フィンの過去10
こうしてフィンは地下通路のことや、【龍の休み場】への行き方。ここに繋がるルートなどを教えられた。
なるべく人目につかないように。決してフィンの黒い龍鱗が露呈しないように。
最初の王の謁見から4年後。
ゼリルダは10歳となり、フィンは16歳となっていた。
「兄者!聞いてくれ!明日父上と共に街に行くことになったのだ!」
「あァ。そうらしいナ」
キラキラと目を光らせるゼリルダを見て、フィンの頬も緩む。
「兄者も一緒に行こう!」
「……一緒に行ってやりたい気持ちは山々だが、ダメだ」
「な、何で!!」
まさか、断られると思っていなかったゼリルダは悲しそうな顔をしてフィンに飛びついてくる。
「いーやーだー!兄者と一緒がいいのだー!!」
「お、オイラにも事情があってだな……」
ポカポカとフィンの頭を叩いてくるゼリルダ。正直、一緒に行ってやれるのならどれだけ楽しいだろうという気もする。
だが、今回の謁見でゼリルダが黒龍であることを正式に公表することに決まっている。
そこにあろうことか同じ黒い鱗を持つフィンが現れてしまえば事態は最悪となるだろう。
双子の黒龍のような、凄惨な歴史を繰り返すわけにはいかない。
だからフィンは行かないことに決めていた。
「やだやだー!兄者も一緒に行くのだー!!」
「う、うーん……」
「まぁまぁ。兄貴にも何か事情があるんだよ」
すると、そんなフィンの肩を持つようにゼリルダの背後に赤い鱗を持つ大きな龍。フィンの弟でゼリルダの兄。ブラッドが声をかけた。
「何か、大事なことみたいだし……親父がうんって言わないんだ。仕方ない」
「ねぇ、そろそろ教えてくれてもいいじゃない?お兄ちゃん。こそこそ街に行ってさ。一体何隠してるの?」
すると、バサリと翼を広げてブラッドの隣に青い鱗を持った龍、フラーが降り立ち、フィンの顔を覗き込む。
「まぁ、街のことを知りにって感じだ。万一とーちゃんの身に何かあった時に、オイラが後を継げるようにってところだよ」
「うっそだァ。にいたん本当のこと教えてヨ」
そんなフィンの背後から首を伸ばしてくるのは金色の鱗を光らせるカタリナ。彼女はまだ言葉に拙さが残る。
「よしなよ。フィンの兄貴が困ってんじゃん。僕らに言えることだったらフィンの兄貴なら教えてくれてるって。僕らが口出ししちゃダメなことなんだよ、きっと」
遠くの方で最後の兄弟ビッシュがため息をつくようにそんなことを言う。
「イッヒッヒ。ありがとな、ビッシュ」
「べ、別にいいよ。兄貴が困ってると思っただけだし……」
彼らは今年で10歳。龍の種族としてはまだまだ幼いが、その背丈は見上げるほど大きくなり、こうして会話もできるようになった。
フィンの身長は兄弟の中で1番小さく、彼らと話すときは常に首を持ち上げないといけないが、別に悔しさなどは感じなかった。
むしろ、大きくなったことが誇らしく、嬉しく思ってすらいた。
「最近物騒だから、気をつけろ。何かあったらすぐにオイラが飛んでいくからな」
「物騒?」
「なんかあったの?」
「どーもイーリストの方で大きな事件があったらしい」
「えぇ!?」
「やだ……にいたん、怖いよォ」
「お前の鱗の硬さなら大丈夫だろ」
「うっさい、ブラッド!」
「まーまー」
擦り寄ってくるカタリナを撫でながらフィンは告げる。
「まぁ、とーちゃんもいるし、大丈夫だと思うけどな」
「怖いわね。ちょっと怖くなってきちゃった」
「ばーか。父さんの強さは俺らが1番知ってるだろ?絶対大丈夫だよ」
そんな風に兄弟達との団欒を楽しみながら彼らが街へ向かう日を待った。
ーーーーーーー
「フィン」
街に立つ前。アルファディウスがふとフィンを呼び止めた。
「一応、渡しておこうと思う」
アルファディウスから渡されたのは1つの黒い宝玉だった。
「何だこれ?」
「簡単な魔道具だ。これを介せばいつでも私と交信することができる。いつもならアベルに渡しておくのだが、今回はアベルも連れていくことになるからな」
そう言って手渡された宝玉の対となるもう1つの宝玉を見せながら父は告げる。
今回はフィンの弟妹達を連れていくことになる。5人も連れていけば手が足りなくなるのでアベルも一緒に行くことになったらしい。
「りょーかい。何かあったら呼んでくれ」
「ふ。まぁいつも通りだろう。私もアベルもいるからな」
父の強さはフィンもよく知っている。何も問題は無いだろう。
「しかし、フィン……」
ふと、アルファディウスはフィンの顔を覗き込む。
「本当に……いいのだな」
「…………あぁ。構わんぞ」
父の一言だけで、何が言いたいのか理解はできた。きっとこの国の王位の話だろう。
「ゼリルダのことをハインリーに言えば、いよいよ後戻りはできなくなる」
ゼリルダの存在を世に出すということは、いよいよ彼女の王位継承が確立すると言うこと。同時にフィンは一生表舞台へと姿を現すことはできずに影で生きていかなければならない。
「……まぁ、ゼリルダが嫌がるのならオイラが代わりに王になって可愛い女の子をはべらせてもいーんだがな」
「邪な奴め」
イッヒッヒ、と軽口を言うフィン。
「でも、ゼリルダはそうはせんだろ。きっと明るい表舞台で生きていくことを望むはずだ」
「……そう、だな」
優しく微笑むフィンにアルファディウスは少し胸が痛む。
「本当は……お前に王になってもらいたいのだがな」
「無理だ。オイラには向いてない」
「ふ……」
晴々とした表情のフィンの頭をアルファディウスは撫でる。
「お前は……強く、優しい男に育ってくれた。きっとアルフリーダも喜んでいる。お前は私の誇りだ」
「やめてくれよ〜照れんだろ〜?」
クネクネと身体を捩らせながらフィンは父の賛辞を受け入れた。
アルファディウスも覚悟を決める。
王位はゼリルダに。
この子の覚悟を無駄にはするものか。
これほど懐が広く、強い男はきっと他にはいない。もしかするとフィンはあのトレイスよりも強く、王の器を持つ男なのかもしれない。
フィンの王になった姿を見たかったが、アルファディウスは諦める。新たな未来。
明るくて、純真無垢なゼリルダ。彼女もきっと良い王になる器を持っているだろう。
彼女を王にするために、王城へと向かう覚悟を決めた。




