第9章「宇宙で一番うるわしい美女たち」第6話
「それで、君たちは歌は作れるの?」
シモンとシナモンの二人の前にシェルが立ってそう言った。
「やー、お恥ずかしながらまったくその方面はからきしダメで」
そう言いつつ頭をかくシモン。
それを生暖かい目で見たシナモンが口を開く。
「私もダメなのよね。だからこの子、他人の歌を今まで歌ってきたわけなの」
「あーそっかーやっぱそうかなーと思ったよ」
すると、彼は紙束を差し出した。
それはどうやら楽譜のようだった。
「これは社長から君たちに渡せって言われた楽譜」
それをシナモンが受け取り紙面を確認する。
「あら、地球の楽譜と同じね」
楽譜には5本線が引かれて、いわゆるおたまじゃくしが書かれており、歌詞も書かれていた。ご丁寧にも日本語だった。
「うん。歌っていうのはどこの宙域でもヒューマノイドの間では共通なんだよね。そして、歌われる歌詞も別に自分の出身地の言語で歌えばいいんだ。要は魂で歌うっていうのが、少なくともこのカンパニーの理念だから」
「でもねえ…」
すると、シナモンは申し訳なさそうな声で続ける。
「楽譜、渡されてもダメなのよねえ」
「え?」
「この子、楽譜、読めないのよ」
「えええっ?」
シェルはびっくり仰天。
「私はある程度は読めるのよ。一応ピアノとか習ってたし、少しはギターとかフルートとかやってたんで、まったくの素人ってわけじゃあないんだけど、そんなに超絶技巧な演奏ができるわけではないの。けれど、この子、耳コピは完璧なんだけど、楽譜は読めないし、歌詞も覚えられないから、楽譜は読ませられないの。だから、できればこの曲、誰か歌ってくれないかしら。そしたら、それでメロディーは覚えられて、歌詞は私がカンペで教えれば歌えると思うんだけど」
「うーーーーん……」
シェルは頭を抱えた。
まさか、ここまでとは彼も思ってはいなかったのだろう。
しばらく唸っていた彼だが、決心したように顔を上げた。
「わかった。とりあえず事情はアイザックさんに伝えるよ」
そして、アイザックの私室にやってきたシモンとシナモンは今、彼の前のソファに座っていた。シェルは二人の座っている場所の傍らに立っている。
「事情は聞いた」
熱のない声音でいきなりアイザックは言うと、彼は手に持った楽譜を見つめる。
「シェル」
すると、彼は所在無く立っていたシェルに顔を向けた。
「は、はいっ!」
「これは本当に社長が二人に渡すように言ったのか?」
「はい、そうです。それをデビュー曲にするそうです」
「……どうして…」
彼は楽譜に目を落としたまま眉間にしわを寄せ、困惑気味な声で呟く。
「何か問題があるんですか?」
それに対してシナモンが聞く。
シモンも頬を膨らませて不服そうな表情を見せた。
「なあに? あたしには不釣り合いな歌ってこと?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが…」
アイザックは言い淀んで言葉を濁した。
すると、彼は顔をあげて二人に視線を向けた。
「この歌はジェイクの歌なんだよ」
「え、それって…」
「ジェイクの遺作だ」
シモンの言葉を受けてアイザックが答える。
彼の表情は硬い。
それもそうだ。この歌は不吉だ。
あれから、この歌関連での自殺者は出ていないようだが、永久に封印されると少なくとも彼は思っていた。
「何故、これを君たちに歌わせようとするのだろう…」
社長の考えがわからない。
「あ……」
すると、シモンがアイザックの手から楽譜を奪う。
「ええと…永遠の果てにっていうのね、この歌…僕らはなぜ生まれた、僕らは死ぬために生まれた…永遠の果てって死後の世界のことなのかなあ」
「まあ、どちらにせよ、これを歌うしかないでしょうね」
と、シナモンが言う。
「アイザックさん、シモンに聞かせてあげてください。私が歌ってもいいんだけど、あなたのほうが私よりうまく歌えると思うし、なにより、彼女にとってあなたに歌ってもらうほうが覚えは早いと思いますよ」
シナモンの言葉にアイザックは片眉をあげた。
まるで、何を言ってるのだと言わんばかりに。
すると、彼の目に、期待に瞳をキラキラさせているシモンの表情が映った。
彼はため息をつくと「わかった」と言うと歌い始めた。
「僕らはなぜ生まれた
僕らは死ぬために生まれた
どこに身体は流れ着くだろう
どこに心は辿りつくだろう
果てしなく続く星々に
答えを聞いたとしても
星々は答えてはくれない
ただ哀しく輝くだけ
だけど
僕らはここにこうして
泣きながらでも生きている
時が行き過ぎ
いつの日か終わりが来たとして
僕らは悔やむだろうか
僕らは笑えるだろうか
永遠の果てに見るものは
いったい何だろう」
シモンとシナモン、そしてシェルは聞き惚れていた。
「やっぱりすごいです、アイザックさん!」
シェルが叫ぶ。
「ほんとにすごいわ」
微かに興奮気味のシナモンが呟く。
その彼女の横で放心状態のシモンがこくこくと相棒の呟きに頷いてみせた。
そして、彼女はアイザックから楽譜を渡されると歌いだす。
もちろん、音符ではなく、歌詞を見る為に、だが。
彼女の歌は不思議な音色でその場に居合わせた者の心をつかむ。
それほどの透明感を持った声だった。
まるで、本当に妖精が歌っているかのごとく。
その場の空気を震わせ、ややもすると彼らを取り巻く空気に香しい香りさえ感じるほどの不思議な空間となっていくように、極上の歌声が耳をうつ。
「これは…すごいな」
アイザックが思わずといったふうに声を漏らす。
すると、それに対してシナモンが意味ありげな表情を浮かべた。
「でもね、彼女の本領はこんなもんじゃないんですよ」
「え?」
シナモンは歌い続ける親友を慈愛のこもった視線で見つめる。
「本当はですね、歌詞なんて必要ないんですよ、彼女には」
どういうことだろう。
歌詞が必要ない?
アイザックは困惑した。
すると、シナモンは苦笑しつつ続ける。
「でもそれだと常識的な歌手としては失格ですよね。けれど、魂で歌うのがこのカンパニーの信条なら、もしかしたら彼女の本領が発揮できる最適な場所なのかもしれません。私はそうであってほしいなって思ってます」
「なぜだろう。あの歌声を聞いていると懐かしくて胸が苦しくなってくる」
自室でマインドはそう呟いた。
本来なら各部屋の防音は完璧のはずだ。
ところが、シモンの歌声は不思議と彼の部屋まで聞こえてきていた。
アイザックの部屋からかなり離れているにも関わらず。
「いつか誰かが歌っていた。私はそれを聴くのが好きだった。そして、その歌い手のことも……」
そんな苦悩するマインドを見つめる目があった。
物理的にありない。
彼の私室である。
誰かがいたら当然マインドは気づくはずだ。
それに、私室であるから勝手に入り込むということもできない。
もちろん清掃する者は入ることはあるが、今物陰から見つめている人物は清掃する者でもない。その姿は物陰の暗闇では判別ができないし、気配も完全に消しているようで、マインドもまったく気づいていないようだ。
すると、その人物が囁くように呟いた。
「どうやら記憶が戻るようだな。それだけ彼女の歌声にはその力があるということか…だがまあ、おもしろくなってきそうだ」
そして、その人物はまるでそこに誰もいなかったというようにふっと消えた。
あとには苦悶の表情を浮かべたマインドが残されるのみ。




