フィンの過去14
アルファディウスの巨体はヴルガルドの兵達を巻き込んで王の間に転がる。
黒断石で作られた城すらも砕き、その大きな身体を床に付した。
「ぐ……」
だめだ……。やはり、我では奴に敵わない。せめて、せめて……残された子達だけでも……!
「ふはははは!実に良い姿だな!アルファディウス!」
倒れるアルファディウスの前に、歪んだ笑みを浮かべるハインリーの姿があった。
「これで……これで!龍の支配が終わる!我ら人間がこの国の実権を取り戻す!」
ガキィン!!
ハインリーに向けてアルファディウスは噛み付かんとその顎を向ける。
油断していたハインリーはすんでのところでそれを回避できた。
「き、ききき貴様ぁ!?」
死の淵に瀕しても、目の前の黒龍は光を失ってはいない。
その赤い眼光が、ハインリーの心に刻まれたトラウマを呼び覚ます。
「そ、そうだ……!私は、お前を超える……!」
「黙れ……!」
重い身体を持ち上げようと、アルファディウスは身体を動かす。
その動作1つ1つでハインリーは恐怖に飲み込まれそうになった。
「私が……!お前という黒龍を殺す……!」
「できるものか……!」
矮小な人間を見下ろしながら、アルファディウスは王の威厳を見せる。
「我は……!黒龍の王!アルファディウス!!貴様如きに我を屈せられるものか!!」
「私を見下ろすな!!龍の分際でえええええ!!!」
ハインリーは叫びながら懐から1つの赤い宝玉を引っ張り出した。
「【龍刻印】……!あのお方より承りし神器!」
「……っ!?まさか、それは……」
「そうだ!龍の身体を乗っ取り、我が物とする【魔法道具】!私は今!この時をもって龍を超える!いや、黒龍そのものとなってこの世界に君臨するのだ!!」
「……ぐ」
なるほど。その為にファーロールを使い、我を弱らせたのか。
普段のアルファディウスの力なら、こんな魔法道具など効かない。その強固たる意志と力で無力化して見せただろう。
だが、今のアルファディウスはファーロールに刻まれ、弱っている。この状態では拒み切る事はできないかもしれない。
「さぁ……明け渡せ!伝説の黒龍よ!この国の本当の玉座を……黒い鱗を持ちし王の座を我に明け渡せ!!【アウェイク】!」
「ぐ……がぁあ!?」
ハインリーが持つ黒い宝玉がどす黒い光を放ち、アルファディウスを包み込む。
ハインリーの深く澱んだ悪意によって意識が侵食され、じわりじわりとアルファディウスの存在がこの世から消えていく。
ダメだ、予想以上だ……!このままでは、ハインリーに奪われしまう。
「ぐひゃひゃひゃひゃ!貴様の体を乗っ取った暁には!貴様の子どもをこの手で殺してやろう!私が手にした龍の力で、古き龍の末裔は消え去るのだ!!」
「………………っ!!」
我の……子ども。
朦朧とするアルファディウスの脳裏に、今頃住処で転がっているであろう小さな息子の姿がよぎる。
アルファディウスは迷う。
まだ……道は残されているのかもしれない。だが、ここで彼を呼び出せば彼も死なせてしまうかもしれない。
強力な魔人、ファーロール。そしてその背後に控えるは……恐らく奴だ。
このままでは、我の力はハインリーに奪われヴルガルド国はまた奴らの手に堕ちることになる。
何のために……我は1000年生きてきた?
奴らと戦うためだろう……?こんな、全てを奪われ、彼の願いの足を引っ張るためでは無い。
彼の遺志を繋ぐため。
約束の日を繋ぐために我は生きてきた。
役目を果たせ、始祖龍アルファディウス!
今、ここでやらなければならないことは……!
侵食される意識の中、アルファディウスは懐にしまった黒い宝玉にマナを送る。
そして……。
『とーちゃん?どうした?何かあったか?』
聞こえてくる息子の幼い声。
すまない、こんな形で託すことになってしまって。だが、もう我にはこうすることしかできない。
全てを失う前に……!全て、壊されてしまう前に、フィン、どうか……!
「フィン……私を殺してくれ……!」
『……え?どーした?とーちゃん?』
困惑する息子の声を最後に、アルファディウスの意識は消える。
ハインリーの黒い意識に呑まれ、アルファディウスという存在は消えた。




