第8章「竜の見る夢」第12話
ドルーゴ・バルジー王崩御。
その日のバルジーは大変な騒ぎだった。
星中の民が王の死を悲しんだ。
バルジー星はバルジー王国一国だけで、そこから派生した小さな国はすべてバルジー王国の属国であり、厳密に言うと国と言うものでもない。バルジーから独立して国として立とうとする集落が存在しなかったわけではないが、長い歴史の中、優秀な王族をバルジーは輩出しており、何千年とそういったトラブルが起きるということもなかったのだ。
ドルーゴ・バルジーもそんな優秀な王の一人であり、そして、その息子であるアンドルー王太子もドルーゴによく似た優れた人格を持ち、施政も多くの支持を持つ将来有望な王太子として認められていた。
そういうこともあり、本人としてはまだ喪に服したいということもあり、戴冠式を即刻行うということはしないつもりだったのだが、人々が一刻も早く即位をと望んでいるため、近日中に行われるようだ。
「トラベラー艦長、そして、ヴェウン艦長、あなた方の艦が完全に修理されるまで滞在してもらえますね。もちろん、戴冠式にも出席してください」
謁見室でアンドルーはトラベラーとヴェウンにそう言った。
それに対してスペースは「よろこんで」と言い、ヴェウンは無言で頷く。
謁見室にはスペースとヴェウン以外にダークネス副長も同席していたのだが、なぜかテレサも招かれていた。
それは、ヴェウンが望んだことであり、この後、二人の間で話し合いが行われることとなっていたからだ。その事情もアンドルーには伝えてあった。
すると、その場にふさわしくない話題をダークネスが言い出す。
「ヴェウン艦長。エール・ドラの副長はどうなさったのですか?」
どうやら彼は、あの後、ヴォルドゥがどうなったか気になっていたらしい。
「ああ、彼は今謹慎中だ。今回の任務が終わったら、奴は罷免する」
「そうですか」
さすがに殺傷沙汰にはならなかったか、とダークネスは不謹慎なことを考えていたのだが。
「それでは新しい副長を迎えるのですね」
「いや、それはないな。実はこの任務が終わったら艦を降りることにしている」
「え、それは…」
ダークネスが何かを言う前に、それを制して、ヴェウンはアンドルーに向き合う。
「アンドルー王太子」
「はい、なんでしょう」
「この星ではナトリウムが大量に発掘されている」
突然、そんな話題を振られてアンドルーは戸惑いを隠せない。
「いまさら何を言われます。あなた方ビラン帝国はバルジーにナトリウムが多いのに目をつけて配下に入れられたのでしょう?」
「バルジー星はビランの支配下にはない。立派な独立星だ」
「ええっ?」
同席した者達すべてが驚愕の声をあげた。
「初めてこの星を私が見つけた時、私はこの星は工業的には全く価値のない星であると帝国には報告した」
「また、なんでそんなことを…」
スペースが呟く。
「私の故郷であるリヴ星はナトリウム鉱石がひとかけらもないのだ。100パーセント他星からの輸入に頼っていた。しかし、輸出している星たちはリヴの足元を見て法外な値段を提示してくる。私はいつかテレジーナがリヴに戻り、ラビリンス王となった時の祝い品としてこのバルジーを与えようと思ったのだ」
「何馬鹿な事言ってんのよ!」
テレサの怒声が飛ぶ。
「バルジーは品物なんかじゃないわよっ!」
「わかっている」
すると、ヴェウンは重々しく頷く。
「おまえの怒りももっともだ。私はドルーゴ王と水面下で接触を持ち、どうにかバルジーを手に入れられないものかと画策したのだが、王と親しくなっていくにつれ、その行為がどんなに愚かしいものか悟っていったのだ。アンドルー王太子、いや、アンドルー王よ」
彼はアンドルーに向き合うと膝をつき、まるで臣下の礼のような動作をする。
「もしかしたら亡きドルーゴ前国王に聞いていたのかもしれないが、ここで改めてお願い申す。このテレジーナが晴れてラビリンスの王となった暁には、リヴ星と友好同盟を結んでほしい。そして、適切な値段でリヴにナトリウムを売ってほしい」
「ヴェウン殿、頭を上げて下さい」
アンドルーの声にゆっくりと頭を上げた彼に対して、眉を下げて話し出すアンドルー。
