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ノナビアス・サーガ  作者: 谷兼天慈
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第9章「宇宙で一番うるわしい美女たち」第5話

「えええっ、社長に会ったの?」

 シェルの大声が響く。

 ここは満と愛のコンパートメント。本来は一人づつ部屋は与えられるのだが、二人はどうしても同室がいいということで、二人部屋用を私室として与えられることとなった。

「うん、そうなの」

 満は驚くシェルに応える。

「あたしね、カンペがないと歌えないじゃない? だから、あたしは採用されなくてもいいから、愛だけでも採用してくださいって言ったの」

「うわっ! よく無事で帰って来れたねっ!」

 シェルが怯えたように叫ぶ。

「なによ、それ。社長さん…えっと、マインドさんだったっけ。そのマインドさんが、別にいいよって言ってくれたの。カンペ見ながらでも歌えばいいよって」

「ええええええ!」

「もおーなによ、さっきから。ごく普通の紳士的な人だったわよ」

 満がぷーっとふくれっ面でシェルを睨む。

「だって、それ、ほんとに社長だったの? どうも僕の知ってる社長とまったく違うんだけど…」

「ちゃんと名乗ってたわよ。マインド・ボイスって。白髪をおかっぱにした超絶美男な人だったけれど」

「ううう…確かに、それって社長に間違いない…そっか、君、社長に気に入られたんだねえ。すごいなあ」

 一転してシェルは満を尊敬の眼差しで見つめた。

「うん。それでね、近いうちに愛と二人で呼び出すから、その時にまた二人で歌ってくれって。その時にあたしたちの芸名を授けるって言ってた」

「あら、芸名つけるんだ?」

 それを聞いて愛が首を傾げる。

「満と愛じゃダメなのかしらね」

「うん。あたしもね、満と愛でいいと思うけどって言ったんだけど、その名前は大事にしろって、なんかワケわからないこと言ってたなー。で、これからはその芸名だけを名乗れって言ってた」

「どうしてかしらね?」

「うーん。わかんない」

 満と愛は二人して首を傾げた。

 それを見てたシェルがニコニコしながら言い出す。

「それって相当二人は社長に気に入られたってことだよ。普通、スカウトしてきた人達はみんな本来の名前で活躍するんだけど、特に気に入られた人って社長自ら名前をつけられるみたいだよ。ただ、アイザックさんとかも昔は歌手として活躍してたけれど、その一番気に入られてたはずのアイザックさんでさえも名前をもらったことはないみたいで、過去にたった一人だけ名前をもらった人がいたんだよ。だから、君たちの将来は約束されたってことだよ」

「あら、そうなの」

 シェルの言葉に愛が目を瞠った。


「シモン・リリスとシナモン・リリンだ」

 後日、満と愛はマインドに呼び出され、社長室に行ったのだが、そこで、シモン・リリスとシナモン・リリンという名前をもらった。

 シモンは満に、シナモンは愛に与えられたのだ。

「何だかおいしそーな名前よね」

 満が首を傾げながらそう呟いた。

「シモンという名前の者がいたが、これが壊滅的に歌が下手クソでね。君が超絶的に歌がうまいから、君がその名前を継いでくれるとその者も浮かばれると思ったんだよ」

「ふーん。その人美人だった?」

 初めて言葉を交わした時は丁寧な言葉で喋っていた満だが、二度目からは遠慮がない喋り方になっていた。それが、たとえ相手が偉い人だったとしても変わらない。

 もっとも、マインドはそれを気にもしていないようだが。

「右に出る者はいないとまで言われた容姿だったな」

 それを聞き、少々得意げな表情を満は見せた。

 もっとも、彼女の容姿はそこまでの美女というわけではなかったが。

「では、私のシナモンという名前はどういったことでつけられたのですか?」

 一方、愛はあくまでも丁寧な口調で質問する。

 これはもう性格としかいいようがない。

「以前、うちの看板歌手だった男がいてね、その子が作った歌にそのシナモンという名が出てたんだよ。その歌は彼が作ったのだが、私はその歌が好きでね、神に愛されたシナモンの歌だったのだが、その名前が君に相応しいなと思ったんだよ」

「え、それってすごく光栄です。どんな歌だったのでしょう。聞いてみたいです」

「残念ながら音源は残っていない。彼の歌は音源として残さないようにしていたからね。ああ、でも、アイザックは歌えるんじゃないかな。ジェイクのことは彼が一番かわいがっていたからね」

「ジェイクっていうの、その人」

 満がそういうと、マインドは頷く。

「そうだよ。ジェイク・ダレンというんだ。天才的な歌声と曲作りの才能を持った子だった。本名は違うんだけどね。その名前は私がつけてあげたんだよ」

(あ…)

 満は思い出した。シェルが言っていた歌手ってその人のことなんだ、と。

 過去にたった一人、社長から芸名をつけてもらった人。

(ジェイク・ダレン、どんな人だったんだろう)

 アイザックがかわいがっていたという。

 今度、アイザックに聞いてみよう。

 そして、そのシナモンの出てくる歌を聞かせてもらおう。

 満はそう思った。


「永遠の果てに見るものは何だろう、か……」

 自室でワインを傾けながらアイザックは呟いた。

 先程まで満と愛、いや、シモンとシナモンがやってきていた。

 社長に会った二人が芸名を授かり、その名前の由来が知りたいとここにやってきていたのだ。

 確かに「シナモン」の歌は今でも覚えている。

 彼が作った歌すべてをアイザックは記憶していた。

 忘れられるはずがなかった。

 彼がもう生きてはいないというのを知って二人はショックを受けていたな。

 自殺したということもはっきりとは言わなかったが、恐らく二人は察したのだろう。

「ジェイク。君は永遠の果てを見たのか?」

 彼の遺作となったあの歌は、死に逝く自分の心情を歌ったものだった。

 あの歌は封印されてしまった。

 歌を聞いた者達の全てではないが、何人かはあの歌に触発されて自死を選ぶ者が出てきたからだ。

 それにともない、彼の歌の全てが公開禁止となってしまった。

 現存した音源さえもすべて公開できないことになってしまった。

 まあ、恐らくファンの者達は何らかの形で保持しているかもしれないが、そこまでは規制はできないので、公でのもの限定ではあるのだが。

「永遠の果てには本当に何があるのだろうな」

 アイザックはそう呟くと、グイッとグラスの中身を飲み干した。


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