!
全てを取り返すために。万全の状態でお前を迎えにくる!
だから……だから!少しの間だけ待っていてくれ!!
人生で雪辱に塗れたトンズラ。全てを奪われた竜王が、敗走する逃避行。
だが、それは終わりの為のトンズラじゃない。いずれ、来るべき時のための一時的な退却。
オイラはシュタールに戻る!そして全てを取り返す!!
必ず……必ずだ!!!
こうしてフィンはシュタールから大切な妹を残してトンズラをした。