「確かに父からあなたの話は聞いていました。あの頃は父もあなたがビラン帝国の命を受けて何度も来訪していたと思っていたようです。それでもあなたの人格を褒めていたと記憶しています。私はそれを不思議に思っていましたが。とはいえ、あなたが我が星の独立も守ってくださっていたことは私には知らされていませんでした。ですが、矢張り私の一存では決められぬ案件なので、まずは戴冠式、そして、その後に行われる最初の王政会議が終わるまでは御返事は待っていただきたいのです」
「承知した」
「もっとも、恐らく良い答えが出せると思いますよ」
そうアンドルーは言うとにっこりと微笑んだ。
そして、その夜のこと、テレサは宮殿の要人を迎え入れる為の特別な部屋で、叔父であるヴェウンと向き合っていた。
そう、リヴ星に戻るかどうかの答えを伝えるためだ。
部屋には彼らだけでなく、スペースとダークネスも同席していた。
それをテレサが望んだからだ。
「叔父様、私、リヴに戻ります」
告げられる言葉。
その言葉にヴェウンはホッと安堵の表情を見せた。
「よく決心してくれた。民衆はおまえを心待ちにしているよ」
「………」
それに対し、矢張り、テレサの表情は晴々とは言えなかった。
それはそうだ。
リヴに戻り、ラビリンス王国の王になれば、もう二度とファイヤーバードには乗れない。テレサという気楽な人物として仲間たちと任務に就くこともないのだ。
それに一番気がかりなことは。
彼女はチラッとスペースを見た。
そう、スペースにもう会えないということだ。
彼女はファイヤーバードに乗艦した時から、スペースに特別な気持ちを抱いていた。
自分の存在を印象付けたくて、彼の今は失われたもみあげを引っ張ったりと、まるで子供が好きな子をいじめるようなことをしてきたのだが、今はもう自分の気持ちをちゃんと自覚していた。
(彼に会えなくなる……)
それは辛いことだった。
まったく会えないというわけではないだろうが、自分が女王になれば、もうプライベートで会えることはなくなる。公人同士としてしか。
テレサの視線の先のスペースは何を考えているのかわからないが、神妙な顔をしている。
すると、その横にいるダークネスと目があった。
彼の目には憐憫が垣間見える。
(感応能力のあるダークには私の気持ちなんてお見通しだったでしょうね)
テレサは複雑な表情をダークネスに向けた。
そして、その夜。
明日は戴冠式だ。
テレサは悶々とした気持ちのまま、自分に用意された部屋のベッドに座っていた。
もうあとは寝るだけという格好で。
だが、眠れるはずがなかった。
戴冠式が終わったら、修理の終わったファイヤーバードはここを発つ。
そして、自分もヴェウンとともにイヴへと向かうことになるのだ。
彼女はひとつため息をついた。と、その時、部屋のインターホンが鳴った。
「テレサ、もう寝たのか?」
スペースだった。
彼女は慌ててガウンをはおり、スペースを迎え入れる。
だが、スペースは部屋に通された後、ドアの前に立ったまま動かない。
「キャプテン、どうされたのですか?」
動こうとしない彼にテレサは問う。
すると、スペースの身体がピクリと動き、俯き加減だった顔を上げる。
その表情はなぜか驚きの表情で、彼は慌てて首を振った。
「す、すまない。こんな時間に女性の部屋を訪ねるべきじゃなかった!」
「えっ!」
「考え事をしていたらなぜかここまで来てしまったんだ。申し訳ない」
言い訳を言う彼にテレサは眉を下げて儚く微笑んだ。
もう駄目だ。
自分の気持ちにふたはできない。
もう二度と会えないというのなら、ただ一度だけ、自分の思いを成就させようと。
そうテレサは決心すると言葉を発した。
「キャプテン、あなたを心からお慕いしています」
「!」
スペースが大きく目を見開いた。
「私はこれからラビリンスの女王として生きていかなければなりません。もうテレサとしてあなたと会うことはないでしょう。ですが、私はこの思いをどうしても諦められないんです。ですから、もし、私を憐れと思ってくださるなら、今宵一晩だけでも、私の思いを受け取ってもらえないでしょうか。どうか、私にひとかけらの慈悲をお願いします」
震える声でそうテレサは言い切った。
すると、スペースは酷く深刻な顔をすると、静かに彼女に近づいた。
そして、そっとテレサを抱き締める。
「わかった」
彼はそう一言だけ言うと、言葉同様震える彼女の身体を抱き上げると、何も言わずに歩き出し、ベッドまで運んだ。
静かに静かに彼女の身体を横たえる。
そうしてから、彼は部屋の灯りを消した。
暗くなった部屋にスペースの声が微かに響く。
「俺もお前を愛しているよ」




