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ノナビアス・サーガ  作者: 谷兼天慈
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第8章「竜の見る夢」第13話

 翌日、素晴らしい青空のもと、戴冠式は執り行われ、凛々しく美しい新王の誕生に、多くの民衆が歓喜した。

 その光景をスペースもダークネスも、そしてテレサも、それぞれの思いを胸に抱いて見つめる。

 近い将来、テレサもあんなふうに威風堂々たる戴冠式を執り行うのだろう。

 恐らく、ファイヤーバード艦長と副長は同じような光景を想像したに違いない。

 それでも、ダークネスだけは艦長とは少々違う気持ちも抱いていたのだが。というのも、誰にも気づかれてはいないだろうが、スペースが悲痛な思いを抱いていることを副長は感じ取っていた。

 二人は微妙な位置で立っている。隣り合ってはいるが、恋人同士としては離れているし、上官と部下としては存在しないはずの親密な雰囲気が漂っている。他の者にはわからないだろうが、ダークネスには思わず憐情の眼差しを向けてしまうほどの微かな甘い情調が。

 ダークネスはひとつためいきをつく。

 戴冠式は終わりを告げようとしていた。

 そして、無事戴冠式が終わり、スペース達はファイヤーバードへと向かった。

 テレサもとりあえず艦に戻り、皆に挨拶をしてからヴェウンとともに出発することになっていた。

 ところが、ヴェウンが慌ててテレサたちのもとにやってきた。

 とにかく急いでここを発ってリヴ星に戻らないと、民衆たちが反乱をすぐにでも起こそうとしているという情報が入ったのだ。

「おまえには酷な事を言っている自覚はある。皆との別れの時間を持たせてやりたいと思っていたが、そんな時間がないほどに切迫しているのだ」

 テレサはスペースを振り返る。

 彼女の泣きそうな表情に、ファイヤーバードの艦長スペース・ドラン・トラベラーは強張った表情で深く頷いた。

「……艦長、私、もう行かなければ…」

「退官の手続きはこちらでやっておく。クルー達にも俺からちゃんと説明しておくよ」

 艦長が公的な場所で一人称を「俺」と言うのはこれが初めてだった。

 だが、次の瞬間、ビシッとした表情と口調で彼は言った。

「テレサ中尉。健闘を祈る」

「はい、艦長。どうか、皆によろしくとお伝えください。最後のお別れができなくて、ごめんなさい、そして、皆の健康を遠くから祈っています、と」

「了解した」

(愛している)

 そんな言葉が彼女には聞こえたはずだ。

 そして、スペースの心にも。

(さようなら、愛しているわ)

 彼女の瞳はそんな言葉を雄弁に物語っていた。


 あれから数ヶ月後、バルジー星の近くを航行中のファイヤーバードのブリッジ内では、リヴ星ラビリンス王国での戴冠式の話題で沸いていた。

「ラビリンスの女王って僕の前任者だって本当ですか?」

 通信席に座っている若者がビリー・ヤーンにそっと囁いた。

「それ、誰に聞いたんだよ。その話はここではタブーなんだ。とくに艦長の前では絶対禁句、な」

 ビリーが怖い顔をする。

「わ、わかりました」

 すると、スペースのよく通る声が響いた。

「ジョン・オタベリー大尉」

「はいっ!」

 新しい通信士である彼はビクッとして背を正した。

「リヴ星ラビリンス王国に祝電を頼む」

「はっ、はいっ。ええっと、キャプテン、内容はどのように?」

 スペースは少し考えると次のように言った。

「テレジーナ・スレンダ・ラビリンス女王へ。long live the queen ファイヤーバード艦長と一同より」

「了解しました!」

 ところが、この新人通信士は相当なおっちょこちょいらしく、ちょっとした間違いをしでかしていた。

 ラビリンス王国のテレサのもとに届いた祝電にはこう綴られていたからだ。

「テレジーナ・スレンダ・ラビリンスへ。long love the queen ファイヤーバード艦長より」

 即位したばかりの美貌の女王が、その文句を泣き笑いの顔で見ていたことは誰も知らない。



 宇宙船希望号の展望台から眺める宇宙空間にその星は浮かんでいた。

 見たところは地球とそれほど変わらない様相だ。

 そして、それを見つめながら、ロビンは長い長い物語をノンに聞かせ、悲しい愛の物語を終わらせた。

「テレサとスペースはその後はどうなったの?」

「一度も会わなかったよ」

「そうなんだ…」

 ノンがポツリとそう言うとロビンが話を続ける。

「これには後日談があってね。テレサは女王になったけれど王配は迎えずに孤高の女王としてその生涯を終えたんだ。彼女を傍で支えたのが叔父である宰相となったヴェウン。でもね、女王亡きあと、女王が将来の王として養子に迎え入れた後継ぎがあまりにも女王に似ていたということもあり、実はその王太子は女王の私生児ではないかと噂された」

「それ、きっとスペースとの間に生まれた子でしょう?」

「ははっ、その通り」

 ロビンが破顔した。

「別れ際の逢瀬で授かったわけだけど、彼女は決して実子であることは公表しなかった。彼女の気持ちは彼女だけにしかわからないから、さすがの僕でもその真意はわからないけれど、たぶん、愛する人に負担をかけたくなかったんじゃないかな。どうしても一緒にはなれないわけだから、彼はいずれ誰かと添い遂げるかもしれず、そんな時に隠し子がいるとなったら相手の女性にも辛い思いをさせてしまう。それは彼の幸せにも繋がらないことだから、とね」

「そうね。たぶん、それが真実だと思うわ」

 愛し合う二人が永遠に離されることは当人同士も辛かっただろう。

 それでも、そういった者達は何も彼らだけじゃない。

 誰もがそういったことはある。

 それでも、どちらかにはそれなりの幸せがあってほしいとノンは願った。

「スペースがどうなったか気にならない?」

 すると、ロビンが意味ありげな口調でそう言った。

「どうなったの? もしかしてテレサみたいに独身を貫いた、とか?」

「まあね。それは確かにそうだったよ。ただ、テレサがどんなに知られたくないと思っても、彼女の養子がどう見ても自分の子供であるということは彼にも気づかないわけにはいかなかったんだ。確かに、彼女によく似た顔立ちだったけれど、ひとつだけ、父親にそっくりな部分があったんだ。それが輝く銀髪と、金色のもみあげ」

「なるほどね」

 それを知った彼の気持ちが手に取るようにわかる。

 恐らく歓喜したことだろう。

 二人の愛の結晶が存在することに。

 そして、彼はそれを糧にその後の一生を支えにして生き続けたに違いない。

 すると、唐突にロビンは何でもない口調で爆弾発言をする。

「テレサは人間じゃない」

「あ、やっぱり?」

 だが、ノンもまたまったく動じることはない。

 わかっていた。彼女はそう思う。

 神であり、世界でもあるロビンがそこまで一人の人間に注目するはずがない。

 それはもう同じ神族である可能性が高いからに違いない。

 だが、自分も神の端くれ、同じ世界の神族は把握している。けれど、テレサのような神には覚えがない。

「彼女はね、一番古い世界、第一世界の神の仲間だよ」

「えっ! もしかして竜の世界の?」

「そうだよ。竜の世界の神族の一人なんだけど、あの世界の神って時々様々な他世界に潜り込んでその世界に種を残すような困った癖があるみたいでね。でも、創造主はそれを許してるんだよ。で、テレサは、アドルフの世界にやってくる時、僕らの父上にまずは人間としてこの世界では過ごすように言われたみたいなんだ。それで、彼女はしばらく人間に転生し続けていたらしい。僕やアドルフは世界そのものだからそれは知らされていたけれど、他の神達は知らないはずだよ。で、まあ、そのテレサとしての生が終わり、彼女は本来の竜族として僕の世界で復活を果たした。いずれ君も会えればいいね」

「そうだったのね」

 ノンは再びリヴ星に目を向ける。

 自分もそんなふうに他世界で修業をすることにもなるのだろうか。

 それは創造主だけが決めることでもあるので、自分の気持ち一つではどうにもならないことだろう。

「スペースも僕の世界に転生しているよ」

「そうなんだ」

「いつか二人が本当の意味で幸せになれればいいなと思っているよ」

「そうね。私もそう願っているわ」

 すると、ノンの身体を後ろからロビンがふわりと抱いてきた。

「アドルフの世界は綺麗だよね」

「ロビンの世界も綺麗だわよ」

「ふふ、ありがとう。愛してるよ、ノンナ」

「私も愛してるわよ、もちろん、姉としてだけど?」

「ええー、ま、いっか」

 ロビンの不満そうな声があがるが、ノンは心で愛した人たちのことを思い出していた。

 シグマードのこと、ハヤトのこと、スプリンガーのこと、彼らを確かに自分は愛した。とくにシグマとハヤトは恐らく同じ魂の持ち主。だから、かの魂に自分は運命を感じている。スプリンガーには申し訳ないが。

 いつか、あの魂にまた出会えるだろうか。

 いや、運命の相手なら、きっと、必ず会えるはず。

 ノンはギュッと抱きしめてくるロビンにかまわず、まるでその魂を探すかのような視線を飽かず宇宙空間に向け続けた。



 はっとして彼女は目覚めた。

 すべてが凍ったその世界は彼女の眠りを守る砦だった。

 長い長い夢を見ていたような気がする。

 彼女は身体を起こす。

 シャラリと金色に煌くピアスが、長く尖った耳で重たそうに揺れている。

 浅紅色の髪が揺れ、二本の立派な角がとても印象的な彼女は、薄物をはおっただけだ。

 すると、遠くから微かな歌声が聞こえてきた。



 おお、我らが王よ

 愛しい王の目覚めだ

 歌えや踊れ

 この凍れる世界に

 王の愛を知らしめそう



 彼女は立ち上がり、歩き出す。

「精霊たちが歌っている」

 そう。

 彼女はかの世界で人間として生きていた。

 その時の記憶も持っている。

「私はあなたをいつか見つけるわ」

 彼女の名はスレンダ。竜神スレンダ。

 いつか愛する人と出会えることを夢見て、自分はこの世界で生きていこう。

「私はこの世界でずっと生きていく」

 スレンダはそう呟くと、歩き出した。

 氷の宮殿を、一歩一歩優雅に。

 その姿はとても美しかった。

 誰もが平伏す程に。

8章はここまでです。ここまで読んでくださってありがとうございます。9章はこれから執筆します。夏までに更新できればいいですけれど。

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